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sota de copas
Tarot CardとAstolorogyのフィルターを通して観る  この世界への感想文とこの世の記憶帖
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Gatos Blancos

Author:Gatos Blancos
占星家

ある日とある街角でタロットカードと西洋占星術の再会から始まったとりとめない憶いの記録

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言葉を離れる
「絵の現物はその人の身体から流れ出たアウラというのがあるわけですよね。
 タッチとか、そういったマティエールに移し込まれているのか、それを観客は観るんですよ。
 われわれはゴッホの麦畑やゴッホの郵便配達夫を観ているんじゃなくて、
 塗りたくった絵の具のタッチを観ているんですよ。」
 
 言葉を離れる 横尾忠則著 青土社刊


sarcasticサーカスティックという表現があるそうで。
とりわけイギリス人にこの手の表現を使いがちという。
高学歴な人ほど言いそうですね、嫌味をロジックに表現すると。
witウィット機知といったユーモアやニヤッとしたくなる部分がないものかな。
これって始末に負えないと思うのは日本人だからかな。
嫌味のフレーバーが掛かった言葉は全体に好まれない、特に女性、女性性を無視しない男性は。(´・ω・`)

直裁なのも問題だけど、変な回りくどさは己の知性理性と思ってるものにただ執着しているだけかも。
今はSNSでこの手の表現もよく見受ける、まずは自分から気をつけないと。
フランス人のespritエスプリとはまた違うサーカスティックは日本人には辛いかな。(-ω-)

ラテンとアングロサクソンの違いはあるかな。
クールさ知性、理性の表現法というのもまた民族色豊かでそれでいい。
あとは好みでチョイスするんだけど、過剰にならない中庸をどこで決めるかこの辺のセンスは個人のオーダーメイドなとこ。
ほどほどに、というのが大人のたしなみですな。( `・ω・´)人(・ω・ )イェーイ

どちらもウィットwit機知と呼ばれるものであっても、国民性や民族性、個性はあって、
この辺はちょっとウェットな部分、mellowメロウさがある方が日本人、アジア系には受け入れやすいかも。
程よい湿り気や瑞々しさといった感情の部分は月を上手く使える証かも。
この辺の女性性、大衆性を程よく混ぜておかないと、乾き過ぎた知性と理性は欧米でも反発くらいそう。
感情に溺れるのも不快、かといってドライに徹して嫌味タラタラもまた一つの執着心の表れかと思う。( -`ω-´)

偏ってるかどうかは誰か相対することで判る。
ヒトという動物が人間という漢字で表現されるのは、言葉に依り頼むからかな。
言語そのものはカラス、チンパンジーなど一方的に人間側がその種属では高等な知性があると言っている種類に認めているようですが、
実際は植物、菌類、人間が勝手に下等と呼んでる原始的な生物や単細胞生物にもやはりあるのだろう、
という話を子供時代にサラッと書かれていたのを覚えている。
人間側がそれを知覚しようとしてないんでしょうね、すぐ近くにいる存在にも。
まー、ゴキブリやハエの言語や意思が解れば、うっかり殺虫剤や箒で追っかけ回せないけどさ。( ・ω・)(´・ω・`;)ホンマニ

原初のもの、母性、本能、それが社会の中では「褻 ケ」普段という日常生活、大衆性となっていく。
より多くの支持を得るには本能的なところから乖離しすぎてはダメなんですね。
それがうっかりマイナスな方向に利用すると最近言うとこのポピュリズムpopulismに。
これは月に火星、天王星、冥王星、海王星をハードアスペクト取らせたみたいな空気感じたり。
太陽がさらに関わると、社会に波及する。
点火して煽って不安増幅させるという方向に使わないようにするにはどうするか。(-ω-)

