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sota de copas

美しき天然

天に恥じない生き方をせよ、などと年長の方が書いたものにはあったりする。

天ってなんだろうね。 空を仰いでも青かったり、雨が降ったり雲や天体が見えるばかり。

自分の頭の上に何かあるような、いるような、そんな気がするのは洋の東西問わず大昔から。
だから実はそんなに遠い処のものの様な、実は以外とそうでもないんだろう。

ハイヤーセルフって言葉はあっちこっちで見かけるけど、
自分では未だに全然解りません。
多分まだ解らなくても大丈夫な気がするので、そのまんまにしてるというところ。

自分では左側に誰かが立ってたり、くっついて来るとかなり不愉快だったり不安。
右側なら平気なんですね。 右側の存在から誰でもどこかポジティヴな感じを。
まあそのぐらいしか感覚としては。

中島らも氏が生前、自分が呑んだくれたりグダグダになっていると、
自分の頭の右上ぐらいの所でもうひとりの自分がアホやなーと眺めているような感覚を得ていたと。

天に恥じないって、どういうことかね。

とりあえず自分が面白くない時、思い通りにならない時をそれなりに愉しめるように。
植物でも水でも石でも動物でも自分が素晴らしいと感じた瞬間の気分を忘れない様に。

今日と言う一日がどんな日であっても、それは二度と帰って来ない瞬間だと承知しておくと。

自然に触れた時にいつも得る感覚はそんな素朴な感覚。

「空の青さをみつめていると
 私に帰るところがあるような気がする」

谷川俊太郎氏が若い頃に発表した有名な詩も、
実は太古の頃から変わらない空の色と光の記憶をそのまま言葉に置き換えたようで、
この懐かしさの様な感覚が何があっても原点に戻るパワーになるようだ。

なんかね、最近センタリングなんて本来サッカー用語と思ってた言葉が、
なんでスピ系を唄う人達の間で使われてるのかと思ったんですけど。

プロのモデルさんが姿勢を最初に真っ直ぐにする時は、
頭の天辺をピアノ線で天から真っ直ぐ吊るしたイメージですっと立つという方法を使うと。
これは古武道で正中線を通すというのと原理は同じかなと思ったんですが。

天から真っ直ぐ降りて来た、その道筋は天と真っ直ぐなままに繋がっているというイメージ。

これもまた先のらもさんがその昔描いたかまぼこメーカーの宣伝用の四コマ漫画で、
降りしきる雪空を見上げているとだんだん汚れたものが無くなって、
綺麗になってそのまま天に昇って行くみたいや、というお話を書いていた。

草の上に寝転がって空を見上げていると、いつの間にやらそれが反転して自分が空を見下ろしているような感覚を得たりすると。
そんな光景を大島弓子氏だったかな、旧い作品で読んだ記憶がある。

とりあえず自然というシステムのその中の一つとして産まれた事はありがたいとつくづく思う。

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