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寓話について

「その願いはかなえてやろう。だが、これだけは覚悟しておけ。
 人はその心の状態や理解の度合いに応じて、質問に対する答えを得る、ということをな。」

スーフィーの物語―ダルヴィーシュの伝承 (mind books)の中の、「天国の食べ物」という一節。
アラブ世界の精霊ジンの頭領が言い放った台詞で、
岡本翔子さんの完全版 心理占星学入門で紹介されていたのが知ったきっかけだった。

子供の頃から動物がいっぱいでてくるお話、自然を舞台にした寓話が好きだった。
イソップやラ・フォンテーヌとか。
「スーフィーの物語」もそんな寓話の一つだけど、
得てしてこの手の語り口はちょっと見には皮肉で冷ややかに思われがちかもしれない。

人の欲を諌めるようなところに思われているからかもしれないな。
だけど、今改めてこういうお話に思うのは、
「思いやり」というもの。

出来もしない事を今すぐやれ、とは一切言わない、今出来る事をやればいいという話ばかりな気がする。


寓話に動物が出てくる事が多いのは、素直な状態で生きているからかもしれない。
日本の鳥獣戯画なんてのも解りやすい。
人の行動や仕草を動物達が演じてみせる、というのは辛いユーモアの中に思いやりが段々に滲んでくるのが見えて来る。
どことなく人間臭いような、でも段々にそんなところを超えたユニヴァーサルな不思議な気持になる。

なんとなく書いてて寓話って天王星的、ウラヌス的だなあとも思う。
やっぱり温故知新なエネルギーなんだなあと。
人間が自分では気付き難いところを動植物や自然が演じてみせる。
精霊のような肉眼でとらえられない存在が大局的な意識の持ち様のモデルケースになっていると。

その人自身でその時に解る範囲でなにごとかを得られる、という仕組みは実は大変ありがたい。
つくづく人間の肉体とか、それを取り巻く自然とか状況は精妙な作りをしているのだなあと。

自分で出来る事、使えること必要なことが解る、というのは本当にありがたい。
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.30 2009
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Jupiter in Aquarius その後(木星の魚サインイングレス予報)

トランジット木星が現在、水瓶25°。
長らく海王星とキロンとの合を形成していたのが、
この年末年始でセパレイトして来月19日に魚イングレス。


水瓶後半度数にネイタル太陽や月を持つ人には長い間の自己や感情のコントロールに試行錯誤する時期だったと思う。
特に月を持つ人は大変だったのではないかと。
ネイタル太陽や月のアスペクトがハード過多な人の場合は人間関係でかなりオーバーになったり、
その後に自己嫌悪に苛まれたりという悪循環で苦しんだこともあったかもしれません。

魚サインに入った頃には気分変わって来ると思います。
木星は拡大させる作用があるので、海王星キロンの力を増幅させていたようなので。

それでもまだ太陽や月に海王星とキロン合の時期は無理せず、睡眠を多く取るように。
体力を消耗しやすく、心はウェットで傷つきやすく涙もろくなったり。
心や体質がデリケートになって感染症に罹りやすくなっているので、
人混みをなるべくさけるように。

敏感になっているので、ヒーリングも安全な技法かどうかを見極めて受けるといいです。
心身への負担をなるべく受けない方向で。
アロマテラピーのようなエッセンシャルオイル、水、液体、ミストを使うものは海王星要素をプラスに使えます。
どうしてもフィットネスというのなら水泳、簡単なヨーガなど精神を穏やかに保つ方向で。

美術や芸術鑑賞、自然や動植物に触れる、
ペットや植物の世話とコミュニケーションをまめにするといいです。
言葉によらないスキンシップやコミュニケーションは前向きになれます。

海王星とキロンのデリケート、共感、ヒーリング、審美眼を養うという方向でプラスに使ってみる練習と思って。

2010年もまだ水瓶の海王星キロン合と付き合うことになるので、
水瓶、牡牛、獅子、蠍の後半度数の太陽と月、パーソナルプラネットをネイタルに持つ人は無理は禁物です。
精神性に傾きすぎない様に、人とのコミュニケーションでも気にしすぎない、ぐらいの気持で乗り切る練習と。

