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Tarot CardとAstolorogyのフィルターを通して観る  この世界への感想文とこの世の記憶帖
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うちゅうひこうしのうた
2019-07-31 Wed 13:26
巷では「無農薬、無施肥」をウリにする野菜まで売られているが、無施肥でも育つのは過去1万年かけて黒ぼく土に蓄積した腐植、窒素、リンが眠っているのと、長年培ったプロのノウハウがあるからだ。

化学肥料のなかった時代、渓流水の恵みだけでは足りず、スギの針葉や小枝も鋤き込んでいた。スギの枝葉はカルシウムを豊富に含んでいる。桃太郎のおじいさんの柴刈りには肥沃な土を維持する意義もあったのだ。

バーチャル・ウォーター(仮装水)という概念がある。食糧を輸入することは、その食品の生産や移動に要した水をも消費していることを意味する、ということだ。
土と水は一緒にその大切さを語られることが多いが、直接口にしない土の方が説得力に欠ける。バーチャル・ウォーターに対抗する意味を込めた「バーチャル・ソイル」の目指すのは、「食糧を輸入することは、土の栄養分まで輸入している」とか、「土を大事にしましょう」なんていう啓蒙だけが目的ではない、それ以前に、土と私たちの見えないつながりを発掘することにある。自分がどんな土に生かされているかを理解することで、自分の身を守ることもできる。

「土 地球最後のナゾ」100億人を養う土壌を求めて 藤井一至 著 光文社新書

今年の梅雨も去年に引き続き結構長かったようで、やっとこさ梅の土用干しに取り掛かったり。(´・ω・`;)フーヤレヤレ

連作障害でやられた土を忌地イヤチ(イヤシロチってスピスピな言葉の語源か?)というのが本来でしょうね。
農地を見れば、毎年必ず作物はダブらないように色々なものを栽培、収穫している様子が見て取れる。
作物も一種類だけを求めるのでなく、相性さえよければ多彩な種類を土に育ててもらうのだ。
一つだけ、決まりきったものだけに固執しないのがいいんでしょうな。( ・ω・)ノヽ( ´ω` )ノ(・ω・ )

育ててみるものが多種多様であるという環境は、生き物の体を維持する栄養分をまんべんなく提供してくれることになる。
また、その土自体のの栄養が偏らずに済み、肥料をうまく節約することにもなる。
リンも水もそうだが有限なのだ。
期限があればこそ有効に精一杯その間を無駄なく大事に活用させてもらう。
有限とはいえ、これを人類に与えて自在につかうことを許してくれている地球は恐ろしいほどの寛容さを持つ天才だ。
確かにこの世界、宇宙はあまりにも「都合よくできすぎている」と言われるだけのことは。( ・`ω・´)

土は土星の分野ですな。
土木、建設、不動産も文字通り土の上でなされるので、
金が絡むとこの辺で土星を観るということが占星術関連にでは多くなるかもだが(マンデーン、金融占星術など)
ここは個人的に農や食糧という興味のあることしか考えないことにする。
まー最近なんとなく書いちゃう牡牛天王星絡みかもだけど。(・ω・)

牡牛サインのルーラーを地球にという話は以前エントリーしたけど、自分の中ではこれ確信になっているので。
金星と共に地球もルーラーとしているのには個人的に納得がいく。
物質や感覚、所有や価値については金星的な有り様に基づく方が建設的ではないかと思う。
金星と共に太陽の近くにある水星が知性や言語能力を担当してはいるもののあくまで中性であり、
善悪の判断にそれだけでは関われないし、その分不安定でもある。
水星をルーラーとするサインが双子、乙女という柔軟宮の流動性を考えると当然だ。
その人自身を生かし(活かし)照らす太陽が生きる地上には、何よりもまず愛が不可欠だろうな。(-ω-)

ポルトガルで子供が何かをして褒める時、「お前は美しい」と表現するということをネット上で以前知ったのだけど、
日本では「お前は賢い」と褒めることの方が多いわけですな。
人としての在り方や行動の結果など評価する際に賢明さや巧みさより、
その人個人としての麗しさや有り様の気高さとして評価するのだろうかと思ったり。
賢さは集団の中で発揮されて評価されることが多いようなイメージがある。
美しい、という評価は個々の一対一の関係性の中から始まって、集団の中でも発揮されるけど、
最終的にまた一対一の間を通って、個人の中に戻って蓄積されて潜在していくのでは、と思う。
どこか冥王星もそこで関わってきそうですな。
牡牛の反対にある蠍サインのルーラー冥王星はそれを望んでいるのか、とか。
「うまくやったね」じゃなく「きれいだね」という言葉のこの魅力よ...。( -`ω-´)

ヘーゲル先生の否定の矢って放つのも難しいんではなかろうか。
矢を射るのもそれなりの腕前がいると思う。
海外の演出家や指導者とかがよくやる役者や生徒を褒めてから「いいんだけど、ここを直して。」みたいな。
より良くするには経験とテクニックと愛想もいるんだよ。金星土星くさいな。(・ω・)

褒めて伸ばす系が流行りっぽくなったりした時期があったかもだが、
そういうのも相手を見てやらんと勘違いさせかねん気がする。
意地悪い言い方になるが、それだけのレベルの人相手でないと。
そこまでに底上げされたクラスにならないと意味ないかも。
一人で自主的にこもって練習や実習をコツコツ続けてみたり。
たった一人で過ごしたり思う孤独(土星)あればこそ共感(月)の楽しさや安心感もひとしお。(-ω-)

あまり観ない連ドラで作画担当に製作者が木の妖精の歩き方や樹齢何年かという設定聞いてきた場面があったけど、
これ当然だと思う。
子供たちはそういうこと想像して思うし訊くぞ。
根拠がないものは子供への説得力がない。
由来や根拠とかって基本というところが土星くさい。
月や水星の年齢域の子供たちは土星の大人の現実のあり様や設定を知りたがるし、その権利があると思う。
子供の「なぜ」「どうして」に答えられるものを蓄積することが大人の責任(土星)かもしれない。(-ω-)


「我々は天体の動きについての方が分かっている、足元にある土よりも」
などとレオナルド・ダ・ヴィンチに言われる始末ではな。(´・ω・`)


地面に触れてみるのは楽しい。
特に子供時代は泥んこ遊びに精を出して泥団子やただ手を引っ掻き回したり、
草むしりや花を摘んでみる、虫やカエルを取っ捕まえるのが面白かったり。
そんなことばかりして遊び呆けていた時、親とか大人とは違う何か別な存在がニコニコ眺めてくれていたような気がする。
一体何だったんだ、あれは。
,。・:*:・゚'☆,。・:*:(-ω-),。・:*:・゚'☆,。・:*:
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