FC2ブログ
 

sota de copas

Nobady Knows

占いって言葉、この世でも胡散臭い、アテにならないものの代名詞。
最初に習ったのは卜占とされるタロットカードによるリーディングだったせいか、
西洋占星術は習っていて新鮮な気がしたものです。

実際に占星術もだけれど四柱推命、気学などの宿占を特に統計学と称して、
これは根拠の在る学問的なものとして紹介するという傾向が強い昨今。
多分、それは間違いではないんだと思う。

占い、特に占星術というものを最近はことさらに、
「これからは占星術こそ学問として認めるべきだ。」という空気を頑張って出しているような。

それでもそういう概念を念頭に置いて勉強していると、何故か私は左肩がとても痛い。
ストレスを感じると常に身体の左側が凝って痛みが走る程になる。
レッスンでやり取りしたりお話を伺っている時には凄く愉しいのに、
一人で本を読んだりテキストを読み返して考え込んでいる間、ずっと痛い。

いいようのない孤独感の所為もあると思う。
だけれども、こんなに肩や背中、腰の左側ばかりが集中して痛む程になぜ文字通りの肩肘張った精神でいてるんだろうな。

「占いは統計学です。」
本当にそうか? そうだとしてだからどうなんだ?と思う本音がある。

そうか。
この世は未だ胡散臭いものを求めている。 実は。
普段の五感では感知し得ない筈の世界がありそうだけれど、
普段はそれに蓋をして、有り得ないということを前提にしておきたいのだなー。

知られずに済めばそれに越した事無い世界。
ことさら秘密にしなくてもいいけれど、無理に知ろうとしなくても済む世界。
そんな世界がどこかにあれば、むしろそれがありがたいのだと思う。

占いは全て当たると思う。
後はその人のリーディングのセンス次第。
いわばどうにでもなる、などとといえば、それこそここぞとばかりに
スピリチュアル否定屋をサイドビジネスにしている某大学教授が鬼の首を取ったが如くに騒ぎそうな。(笑)

でもとりあえずそんなんでいい。
学生時代に聞いたニューエイジという言葉の響きがどうにも苦手だった。
今でもスピリチュアルという言葉を何度自分の口から発してもしっくり来ない。

誰にも見えると言うわけでないという前提、というか妙な縛りや約束事のありそうなことはそれこそ「胡散臭い」ぐらいで丁度いいのかもしれない。
つまびらかでない、そのようにしようもない世界があることはありがたい。

私は今やすっかり胡散臭さ全開な所属だと思うとありがたいです。
そんなとこからスーパーでの見切り品処分のワゴンを漁ったり、
ポイント2倍デイとか100均でのお買い物やたまに頂くお仕事にわくわくしています。(笑)

とりあえず「この世」はそんな現段階。

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 
 

トラックバックトラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)