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sota de copas

Tarot CardとAstolorogyのフィルターを通して観る  この世界への感想文とこの世の記憶帖

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どうして僕はこんなところに

どうして僕はこんなところにどうして僕はこんなところに
(1999/09)
ブルース チャトウィン

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散漫な心で旅するが如くの思いつきメモ

主観と客観と社会状況は別物って。

たまたま占いと言うのをやっている。
正直、未だに自分でも何が何だかという気持で。

ものごころというのが付いた頃から、
「なんで私はここに?」とか「何をするんだったっけ?」
と折りに触れ思い出す様に浮かんでいたわけですが。

人生訓とか道徳というのがこの世にあるのはなんでかなーと思うのは、
私が苦手な「絶対」「正義」というヤツに対するグレイゾーンの一つかとも。

法律、正義を表す木星をルーラーとする射手のMCだが、魚の太陽とASCとはスクエアで、
もう一つの公平、法律、やっぱり社会での正義を表す天秤は観えない世界の8ハウスのカスプであったり。

木星(シュピター ゼウス)はおおらかな神の王だが、自分だけが愉しい。
天秤は公平で等しく正しいと思っているが、情や感覚というドメスティックな要素に欠ける。
それぞれがちょっと空気は違うが、個人の事情や有り様に関心はないという。
それもどうよってつっこみも入りそうな。

自分のネイタルチャートに天秤サインに星や感受点はないけれど、
天秤と魚はサイン的にクインカンクスという関わり合いのないという意味合いのアスペクトを組む。
本来関わらないという事は、その中では再調整とか躾と称される状況が出来上がるのだ。

どっちがどっちを躾けたり調整したり、をするのか。
どっちがではなく、双方が、ということにしておきましょうかね。
この辺は「公平」に。
散漫な意志であるミュータブルが効いていてよかったなあと思う瞬間でもある。

あなたが正しいと思っている事柄や情熱、精神論は、
社会や対峙する人には「別の話」である。
そんなつっこみいれる誰かが頭の隅っこにいると承知していればいいのだね。

正しいと思っていた事が、間違っていた!と感じた時に、
何かが新たに拓けた瞬間と思えたらさいわいであるね。

勝った試合よりも負けた試合の中の何か、
上手く(巧く)いった時より失敗した時にそこにある何かが、
柔らかい感じであればいいと思う。

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