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sota de copas

ツキノヒカリ

満月過ぎた所で、なんとなくメモ書きを。

私は人は悟りとかなんとかって、無理に得ようとしなくていいと思う。
魂の成長、スピリチュアルグロースなんてのを言われたって、
実際この私自身がピンとこないのだ。
別にそんなのどうでもとは言わないけど、いちいち考えなくてもいいんじゃないかという。

「悟れよ」なんて上から目線で誰ぞに言われた日には、腹が立つよなあ。
なんだそれ、それができてりゃとっくに六道卒業してるだろって。
ってか、悟りってやつを得ていれば、最初からこの現実世界に生まれて、
七面倒くさい人生なんてのやってたりしてませんから。

その日その日、精一杯やって、腹が立つ、マイナスな感情が湧くならそれでいいんじゃないかと。
そうそう簡単に悟れって言われてできるかね、そんなの。
むしろ、そんな風に苦しい気持が湧く自分を正面から観てやって、
のたうちまわって、こんなに汚れているのかと思ってもいいんでは。
とりあえずそんなとこ受け入れていく方がよっぽどいいよなあ、建設的だよなあと。
ここで変に神妙にならないってとこがポイントね。

とりあえず、毎日自己ヒーリングしていますけど、自分でも効いてるかなあと正直自身無いですけどね、
でもやってると習慣になるもんです。
ご飯食べたり歯磨きするのと同じ感覚で。


そして、道歩いても電車乗っても、TV観てても気になる人のチャートが観てみたくなる。
まあこれは占星術かじってる人間のサガというものですが、
素直に人間に興味が湧くんです。
で、生年月日を知って取りあえず出してみると、月のサインが思った通りだとこれが嬉しい。
その人の本音とか本性と言われるとこだから。

月は社会生活においては厄介者になるときもあるけど、その人の敏感で水気を含んだ弱いとこ。
なので、そのサインが思った通りだと、この人と心通わせられるかも、などと勝手に思ってしまう。
勿論、そんな期待だけじゃやってけないけど。

月はその人の前世から持ち越したクセ、そしてきっと悟りきれなかった部分。
自分の中で守ってやりたい場所。 ネガティヴなところを照らし出す癒しの光。
辛い時、そして最期に帰る家。


自己啓発やら願望実現とか、引き寄せとか、成功法則とかってなかなかしんどそうですね。
その類いの本とかをいっぱい出してたアメリカが、
いまなんだか大変そうなのってなんでだろう。
元から色々大変そうなとこですけども。 
日本や他の国々も思いっきりとばっちり受けてますけど。

私は普段、太陽が大好きで道歩くときも日当たりのいいとこを歩く。
チャートでも太陽を誰しも一番活かせたらなあと思うけど、
太陽を拡大解釈しまくったのが、いわゆる自己啓発なのかなあとも思う。
こういう事書くと、色々ヤバいかな。 ま、いいか。

結論として。
ワケ解らん「悟り」より、自分を癒してやる方が手っ取り早い。
というより、ヒーリングの方が先でしょう。
自分を可愛がってやれるのは自分自身。
可愛そうだなあと思ったら、光が当たっていない自分自身のダークサイドに月の光をイメージ。

滴り落ちる水の様な月の瑞々しい光を当てて、
かたくなになった心を緩ませて癒すのが一番。
太陽じゃおっとこまえ過ぎてあっけらかんとしてるし、あまりデリカシーないからね。

自分に自信を取り戻そうとあれこれもがくのもいいけど、
太陽と月とがセットで人間できてるのを忘れない様にね。
タロットの18番は月。 19番の太陽よりも先にあるのだ。
生命力漲らせる前に月の光のイメージを思った時に、
自分を労ってやれるんじゃないかと。
「悟る」なんてのは、そのずっと後に来ると思う。

悟れよ、なんて誰にも言われる筋合いのもんじゃないのだ。 

これでいいのだと導いてくれる月の光。

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