従来書いてきたけど、特に冥王星、火星が太陽や月に関わっている人には、
アスペクトがどうあれ専門的な仕事や資格取得、趣味への挑戦。
それもなるべく時間を長く継続して行えることにエネルギー費やす方がいいのです。
火星と土星の組み合わせはトレーニング様相と言われます。
どちらもマレフィックで実は長く使うほどに火星は土星のありがたみがジワジワくる。
最初は火星側が反発、ケンカしますが、最後は土星が勝つ。
だって大人だからね。(-ω-)ヽ(•̀ω•́ )ゝ

個人のネイタルチャートでも火星がタイトなアスペクトを取っている部分には、
ネイタルの土星を上手に使って収めたり、火星の価値を土星で教育して高める。
土星は水星との相性も実はいいのです。
水星もその人の言語能力、才能ですが、訓練でさらにレベルアップさせたり、慎重に言葉を選び使うことを教えます。
学ぶことを長続きさせたり、現実でのその人の価値を時間をかけて教え込み躾けていく。ヽ( ´ω` )

物事を整えるには時間がかかりますな。
土星の訓練とてやり過ぎれば冷淡、そこを月の情を程よくブレンドしていくのがその人の子午線、
MCーIC軸ではないかな。(・ω・)

言葉、ロジック、知性、理性、これを駆使して物事を説明するのがヒトという生き物の醍醐味の一つであるなら、
そこには子午線という社会との関わり合い方、
それも不特定多数と相対するやり方をそれぞれのネイタルチャートで認識していくしかないのかも。( ・`ω・´)

MC(彼らthey) IC(我々us)という見方もあり。
グローバリゼーションに向かおうとする社会、帰属意識との折り合いとなる場合もあるかもしれない。(-ω-)

個人のあり方は月のノード軸かな。
asc-desという地上の軸と共に。
社会という大勢の関わりだけでヒトは生きてないわけで、個人としてのあり方を放置してはいけない。
社会と関わるにはそのヒト個人の目的意識あればこそ。
そんなところも、言葉という自己主張と受け入れの道具を上手に使う訓練が欠かせないとこなんでしょうな。(・ω・)人(・ω・)

どんなところにもそれぞれの言語がある。
ヒトの中だけでない、実はこの身を取り巻く自然はおしゃべりなのだ。
サーカスティックなあり方に二十世紀のミッドセンチュリー以降のカウンタカルチャー(天王星)
という反発が起こったように。
自然の呼び声(月)を大事にする、それがバブル経済から並行して有機的なものへの憧れ、
バブル弾けてサリン事件から生活系流行りの90年代から2000年代へ。
知性と理性は月を躾けてやっているんだと思ってきたけど、実は月に躾けられる側だったのかもしれない。
釈迦の手のひらのように。(・ω・)ノシ クルクル(・ω・)(ω・ )(・)( )( ・)( ・ω)(・ω・)クルクル

「言葉は神であった」というけれど、それなら大事に使うにはどうするか。
タロットの剣で表すように扱いの難しい道具をどうするのか。
それぞれの水星のサインと様相ですかね。
それに月、土星を組み合わせて、子午線軸をよく観察してみる。(-ω-)

関知し辛い部分を天王星、冥王星、海王星というところの言葉や人智を超えたところでキャッチしたり、
頼んでみるのも悪くないかも。 
その「言葉」はヒトがひねり出したものではない、ずっと前からあったものかも。 
絵を観た時、音楽を聴いた時、溢れ出る流れ出す目に見えない何かを実はそれぞれに関知している。
と言うと、すぐさま見たい知りたい、見せろといまどきは騒ぎがち。
別に他人様の霊能なんてもんに頼らなくってもいいんですよ。
無意識って意識できないからいいもんなんです。( ・ω・)(・ω・ )イツモイッショ

何も言わず、ただそこにふんわり漂っているという。
だけどそんな「妖精」みたいなところがもう一つの智と理を携えているのかもしれません。

。・゚+ *.。゚+(・ω・)+..。* ・+゚'
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