木星は気がつかないうちに拡大、肯定するので以外に使うのが難しいエネルギー。
ハードの方が意識はしやすいかもしれないけれど、結果は別なので。
むしろ土星の方が解りやすいぐらい。

太陽、月が水瓶でハードアスペクトがある人は大変だったかもしれない、木星、海王星、キロン合。
木星の魚イングレスで空気が変わって来ます。
2010年は体力的な無理を極力さけて、
悲観的にならずに精神性を基本に見据えた物の見方をする習慣付けをテーマにすると前向きになれます。

無形の物質的なものを超えた価値を実感するのであれば、音楽、舞台、舞踊、舞踏、映像作品など、
時間芸術とされている分野に親しむのもいいと思います。
写経や聖書、コーランなどの古い宗教への理解を深めるという人も出て来るかもしれません。
瞑想を伴うものやヨーガ、気功、太極拳、動植物や自然に触れる、
神社仏閣巡りをすることで心身のバランスを取り戻すにはいいタイミングです。

水瓶、牡牛、獅子、蠍といった不動宮の太陽月、水星金星持つ生まれの人、アングルを持つ人には
医療、ホリスティック、介護、精神医学、哲学、心理学、占いの技法を学ぶのに、
2010年は最適な年だと思います。

大袈裟でおおざっぱになりがちな木星が離れた時がむしろチャンス。
.27 2009
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☆ Merry Chiristmas ☆

鴨

天気いいです。

.25 2009
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火星逆行と金星についてのメモ

先日から火星逆行です。
3月11日を境に順行に戻るので結構長く獅子サインに火星滞在ということで、
獅子、対抗する水瓶、スクエアになる不動サインの牡牛、蠍に太陽、月、水星、金星、
獅子のみならず不動宮にアングルを持っている人は、ひと呼吸置いて発言、活動してみてください。
3月上旬は順行に戻る際に星の力が強まると考えられているので、
普段以上に冷静さに意識を置いてみてください。

獅子の火星なので、傲慢な態度や状況にならない事、
またそんな周囲の状況を見たり感じても反応しすぎないように。
上手く涼やかな距離感を保つ練習と思って取り組むといいかもしれません。


このところ、個人的に事業仕分けというものになんとなく血が上りそうな日々ですけどね。
仕分け人と呼ばれている人々に、なんとなく火星が暴走している感じを。

ただ現実的に支出を抑えさせる事が使命ではないと思うんですよ。
実際にただ単に無駄、先が見える気がしないという理由で斬り捨ててはいけないと。
次世代スーパーコンピュータに関しても、
科学技術の専門家でもないのに斬り捨てようとするやり方に学術関係者からの猛反発を喰らったり。

これだけの仕分けをしたから、私たちは何億円の支出を食い止められるのだ。
そんな数字を上げて結果を出した様に言われても、納得するかどうかは別の話。

マイナースポーツ競技者や団体、愛好者からも反対意見や陳情がでているということ。
こういう意見は本当に「仕分け」ということを理解してるのなら、
厳粛に受け止めてもらいたいもの。

私が最も憂慮しているのは、映画上映や音楽活動、演劇と言ったものが、軒並み延期中止されているという事実。
この仕分けの為に予算が計上出来なくなって無期延期など、
それはあまりにも残念過ぎる。
計画を進めて来た関係者、出演者の哀しみがあちこちのメールマガジンやサイトで見かけられるように。

