sota de copas

Tarot CardとAstolorogyのフィルターを通して観る  この世界への感想文とこの世の記憶帖

あとみよそわか

米麹と麦麹でそれぞれ仕込んで手前味噌も三年前の寒の時期から何となく始まって、
今は桜の時期に仕込むのがやりやすい感じ。(・ω・)ノ

生活系の雑誌も本も沢山のアイテムが出てこれほど充実している時代、
いまさらながらその元祖みたいな気がする(と、自分は思っている。)
幸田文さんが今、個人的にアツいですよ。(`・ω・´;)

最初は随分昔、「包む」だったか「番茶菓子」だったかどうも判然としませんが、
なんだか怖いオバさんと失礼な事思ってたのですよ。
あまりにもビシッとされてるともう...。(´・ω・`)スミマセン

美しく生きるなんて器用な事はできませんが、憧れだけは人一倍。(´・ω・`)

文豪父娘というと、それまでの自分には森鴎外と茉莉の濃密な甘さでコーティングされた本気の「甘い蜜の部屋」な世界観。
今でも茉莉さんの甘美と我がままの楽しい麻薬のようなエッセイは好きで折りに触れて思い出し読み返すこともある。


お茉莉は上等、どんな悪さをしようが受け入れられ甘くくるめられておしまいにされてしまう鴎外の愛し方、
賛否両論あれど、ここまでやれば時間を掛けて娘の中で発酵して馥郁たる作品になることもある。

かたや先妻亡き後に得た後妻の家事能力の欠如に業を煮やした露伴先生が、
思春期を迎えた娘の文子に(このタイミングというのがまた怖いんだけど。)
家事一切をキリッとした苦言と教養を織り交ぜながらビシビシ仕込んでいく。

一見真逆に思える同じく明治の文豪、幸田露伴、文の父娘という有り様ですが、
この濃密さという点、まったくもって鴎外茉莉父娘と遜色無い、
というより実はそれ以上に緊密なのではとさえ思えてくる。

濃密、緊密、どちらも濃い関係だけど、露伴、文子の緊張感を伴いながらなによりお互いをこれほど必要としていたとは...。( -`ω-´)

wikiで二人の生年月日を元に二重円シナストリーを観て、ふっとこみ上げるものが。(-ω-)

二つのものを対比させて観るのが面白くて、このところずっとそんな感じでテーマになってますが。

中世も自分の中では日本、欧州と両方それぞれの生活や有り様の文献を観てみたり。
そうでないとねえ、という感じをひしひしと。

某所で西洋中世の美術史がご専門らしい女性が英国皇太子が来日されてお茶室で腰掛けでお点前されているご様子に
正座すれば良いのに、
とつぶやいたところそれに対し、おもてなしは型にはめたものじゃない、というようなメンションがあって。
「めんどくさいから削除しました。」とな。 おやおや。(´・ω・`)コマッタモンダネ

実際、いまだお茶のお稽古が出来るような身分になっていませんが、
お茶には立礼(りゅうれい)というものが裏千家に外国人のお客様の為に考案されているんですね。
彼女はたまたまご存じなかったようですが、自分もたまたま皇太子が来日される直前にたまたま読んだだけでした。
こんなタイミングあるのも不思議。(・ω・)?

まあ余計なお世話だな、こんな話もってついでですが。(-ω-)

自分だって他人様だって知らない事いっぱいある。
だけど炎上しそうな気がするから、で簡単に削除、ってちょっとどうかな。
やっぱり公人として仕事していたら責任も挟持も必要と思います。 
自己責任って言葉は自分も好きではないけれど。(´・ω・`)

なので中世というテーマ一つでも西欧だけでなく、まず自分が今いる日本やアジア地域といった身の回りも同じように知っておきたいところですね。
どちらも基本農耕社会で発展して来た辺りは共通なので、色々思い当たる節があって対比も解りやすいはず。

