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sota de copas

男の子女の子

ふと思い出したら私が子供の頃読んでた「しあわせ星うらない」もだけど、
占星術本って男性が書いてたものばっかりだった。
昔は以外とタロット、占星術使いって男性の占師多かったのです。

TVではルネ・ヴァン・ダール・ワタナベさん、本では中川 穣助さん、流智明さん、門馬寛明さんなど。
ざっと上げても男性が目立っているのは、時代的なものもあったかもしれないけど。
当時はジプシー占いなんて言ってましたね、タロットでの占い。
主に使われるカードデッキはマルセイユ版だったのかな。

その内に社会人になってから、同世代の鏡リュウジさんが雑誌に彗星の如く登場して、
今までに無い雰囲気や考え方の心理占星術を雑誌などで初心者向けに解りやすく紹介されるように。
松村潔さんの著作が商業出版になって、クールでザックリと現実的なリーディングも紹介されたり。
地道な活動というのは、男性性を女性性がバックアップすることで出来るんじゃないかな。

息を長く、地道に、長い時間掛けて形にして結果にするというのは土星なんだけど、
これだって男性性と女性性の両方を兼ね備えているプラネットなので。
上記に上げた方々はどの方も実は自分の中の「女なるもの」に気付いたことで、
占い勉強し始めたのかもしれない。

彼らの内観法としての占い、スピリットに対する学びと理解というのは、
そんな自分を偽らない心から。
男性なら内なる女を。 女性なら内なる男を。
そんな辺りが本当に占星術という技法は数千年かけて体系化しただけのことあって、解りやすい。


草食男子、肉食女子なんてお手軽な使い方されてますけど、
まあ即物的ながら解りやすいですよ。
電車で観てても今の女子高生は制服スカートのプリーツ広げてまでして足開いて座っちゃうし、
男の子は鏡で髪型直して眉の整い方を気にしてる。

自分の中の異性に早いうちに気付く人が増えたんだと思う。
なので、私は長い目で観る必要がまだまだあるとも感じる。
この子達が社会に出てどんな目で人を観て生きて行くのだろうなー。

いまどきの親は子供に嫌われるのを酷く怖れているのか自主性を重んじているつもりなのか、
人に迷惑かけなければ自由にしていい、と子供に語っている事が多い。

ならば子供にしてみれば何をしても「自分がアンタに迷惑かけた?」と口答えする事も可能だ。
人は自分に都合のいい方を先に選択しがちで、それが他人にどう映るかまではすぐには想定しない。
それは80年代後半からそんな言葉が子供達から出て来たと思う。
私の子供時代に過保護という言葉が同級生の間で浸透し出して、
同世代で成人前からそんな口をきく子が徐々にで出したので。

自由ってなんだ。
無軌道とは違うはずなんだけど。
どの星だってこの宇宙では本来の軌道の中で自らのお役目果たしてるってのに。

自由という言葉の不自由さ。

自由だからこそ土星的な自分で自分の面倒見る能力や現実性って宇宙の錨が無いと困るのは、
他ならぬ自分自身ではないかな。
この地上で生きる為の重力でもあるけど肉体を持っているうちはその方が解りやすくて、
長い目で観れば楽なんだよ。

宇宙から電波で降って来る天王星のパワーはそうそうしょっちゅうは使えないんだよ。
踏み台的に勢いはくれるけど。
この地上では土星もセットで使わないと。

まず最初に当たり前の事を当たり前に考える能力、というのが一番必要なんですけどね。
普通の人、というのには実はなかなかなれないもんだ。
普通じゃない人なんてのは誰でも今すぐなれますからね。
それに関して、占いやスピってのに関わる人が男女ともどんだけ重視出来てるのかとも思ったりねえ...。

各種占い、レイキ、エネルギーワークってのは特にそんな気もしますけどね。
色んな本が出ているんだけど、自分こそが正統派、イニシアティヴ取りたい的な物があると、
せっかくどんだけ立派なお話やら技法を紹介されてもなあと思うときもあるな。
なので、色んな本読むというのも大事だったりね。
混乱しそうな時ほど、時間を置いたり、すぐに結論を急がないようにという。

人の言う事に関してはニュートラルにね。 
信用しないってんじゃなくてね、ビリーバーに傾かない様にね。

土星は時間を掛けた方がいい事というのを示唆するものだと思う。
その人のネイタルチャートで時間を掛けてやりたい事、取り組みたい話ということで。
カルマとか試練なんてクソ重たい話でスピ系プレッシャーはいい加減ごめんですよ。

まだ暫くは天王星土星のオポジション、もうちょっとだけ水瓶木星の時期だしねえ。
そしてこの月末に天秤土星でそれぞれの現実性を美しく実現できる持続力を掴めるように。

天王星は勢いがあるが、そこに土星がブレーキを掛けたり、
またそれを天王星が解除したりというシーソーゲームだろうかね。
そんな中で男性性と女性性とのバランスの取り方も一つ理解出来るかもしれないしね。

草食男子、肉食女子と呼ばれる今の二十代三十代
(二十代後半で女子男子って自分で言い張るのもやっぱなんかしぶといね。)が、
本当にいっぱしの男や女として自覚し出した時には、
自分の何かも誰かの事も受け入れ上手になって、
何かが楽なれる道をそれ以前の年代の人々よりも早く獲得出来るのかもしれない。

こだわり、というのは据わりの悪いマッチョな思想の表れかも。
男性のみならず、女性もねえ。 
こうあらねば、じゃなくてこうありたい、あれれば善いなというぐらいが自然でいい。
らしさ、形にこだわり過ぎることなく、緩やかな時間の中で育めばと思う。
土星の現実と天王星の閃きと温故知新なエネルギーの中、
その間の流れるキロンがその鍵をある日突然投げてよこすかもしれない。

自分の中の男の子、女の子を大事にね。 
その人の中の恋人や配偶者、場合によっちゃ異性の親や子だったりするからね。
アマテラスとツクヨミのイメージにも重なるな。
彼らは二人で連動して働いている気がする。

そんな風に人の成長がこの宇宙の中でもちょいと早まって行くのかもしれない。

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コメントコメント


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No title

自由と規制
公と私
男と女
昼と夜

などなど・・・・・・

どちらか一方だけに傾いてるだなんて
すげー不完全で不安定。
どちらか一方を無視するのは、存在自体の否定にも繋がるような気が。

全てを二元論で片付けられるほど、
単純なもんでは無い・・・とは思うけどw

pearlmaple | URL | 2009/10/25 (Sun) 01:27 [編集]


Re: No title

> どちらか一方を無視するのは、存在自体の否定にも繋がるような気が。
> 全てを二元論で片付けられるほど、
> 単純なもんでは無い・・・とは思うけどw

とりあえず、一度二つに分けて思いを馳せるというのは解りやすいですよね。
だから意味あると思うんです。 
自分以外の誰かや相手を思いやるとか、そういうとこへ発展するきっかけだったり。
いずれは分ける要素も必要なくなって、どちらでも無くなってまとまるんですかね。

白猫 | URL | 2009/10/25 (Sun) 09:57 [編集]


 
 

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