あなたが思う「無駄」は人様にとっては「宝」であり「価値」だということに気付かないと。

人としてそれが無駄かどうか、という「仕分け」は実は幻想でしかないのかもしれないのです。

とはいえ、仕分け人さん方がこちらを御覧になっているわけではないけれど、
こんな呟きを敢えてtwitterなどではなく、ブログで書いてみる試み。

金銭、恋愛、価値あること、価値観、愛を感じる事と、その態度、
原始的なメスとしての女性性を金星が管轄しています。

可愛い、綺麗、チャーミング、愛嬌、安楽さ、快適さ、素朴な満足感や、
行き過ぎれば贅沢、怠惰、ワガママな様子に。
本当は最終的に洗練させたいものかもしれない、美意識と価値観、それは金星の要素。

その金星に対抗するのが火星。
この星のエネルギーは得てして扱い方が難しいと思います。
自分だけのプライドやパワーを見せつけるための攻撃性として使う為に宇宙はよこしたのではない、と思う。
エゴを押し通すのではなく、火星がもたらす生きる情熱とエネルギーの輝きを社会が元気になる為には、
と考えた上で使ってほしいと。

なので、年齢域では金星は16歳から24歳前後と早くにその力を発揮するのに、
火星は36歳から44歳前後と、ある程度の価値観が確立されたと思われる時期に相当しています。
成熟して、それなりに人として枯れることを受け入れてから、その本来の力を発揮するエネルギー。

金星は個人で使うパーソナルプラネットのエネルギーだけど、
火星はパーソナルとソーシャル、両方の意味合いのあるプラネットのエネルギー。
社会性をその人なりに学んだ上でないと、プラス方向に使いこなすのは困難な性質がある。
個人的感情では性交渉や闘争、暴力に向けがちなエネルギーなので。

金星にとって居心地のいい牡牛、天秤サインは火星に取っては居心地悪く、
火星にとって牡羊、蠍は機嫌良くパワーを出せるのに、金星には本来のチャーミングさを活かせないサイン。
金星は火星に傷つけられやすい、と古来から言われているのも解る気がする。

火星のエクサルテーションである山羊サインは、
この世の現実の価値と冬至のシンボル的なもの。

金星のエクサルテーションである魚サインは、
最後に無形の価値をこの世に残す、もしくは見出すと。
春分の牡羊サインの直前でもあり。

この高揚する位置のサイン同士であれば、この二つの雄雌を表すプラネットはセキスタイル。
友人的な意味合いを持つアスペクトを形成します。

社会に広くその価値を問う、というのであれば金星と火星は共存しやすいかと。

この世に安寧と喜びをもたらす美意識を確立させるには、歴史に残るものを確実に残したい、
そんな哲学といえば大袈裟だけど、筋の通った思いがなければ、
ただやみくもに「仕分け」て辞めさせればいいというものではない、
と敢えて勇気を持って断言致します。

現実世界の中では、「仕分ける」のではなく、「共存させるには」という視点が本来必要な気がします。
「無駄」とはいったいなんなのか、
本当はそこからまず始めることが必要だったのでは、と。
.23 2009
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冬至

先日で無事、MAGATAMA木工所さんのクイズラリー終了いたしました。
自在人さんの真冬のミラクルな企画、参加させていただきありがとうございました。

沢山の方々のサイトを廻って色んな石や作品、思いなどに触れていける貴重な機会でもありました。
沢山の方にお越しいただきありがとうございました。
重ねてお礼申し上げます。



今日は冬至、かぼちゃとゆずがどこでも山積みで売られてたかと。
冬の賑わいでもあり、こういう節目への意識に意味があります。

占星術でも最も北に位置する場所であって、ホロスコープでは天頂。
人生のクライマックスであるMCの場所は暦で言えば冬至なんです。
最も寒い時期、動植物もなりを潜めているような時期なのに。
だけど、その時こそが実は人に取って一つの総決算でもあって。

IC(夏至)の表す心の中のことを時間を掛けて現実にしていった結果がMC(冬至)、
と思うのもいいかもしれない。

そういう人の気持から産まれた過ぎ越しの祭りの名残りがクリスマスや大晦日などになったようです。
その年の最後、一番高い場所に立って俯瞰する、そんな日が冬至なのかもしれません。
.22 2009
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☆ MAGAMATA木工所クイズラリー ☆ 終了

MAGATAMA木工所さん主催クリスマスイベントに参加しています。

期間12月5日(土)~12月20日(日)
回答の受付期間は12/20の深夜12時まで。
全てのクイズに答えて、オリジナル賞品ゲットしてくださいねー。
可愛いけどちょっと、いやかなり不思議で愉しそうなもの、かもしれません。 

クイズ内容の書かれたエントリーを探してみてくださいね。

ちょっと本気で探してみる価値ありな賞品です

☆(´・ω・`)ほんと?(`・ω・´)ノ ほんと!☆ ←Please look for me!  At the right column...


