FC2ブログ
Tarot CardとAstolorogyのフィルターを通して観る  この世界への感想文とこの世の記憶帖
http://gatosblancos.blog93.fc2.com/
うめぼしのうた
2019-06-30 Sun 14:02
われわれに関係があるのは二つの容体の間の力の交換ではない。
問題は生きている生体とその容体との関係であり、
この関係はまったく異なるレベルで、つまり、主体の知覚記号と容体の刺激との間でおこるということである。

(中略)

時間はあらゆる出来事を枠内に入れてしまうので、出来事の内容がさまざまに変わるのに対して、
時間こそは客観的に固定したものであるかのように見える。
これまでは時間なしに生きている主体はありえないと言われてきたが、
いまや生きた主体なしに時間はありえないと言わねばならないであろう。
....空間にも同じことは言えることがわかるであろう。
生きた主体なしには空間も時間もありえないのである。

「生物から見た世界」 ユクスキュル/クリサート著 日高敏隆・羽田節子訳 岩波文庫


どんな自分が好きか、と改めて考えるとどこか漠然として判りにくいんだけど、
誰といるときの自分が好きか、というと思い出しやすい。
これはネイタルにオポジションが効いている人ほど解りやすい。
自身の相手に対する振る舞いや態度が好ましいと思えたら、
その人との交わりはどこかからプレゼントされたようなきがするかも。(・ω・)人(-ω-)

これらはまず7ハウスとその人の金星、2ハウスの状況も合わせて観るなど。
振る舞いには色々あるし、言語を使うなら水星も関係するんだけど、
見た目の様子やどこに好ましさを感じて喜びを表現するか、
5ハウスと対抗する11ハウス(友人関係など)も関わってくるもだが、まずは金星の愛想、可愛らしさかと。
ひいては媚態とも取れるような魅惑したりされたりといった空気も漂っている。 ,。・:*:・゚'☆,。・:*:(・ω・),。・:*:・゚'☆,。・:*:

牡牛天王星は品位が失墜している上に不動宮でもなかなか腰の重さNo.1なイメージだけど、
金星的な牡牛サインの特質を持った天王星と捉えると、いろいろなんとかなりそうな。
金星という安楽で快適さや甘美さを受け取る女性性の突然のラッキーやチャンスが降って湧いてくるイメージ。
あと試験的にだけど、女友達とのコミュニティや関係性を観察するなど。
女性は男性よりも今の社会では特にそうだけど、快適さを大っぴらに追求しやすいと思う、ってかやっていい。
そこを牡牛天王星が刺激しやすいのでは。( `・ω・´)ノヽ( ´ω` )ノ

冥王星、土星が地のサインである山羊にあればかなり援護射撃がもらえそうなきがする。
牡牛天王星を助けるのはこの山羊サインが特に太陽、月(ルミナリーズ)に効いている人達かもしれない。
地のサイン、水のサインはこの牡牛天王星がまだ使いやすい立場かも。
天王星は友人、共同体、クラブ、同人関係、公共や組織的なシーンや関わり合いで使われる。
牡牛は個人的なサインなだけに、周囲との交わりでは個々の女性性が鍵になるかもしれない。
自分の好きなようにするため、敢えて周囲との関わり合いに目を向けてみるとチャンスや機会を得られるかも。ヽ(•̀ω•́ )ゝ

何かあっても気にしない、いいことはちゃんと覚えてて嫌なことは忘れられずともそれを「踏まえて」歩む、
それができる才能は寛容の木星と制限をもたらしつつ現実の価値の土星が伝えるのでは、と思う。
今年の夏至図チャートでは月水瓶で双子金星とトライン、ルーラー回帰の射手木星とセキスタイルで、
友愛に満ち満ちた楽しそうな月でもあったり。
このイメージは友人やコミュニティ、生活圏の地域での交わりに使いやすいイメージを想起するといいかも。
あっさり爽やかな距離感と知性のフレーバーが掛かった自然な振る舞いと思いやりを。( ・ω・)ノ(-ω- )

暮らし、生きる、食という普段あまり公式の場で垣間見せないはずの月「私生活」ないがしろにすると、
最終的に社会生活がうまくいかない。
前にも何度か生活、男女の区別なく、自身の中の女性性を無視しないことをエントリーで書いたと思う。
月のJoyが牡牛サインであることはまさに自身を中心に据えて肉体や皮膚感覚をこの地上において忘れるな、
何よりも肝心なバディ、パートナーはこの肉体と感覚だという話をしてきているのだ。
これは一見まったく関係なさそうに見えるが事実だ。( ・`ω・´)

月がもたらす泥臭い生活の場は現実、その人の本音や本能であって、
これに誠実な対処ができている人は社会でも居場所と恩恵が与えられる。
これは当然、男女共全く同じで、イクメンなどという造語でなんとかできるもんでもないし。
家にこもってるのが嫌だからという理由であってもそれだけでは歪みが出てくる。
家と社会は相互関係にあることは、虐待云々と密接に関わると思う。( -`ω-´)

人間て何で社会生活ってのを営むと顔が歪んで非対称になるんだろ。
野生の動物はあまりそんな状態見かけない気がするけど。
群れを作るものでも人間ほど非対称な顔立ちに老いる存在っているかな。
キメラみたいな雌雄同体でも不思議とどこか融合しようとしているように見えるし。
自然ってシンメトリーなんじゃないのかな。(・ω・)
別窓 | Astrology | コメント:0 | トラックバック:0 
<<うちゅうひこうしのうた | sota de copas | バブの店さき >>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
| sota de copas |