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sota de copas
Tarot CardとAstolorogyのフィルターを通して観る  この世界への感想文とこの世の記憶帖
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Gatos Blancos

Author:Gatos Blancos
占星家

ある日とある街角でタロットカードと西洋占星術の再会から始まったとりとめない憶いの記録

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是は このあたりに住まい致す者で御座る
まだトウモロコシが少し出回ってるなと思ったら、もう栗ですよ.。
いつのまに...。(´・ω・`;)

自然のサイクルに踊らされてるのかどうなのか。
まあその辺は臨機応変に楽しむとして。(・ω・)ノ

月と土星、そこに天王星という関わり合いのイメージ、色々。

その人のネイタルチャートによって様々なサインや様相があるとして、
月ー土星、IC-MCのラインは現実世界の関わり合い方のヒント

インコンジャンクト、クインカンクスと言われる150°のアスペクトについて。
今まで結構ここで何度も実は出てきているようで。
自分でも無意識のうちに気にしてたんでしょう。
自身では十惑星とノードでのネイタルチャートではこのアスペクトは持ってないんですが。

通常、関わり合いの無いアスペクトと言われていて、
据わりや居心地の悪さをといった感覚を得るようで。
どうにもハマらないこの空気、という。

ボタンの掛け違えとか、なんか違ーう、みたいなとこですか。
多分、以前は折り合いの付け方を学ぶ場所、みたいなこと書いたような気。(´・ω・`)

なので、ここがヒントかも。
人の生きる指標や目標設定みたいなとこで、
一見大変小難しく高尚そうでお堅い感じがするようなものが、実は一見身近に設定されてる場合もある。
てか、本当は誰しもそうなんでは。

IC-MCのラインですが、実はその隣りの3、5ハウス、9、11ハウスを観て見る。
3Hは初等教育や兄弟姉妹、言語、読み書きや通信手段、近距離移動。
5Hは恋愛や子供、創造性、イージーな娯楽、野外へ出るレジャーなど。
これはICの実家や無意識、養育者としての親の影響、晩年のすぐ隣り。

実はこれらがMC、占星術本でよく基本言われる天職、成し遂げたいゴール設定と言うヤツに影響しています。
社会に出る以前の家庭環境や無意識の在り方(月の様相)がその人の社会での身の処し方に影響及ぼす。
この現実の捉え方は3Hでのものの言い方、5Hでの自分の楽しみや自身への愛情の与え方がモロに出ます。

ふと口をついて出た自分の言葉に善くも悪くもハッとする。
自分の愛情の持ち方が社会での対応に出ていることに気がつくわけで。

ICへは9Hの高等教育、哲学、外国、遠距離移動、宗教といったダイナミックな世界観。
11Hの友愛、希望、血縁などの縁故を越えた同志、自分の wishを手助けしくれる「仲間」。

家の中での考え事に別の在り方を意識させられたり、
心の闇や社会での悩み事に解決策の閃きが突然、誰かからもたらされるという。

こんな意外性のアスペクトといったイメージ。(`・ω・´)

実は発想の転換という、これはなかなか一人だけでは成し遂げ辛いところ。
そこを150°という一見して座り心地悪そなところが。
奇妙な助け船、すぐには感謝し難いけれど、
後々時間がかなり経ってからそうか、と自己を納得させるところ。

あまりにも身近すぎて解らないところでもありますな。(-ω-)

隣りというわけで、居心地いいトライン120°の次のサインやハウスなわけですが、
そこが実は普段、余計な感じを受ける場所や事柄であり。
そこに30°というすぐ隣りのハウスやサインは「隣人ゆえの煩わしさ」という。
無視も出来きない、かといって親密でもない、
身内とは違う意味の「地味な面倒さ」を感じるような。
なのでとりあえず普段は適当な挨拶、社交辞令でも言っとくかみたいな。(´・ω・`)

120°+30°で150°のメンドクサく、一見関わり合いなさそなこの関係と感覚。
仲良しのすぐ隣りにいるという誰か。

ところが、実はこの「隣人」、マイナーアスペクトゆえ気づき難いのですが、
ふとしたときに助け船を出してくれることがあるのです。

一対一の対人関係ではハマれば楽し面白いけどこのなんか違う感どうしよう、
みたいな居心地の悪さをもう一人の誰かがふっと現れて輪に加わったとする。
すると会話や空気がなんとなくスムーズに流れ出す、ということもあり。

オポジションでマレフィックやアウタープラネットが利いているチャートの場合、
こういう緊張が往々にしてあったり。
なので、元々持っていなくてもこのアスペクトの使い方を意識してみるといいかも。
普段は意識にも上りませんが。

諧和という状況、実はこの150°の使い方次第で生まれることもあるのか。
180°の目の前に対する、この辺り、周囲、隣りを見渡すという。
真っ正面にいる好きでも嫌でも目につく相手のすぐ隣りの誰か、何か。
普段全く意識もしない、だけど視界には入る何者か。

いつもなら地位も名誉もない「その辺りの者」、
取るに足らぬ存在、別にどーでもいいしー、などとほったらかしにしてる誰がし、何某かも。
それが風穴をあけるのです。
まさにどこか常識に囚われた土星にとっての天王星(場合によって冥王星)っぽい相手でもあり。

なんのしがらみも関わり合いも無い誰かが関わるとき、実は宿命的だといわれるのは、
150°が二つに60°のセクスタイル(友人的アスペクト)が協議に入ってくれてると。
三人寄れば文殊の知恵ともいいますな。
二人っきりで親密ならお邪魔かもしれないけど、
そのお邪魔はひとたびその二人に問題が起これば、その原因や解決法を教えてくれるかも。

トラインだけで出来上がったグランドトラインのトリオは居心地いいけれど、
馴れ合いと自己完結している事柄。
安心していられる状況、安心していられない状況のそれぞれの三角関係。

この世に最初に安定をもたらすという三角形や3という数字のエネルギーですが、
主人、太郎冠者、次郎冠者のような。(`・ω・´)

「この辺りの者」と名乗って登場する太郎冠者がちょっとした悪戯や勘違いで引っ掻き回す。
上司である主人もなんとなく乗せられて動き回り、一杯食わされた挙げ句「やるまいぞ、やるまいぞ。」
と躍起になって追いかける。

奇妙な間とパワフルな声で「この辺り」一見平凡で取るに足らないように見える存在にひっくり返される主人は、
自分なのか目の前の相手なのか。
独特の歪みや不調和と一見される要素が笑いと違う見方や意識を目の前に出してくる。

グランドトライン正三角形のような完璧でもうとっくに終わった話でない、
YOD二等辺三角形の鋭い切っ先の「神の指(手)」は、
やるせない、やりきれない不条理と不合理と非情だらけの世の中、世間一般(10H、MC)や、
切っても切れない身内や実家、育ててくれた恩のある相手や家族(4H、IC)
へのもう一つの見方を提示するのかも。

これはICとMCの子午線だけでなく、asc-decの地上でも応用できたり。
目の前の物事の隣り周囲を見ると実はまた違う世界観があるのか、と。

すぐには解らない、ちょっと斜め上っぽい解決策をささやく誰かがいる150°地点。

「この辺りに住う者」が助け船を出してくれる事もあるのでござる。(-ω-)
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