12月20日の深夜12時を持って無事終了しました。
沢山のアクセス、ありがとうございました。
.20 2009
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牡牛サインのメモ

味わうとか、じっくり何かと向き合う、と。

煮詰めてエッセンスを抽出する過程の最初のとっかかりの話のような。
これは対抗する蠍サインと関わるだろうな。

例えばSONYが一度撤退したものの再び参入を決めた電子書籍という物がある。
一方、実際の印刷物、出版物、マテリアルとしての書物という、
直接手に取って読む愉しみというものは捨て難い。
皮膚感覚で受け取る喜びは何をさておいても愉しい。

知識、マインドとか手に取れる物質じゃないものですら、
そんな肉体感覚や具体性というものにまだまだ価値を見出せるもんだったり。

眼に観えない音と言う感覚だけでしか味わえない音楽も、
購入は音源ファイルのネット購入、DLで済ませられる昨今。
それでも実際にCDやレコードで本当に好きなものなら手に入れたい。
盤などのマテリアルで手に入れる喜びというのは素朴なだけに格別だったりする。

この辺りも実際、その人それぞれの感覚にもよるけど。

なんかこう、生きる根源といえば大袈裟に聴こえるかもだけど、
五感とか肉体感覚というのは人間とか動物とか、この地上に生を受けたものが得られる最大の醍醐味だ。

そう、「醍醐味」という言葉の意味そのものが牡牛サインっぽいんだな。
味わえるって最高だよ、だってその為に生まれて来たんじゃないの、という。
まったりと自分の中で喜びをかみしめているという。

肉体は一つの限界点だ。
だけどその限界すら受け入れて愉しむために生まれて来たってことで、おそらくは。
限界がある、という事自体が実はしあわせなことかもしれない。

鳥の様に空を飛べるわけでもなく、魚の様に水の中だけで呼吸して泳ぐこともできない。
馬の様に風を切って早く走れるわけでもない。
大きな角も鋭い爪も生えていないから、そういうので身を守ることすらできない。
鯨や象の様に巨大な肉体と体力で他を圧倒することも出来ない人間と言う存在だけど、
五感を味わって愉しと思って生まれて来たんだろうなと思う。

人間は皮膚や内臓が喜ぶ事がしたいんだなー。
生き物が肉体を持って生まれて生きると決めたんだから。

牡牛カスプのハウスはその事やシーンを皮膚感覚で味わいたい、
じっとひとところに落ち着いて、こねくり回したいという意志がある。

ふと思い出したのは占星術の先達であるこの方の著書だった。

占星学実践講座 (世界占星学選集 (第4巻))

昭和の中頃、今の様に沢山の日本語の占星術の指南書があるわけでもなく、
著者はたった一冊の英語の資料をボロボロになるまで、何度も辞書を引きながら読み込んだという。
そんな時間と努力の結晶がこの本だけど、自分でも何度読み返しても強力なものを感じる。
文字通りの「実践」であって、事実をそのまま調べ上げて検証した、と。

今は幾らでも日本語で書かれた優れた占星術本や翻訳もあるけれど、
この著書は最初に発表されて数十年経ってもその迫力は格別だと思う。

彼女の本を読んでいると、心の中の話や物事が現実化するという事をひしひし感じてしまう。
そのぐらい、シリアスでダイレクトな指南書。
繰り返し読む毎に真に迫る、という。

