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sota de copas
Tarot CardとAstolorogyのフィルターを通して観る  この世界への感想文とこの世の記憶帖
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牛歩の如く
今年でもうこのブログ五年目ですか。
途中なんとなくタイトル変えただけ、ゆるゆるここまで続くとは。
以前から読んでくださってる方々、相変わらずこんなのですみません。(´・ω・`)

そんな極北ブログへようこそ。


気がつくともはや初夏の陽気の昼間ですが、まだまだ夜が寒いです。
だけど動植物がイキイキでキラキラ、風が爽やかなおかげで日差しの強さもまだしのげる。
個人的に一番好きな季節かも。

太陽が牡牛サイン運行中なので、春風駘蕩という空気があるのかと感じてもいいこの時期。

以前もこのサインについてのエントリーで緑のそよ風のイメージを書いたと思いますが、
エヴァーグリーンな空気のこの季節、なるべく外の風と光を浴びたいなと本能的に。

牡牛のルーラーが金星なのは古典からで、
同じ金星でも天秤の人様から見られる様子を気にした「気取り」の空気が一切無い、
生のエネルギーです。
限りある生命、生涯を存分に愉しみたい欲求の金星。

このところずっと軸で観る視点の取り方してますが、
人は一つだけの要素よりも二つで対応したほうが解りやすいようで。
サインやプラネットも対抗するもので観ると実に解りやすい作用が観えてきます。

牡牛の対の蠍、金星の対の火星は、それぞれが磁石のようで面白い。
さっき本能という言葉でましたけど、まさにそれです。

肉体に対応すると牡牛は鼻、口、喉、蠍は泌尿器、性器、肛門。
尾籠な話ですが、喰らって出す、という日常をそのまま表してると言ってもいい。
そこには生まれ育ち家柄など全く意味をなさない生の肉体の営みなわけですが、
特にその牡牛が語るのは自分にとって快適で安穏としていられる要素。
甘く楽しいそのときはまさにあっという間なのですが、
それだけに貪欲になることでもあり。

牡牛 I have
蠍  I desire
とよく表されるのも実に解りやすい欲求で、目に見える欲と目に見えにくい欲、とも感じられ。

それだけに8Hからは親密さ、深刻さを暗示する場になるのは、
理屈抜きに好きで価値あることが目の前にあるから、という。

現実のことは常に誰しも真剣な事柄。
それこそ下手な冗談や当てこすりなど言ったりしたら、手痛い反撃を喰らいかねない。

1ハウスは生まれたばかりの場所、その次の2ハウスは生きる手応えと醍醐味。

2ハウスと8ハウスがそんな場として観るわけですが、
2Hに土星があったりすると、その人に蓄膿など鼻の病気、
摂食障害や咀嚼嚥下が困難な体質であったり、
声を出すのにコンプレックスや難があることもあります。
いつもお金がない、金銭面で苦労している、など。
素直な欲求が出せない、2H的なことに嫌悪や苦手意識があれば、8Hを観察してみるなど。
逆に8H的なことについてもその様に。

牡牛土星なら、時間を掛けるだけの価値があることかもしれません。
牡牛の金星は自分にとって価値あること、個人的な価値観であり、
人目を気にして行う話ではありません。
人がなんといおうとそれを愉しみたい、美味しいと思える事柄。
それは満たしてやりたい本能的欲求。
五感、皮膚感覚で肉体的に。

牡牛や2Hでの話は現実、蠍や8Hでは奥まった意識の底。
どちらも欲であっても、表に出しやすいのはやっぱり現実でしょう。
牡牛や2Hはその人の肉体を現実の地上世界で生かすための話をしているわけです。
1Hでは生まれたばかりの状況ですが、次にその人が肉体を維持するには、という。

美味しい匂いのするご馳走が、人の身体をエネルギー源として通過していく間に、
あんなに悪臭芬々たるものに変化して排泄されてしまう、
まさに生と死だなあと。
どれほど人は生きるだけで大変なことであったり、精一杯なんだろうと思います。

美味しい料理は作るのに手間ひまも掛かるのに、食べるのは一瞬ですよ。
その昔、ウーマンリブ?辺りから批判されたCMで
「君つくるひと、僕食べるひと」なんてキャッチコピーありましたけど、
これ牡牛くさいなーって。
ただひたすら食べさせてほしいのだなーって。

なんだか私には微笑ましさもありますが。
ピーピーと大き過ぎる程のくちばしを広げて餌をねだる雛鳥みたいです。
親鳥はせっせと餌を運んで食べさせ、排泄物は加えて外に捨てにいって、と。
ただ慈しんで、遺伝子を残す次世代を育てるために必死で、そんなイメージ。

頭でっかちに役割がどうのこうの、
ではない本能からの欲求がストレートに出されるのは食べ物を目の前にしたとき。

食べ物の恨みは恐ろしいって昔から言いますけど、
その昔の飢饉の絵図や九相図がどんな意図で利用されたとしても、
本能を刺激するということには変わりないです。

なので、金星2Hはその人の好きなこと、と単純に。
これがあれば、人は牡牛が草を食んでるが如くにまったりした様子でいられるのかもしれません。
それはその人が結構気軽に身近に手に入れられる価値だったりするのです。

2Hに星(特に太陽月)など感受点が集中している場合、頑固になりがちですが、
よほどこの現実世界で生きるために必死の思いで生まれてきたのだろうなと観ることもできます。
なので、この世は実はそんなにも厳しい激しいわけじゃない、と説得力のあるものが欲しいのかも。

2H、8Hの状況を観察して自己を満たしてやることが、日々の生を積み重ね。
いつかは必ず終わるときが平等に来る、というアポトーシスが前提の二つのハウスとサインには、
金星火星がそのエネルギー源なんだなと実感します。

限りあるのに、どう急いでもあがいても同じことなら牡牛の歩みの如く、でいいような気がします、
ってなんかまた無責任ですみません。(´・ω・`)←また同じ顔
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ある日とある街角でタロットカードと西洋占星術の再会から始まったとりとめない憶いの記録

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