遠いアフリカ大陸でも農耕社会だと同じような祭祀があったりして面白いのですよ。
まあこの辺りは話が逸れるので、またいずれ。

さて、またまた月ー土星ですが。

沢山の象意があるので。
月が乳幼児、女子供、母親という基本。
土星が老人、父、年長者、師匠、責任、社会での到達点とか。

その中でも家族、親子というのは目の前の一番先に飛び込んでくる現実でしょう。
否応無しのこの状況、家族と言っても母子家庭父子家庭だってある。
鴎外、茉莉、露伴、文子の二組はまるで父子家庭のような空気が自分の感覚へ漂う。

土星はコンプレックスや現実でのプレッシャー、抑制として働いたりもしますが、
これがこの現実でのその人への期待かも。
現実の価値を表してたりするのです。 結晶化、形にすること、という。
実績といってもいい。 なのでプレッシャーになりやすい。
なぜか簡単に到達できなくて、妙なハードルが設定されてるよな気がしたり。(´・ω・`)

目の前にある、手をいっぱいに伸ばすけど掴めない遠い現実。
それは一つの憧れかもしれません。ヽ(´ω`)

土星は味で言うと苦味であったり。
月は食物でいうとミルクなど甘い、まさに乳幼児が必要とするものであったり。

子供は生まれたら母乳など、ミルクや甘いものを食べたがり、苦い野菜が大嫌い。
それを段々と年を追う毎に少しずつ苦手な野菜などを食卓に上れば嫌々でも口にしながら、
次第とその香りや滋味を理解していく。

青く熟れていない、苦いから、という本能から子供はピーマンなど拒否ったりするようですが、
肉などの動物質や油脂、タンパク質のコクや甘味と一緒に少しずつ受け入れていく。

トマトの糖度の数字ばっかり気にしたってどうしようもない。
実際の味が実は甘さだけでなく、酸味、青臭さ、皮の張りと歯触り、とろりとした種の周りの果肉。
色んな感覚のないまぜな面白さと喜びに興味を拡大させるかどうか。(これは木星)(`・ω・´)ノ

そこへ導くのも実は土星が行っている話かもしれません。

苦い言葉、経験は避けたいけれどその苦味を感じるのはなぜだろう、
どうして目の前にそれがあるんだろう、という素朴な疑問をそのままに観てみる。


月と土星の象意はとても多岐に渡っていて、それが本当に生々しい現実を表しているのだなと日々の生活で実感です。
星瞬く空(宙)の下で生きているということは、どこに居ても或る意味平等なのかも。(-ω-)

茶坊主の家系ながら貧しい家庭に生まれ生活者として完璧な実母(文子にとっては祖母)
から子守り、家事全般を子供の頃から仕込まれ、それを娘に伝授する父と文は師弟関係のようでもあり。
女の立ち居振る舞いに常に美しさを求める父に悔しさも感じつつ、
家事全般、行儀作法指南を受け入れていく文の切なくもきりりとした愛。(´-ω-)、

「母の無い子は、父に見棄てられるのが辛い。」そんな文。
生母を八歳で亡くし、その後、露伴からお前の母親が生前どれほど家事が堪能であったかと先妻への思いをふとこぼしたその気持ちまで受けとめたようで。( ;`ω;´)

「女はごみっぽいもんだから、もういいと思ってからももう一度よく、呪文をとなえて見るんだ」

月(女子供)は散らかしだらしなく緩みやすい、この事実。

緩く甘く滴るような愛に溺れる鴎外、茉莉父娘と全く対照的に苦みばしった関係なのにその濃さは後をひく。

飲むなら茉莉の蜂蜜を垂らし込んだ乳か、文の濃茶か。

どちらが、ではなくどちらも見逃せないのです。(-ω-)

土星(老人、死に行く人)月(子供、生まれたての存在)でもいい。
老人と幼児を同じ施設で躾けながらのお付き合い、という試みもあったりします。


月と土星は何度も思い起こしてテーマになりやすい。

ICーMC軸、子午線というのはその人が作り上げる現実なので、どうしてもそこに帰結してしまう感じ。

まあ色んな仕上がりありますけどね。(・ω・)

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