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sota de copas

巨大な背中

12ハウスに関するメモ

12Hは周囲も本人もすぐには気付き難い価値、とあっさりと考えているな。
12Hも8Hも現実感覚からは観えない世界、というのは共通だけど。

考えようとか意識の仕方で、自在に変化すると思っている。
凄く大きく緩くなったりするので。
アウタープラネットは三つともそうだけど、
特に海王星というイメージ、ビジュアライズのパワーは使う人次第、
という空気が濃厚になる。
実現化の第一歩ともいうけれど。

お金には代えられない価値ある存在にもなれば、結果として詐欺行為となる場合もあり。
これまた個人のイメージ能力、それまでの理想や信念と呼ばれるものの持ち様や扱い方次第かと。
元が海王星見つかる前の魚のルーラーは木星だった。
自分の現世での信念体系(木星、土星、MC)をここで振り返るのかもしれない。
もう最後だからなあ、と。

昔からこの最後のハウスはゴミ箱と呼ばれた。
「11ハウスまでに納まり切らないものは全てここに放り込まれる」と。
現実生活や社会生活という場で使われなかった、もしくは使いこなせなかった何か。

もう肉体から離れる準備をしている場所なので物質的な制約や現世的な考え方が通用しなくなる。
ここがポイントで、その人のそれまでの在り方で決まる。
制約が無くなった分、秩序や人間世界の道徳観から解放された後の自分をどうするのか。
精神性が問われるなどと言えばカビの生えた言い草だが、
何をするのもあなたの自由、などと言われた時に人間は一番困るのではないかな。

ルールや規範、誰かが言った通りに動いていればそれでよかったのが、
もう12Hでは通用しないので。
今までどうやって来たのか、最後に振り返るハウスなのかとも思う。
木星までは社会正義という話だったけど、社会が正しいと言っている正義だけじゃない何か。
それが海王星や魚サイン、12ハウスで自分が改めて確認する事だと思う。
この肉体が無くなる時、現世で培ったステイタスやキャリアと呼ばれる物から解き放たれたら、
あとは何が残るのかと訊かれているのかもしれない。

社会の枠組みの中からの視点のみで理解されるとは正直思えないな。
世間体という考え方は逆に辛さがつのるかもしれない。
世間体とその人に取っての本当の事、というのは往々にして別の話だったりするので。

個人的な欲望を満たす事が出来ないものが12ハウス。
カルマを超える為のハウスとも言われているようだけど。
現実感覚では理解され難いから「孤独」というのがキーワードになっている。

一人っきりというのは自由度は高いが、周囲の理解度は低くなりがちで。
その人が本当に好きなものは自分にしか理解していないので、
他人からすればそれこそただのゴミやガラクタとしか思われないことも往々だったり。
見捨てられた様な存在や物に愛着を感じやすい。
やくたいもないものに金をつぎ込む人、と世間から見られたりするかもしれない。

12Hのカスプサインのルーラーがあるハウスがその人のヒーリングポイントだったり。
いつでもここに還りたいという思い、多幸感を味わう場ではあるのだ。

12Hは対する6Hが小動物、ペットを表しているのに対し、
大動物、人を乗せてくれる様な巨大な存在を表しているのだと言う。
12ハウスの背中に乗っていけるのは大きなものを怖がるどころか、
その存在に親和性を感じる人だけだ。

大いなる何かに怖れをなしてビビってしまうのなら、まだ現世的なものに強い未練と、
そこを居場所と決めていて12H的なものに重きは置いてないのかもしれない。

12ハウスその全容を知り尽くせないほど大きな存在を感じる場所だ、多分。
なので、すぐには気付き難いんだな、やっぱり。
木を見て森を観ずとか、全体性、などと言うのはちょっと安直かね。

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