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sota de copas

Moon River

自分で自分を大事にしている人は、その容姿や周囲の状況に関わらず大事にされる。
これは本当。
自分なんかどうせ、と自己評価をわざわざ低くしていると、キツい状況設定になる。
一時的にそんな時があるとして、そんなの何時までも耐えられるわけがないんだけど。

一方、>自分で自分を大切にできる人と言うのは、親の愛情をしっかり受けて育つことができた人
という話もあって。
>そうでない幼少期を過ごした人は大人になっても自己嫌悪や自分への不十分な気持、不安感がつきまとう
のだと。

そんなレスを貰って、以前から感じていたことを思い出した。
どんな幼少期であれ、その人に取っては大事なものだといずれは受け取れる様にと。
誰が見ても悲惨な子供時代を過ごしたとしても。
感情的に凄く難しい話だけど。

幼少期とか理屈抜きの感情、心因性の病気(なので後天性の病気も)は占星術的にネイタルチャートの月で観る。
観ていると月というプラネットがいかに「傷つきやすい天体」と呼ばれているか、
身に沁みて解る。
なのでイージーアスペクトやノーアスペクトの方がいい、ハードじゃ辛いんだから、などと言う人も多い。

これこそ無いものねだりな話で。
こうあればしあわせになれるのに、なんて言い切れないのが世界というやつで。
絶対、と言い切れないこの世の中にせっかく生まれたのになー。

イージーであればあったで無自覚なままに自分のしあわせ感に気付かずに終わる事だってあるだろうし、
ノーアスペクトなら、感情がいつ暴発してもおかしくない鉄火な作用をする。

先の幼少期の親からの愛情が不十分だったから、不安感がある、
だから親の愛情をあの時だけでも引き寄せられていたら、ありのままの自分を受け入れられたのに、
という大人になってからの思い。
そんな思いも、いつかはその人の中で処理されて別の何かに変わっていければいいなあと思う。

「親」も肉体が血を分けていても自分とは別の人格なんだ、
そんな距離感の取り方も時には助けになる。
子供の頃は庇護してくれる存在として親は特別な人だけど。

不満があったとして、大人になってからまた何か醗酵して別な関係を持つ事だって可能だ。
血縁もあるけど、まずはそれぞれ人間なんだから、と。


「運の引き寄せ」、この数年流行ってます。
ストレートな気持は確かに宇宙に届くと思う。
ただ、引き寄せて願いを叶えた後にも、その事柄や人間関係には続きがある。
その後を、続きをどんな風に過ごすか。
引き寄せるにしても、その人の器に合う分だけが訪れる気がする。

私にはインナーチャイルドとかなんとかは解らないけれど。
幼少期というのは晩年に続く作用だと思っている。
その時期の記憶をどうその人の中で処理して納めていくのか。
占星術でのIC、その人の「家」という場をその人なりに整えて晩年を迎える以上、
引き寄せ以上に、誰しも幼少期や過去をなにより本人が受け入れていけたらなあと思う。

親の言動行動や財産や環境は、そういうアイテムが用意された状況設定だった、
ぐらいで済ませた方が色々楽になるんじゃないかなー。
歳取って子供返りとか退行といった埋め合わせ的な状況も、
いずれは終わる時がくると解っているからしているんじゃないかとか。

引き寄せにしろなんにしろ、後に残った物が晩年の助けになればなにより。
最後に帰る家に何が残るのか。

振り返ってみることが出来るということはやっぱり素晴らしい。
それが愛とか慈悲とかいうものかどうかは解らないけれど。

月は受容だったり、水、河川や海との親和性高いイメージ。
水に流すなんて昔からいうけれど。
澄んだ水の流れに何かを流して持っていって貰うイメージとか、
透明な水のある風景や色のヴィジュアライズや映像作品を鑑賞してみるとか。
お出かけせずともそんなイメージや想像してみるだけでも違ってきます。

月の年齢域に起こったマイナスな記憶やイメージへの対処は気を楽に持つ、ということで。
ただいい加減に受け流すというのでなく、
もう必要ないと感じた時に掃除が出来る様になる気がします。

そこが最後に帰る家なら、散らかってるよりそこそこ整理された方が落ち着くので。

(月は副交感神経に作用している?)

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