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sota de copas

隠された部屋から

占星術師としてはまだまだな私。
なのに先のエントリーではかなり激しいトーンとなってしまいました。

巷には山ほどの占星術関連の書籍が溢れ、
海外の文献もタイムラグはあるものの翻訳されているものも。
それでも研究は各々でやって行く、そして同業者のご意見も伺わなくてはならないものですね。

プロフェッショナル、アマチュア問わずチャートを作成して自分なりに解読する人は少なくない今日この頃。
自分で自分を知りたいというのは誰しも変わらないんだな...。

しかしこのチャートの解読、タロットの展開もですが、
「読み」のセンスがこれほど問われるものもないですね。
こればかりはどれほど多くの文献を読んでも、
最後はその人の感受性が問われるわけで。

アセンダントのみならず、アスペクト、ここの惑星のサインに影響を受けたときのパーソナリティまで事細かに解説したサイトだってある。
だけれど読めば読む程にどこか現実離れしていたり、
明らかに海外の文献をただ翻訳しただけみたいなのも。
それこそ今の日本の状況や日本人のルックスから掛け離れた様な内容がそのままに載っている様なのでも、
とりあえず見ているわけですが...。

占師、なんてこんなにも途方も無い夢を追ってしまったんだろう。
そんな気持になるときもあります。

英語力があれば海外の文献で最新情報を入手もできるのになあ。
そんなことも思ったり。

そんな昨今、あちこち色んなサイトでの解釈を読み、
先日、実際にはタロットカードのみですが対面鑑定を行ったときの実感として思う事。

実践した上で得たイメージと経験の積み重ね、これがなにより。
本で得た知識は、実体験の後でないと上手く身に付かないのだなあ。
人と出逢う、対面できるってありがたい経験。
その人の心の一部、柔らかく繊細な表情を見たときの愛おしさ。

私が何故お金も掛かるのに敢えてマンツーマンでのタロットカードや
占星術のレッスンを選択したのかといえば、
人に出逢いたかったからなんだなあと。

人と逢ってお話を伺う、その人の経験やご本人の生まれ持ったレンズから通して見るこの世のイメージを知りたかったのだと。

私の太陽は12ハウスにあり、そこはアシュラムや修道院、庵といった風情の場所というイメージ。
物心ついたときから、賑やかなところに居れば居る程に孤独感を感じていました。

人と出逢いながら、その人や自分が辿る魂での触れ合いをより色んなところで経験してみたかった。

想い出、という言葉を良い事があった後、よく使ってしまいます。
最後に残るもの、だからでしょうか。

何時かはそれすらも手放さなくてはならないのでしょうが...。

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