こんなこと、もうとっくに自分は知っている、などと言っちゃおしまいだ。
ちょっとした記述や解釈でも疎かにしてはならないね。
ましてや占いというものに片足でも突っ込んだ自分ですらそれは禁句だ、と思う。

別に占いだけに限ったことじゃないよ。

この現実世界で常識と思い込んでる話は幾らでもあるけど、
そういう話に限って実はとんでもなく奥深いような気がする。
うっかり侮るようなことを言ってる場合じゃない。

本当にこの世というのはなんてよく出来ているんだろう、
と思ってじっと座って観ている時間とか、それがどれほど自分に必要だったかとか。
一冊の本を繰り返し何度もボロボロになるまで読み込める喜びなんてのは、
やっぱり五感を通さないと沁み込んでいかないんじゃないかとかね。


植物的だったり、動物的だったり、凄く有機的なサインであって、
そこにはただ何も言わずに、緑のそよ風が吹いているよな。
「培う」という言葉もなんだか字面からして牡牛的だ。
じっとそこで何かを待って見守ってひとところで過ごすという様子が伺える。

頑固、欲深いというマイナス面を上げる本も多いようだけど、
一つ何かを待つ、待てる姿勢というのも何かの成長を促す重要な過程だしね。
そうねえ、「見守る」という辺りに昇華出来ればさいわい。
.18 2009
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新月伐採に関するメモ

国内での木造住宅メーカーが今この伐採法で行った国内産の杉、檜で建てるという。
新月直前に伐採された木材を新月伐採という。

安価な輸入木材というのは知られている通り、燻蒸作業をしないと輸入できないのでね。
その辺りでシックハウスとか色々前から言われているのですけど。
安い物が市場に出回れば、国内木材はその分の流通量は少ないわけで。
国内木材を知ってもらって需要が増えれば、という意味もあるかもしれない。
長い目で観れば、それが人の手が入った森林の健全な管理や環境保全になると。

木の生育自体が押さえられるのが新月の時期であり、
その日に切ると水分が少ないため木材の質そのものが長持ちすると。
ヨーロッパでは新月伐採の木材そのものが流通の中で一つのブランド扱いされている、
というメーカー側の説明だった。
そういうNPO法人もあり、セミナーも行っている様で。

乱伐の防止、高品質の国内産木材の供給、長持ちする家屋が建設出来るなどのメリットが言われているようですが。

その一方、ただの疑似科学と批判する側もあり。
怪しげだ、という批判はもっともな気もするけど、どちらにもあまり肩入れしにくいなあ、なんとも。
検索してみれば、
>怪しげな健康食品などのセールストークそのまま
という森林ジャーナリストと名乗る人物の批判もありだし、まあ実際のところこういう話はし難い世の中なのは確か。

新月伐採は本当に効果があるの?
わたしたちはなぜ科学にだまされるのか―インチキ!ブードゥー・サイエンス

木とつきあう智恵

新月伐採の木材があまりにブランド化されて価格が高くなり過ぎるのも正直辛いかもしれない。
裕福な人しか手を出せない様な商品では意味が無くなってしまう。
個人の家以上に公共の場の建材に多いに使われて、そこで効果を観るなど出来ればいいのにねえ。

それで国内の森林管理が上手くいってや林業が安定して繁栄して行けば、
新月伐採だって一つの試みとしてやって行ければ社会的には意味あるかもしれないよ。
試験的に公共施設にやってみれば?

個人的に思うんだけど、全体にバランスが取れる状況に持っていけることならば、
別に科学的に説明つくかどうかはともかく、まずやってみればいいと思う。
結果は時間の経過がなければでないし、その結果が後の「常識」だとか果ては「権威」になるわけで。

何をバカな → 何をいまさら という風にある日を境に手のひらを返したような事を言うのが、
この世の「常識」だったりする。

「科学」の現場からすれば、市井の常識は百年遅れていると言う。
自然との共存ができる素晴らしい古来からの偉大なる智恵なのか、
それともメルヘン脳から産み出されたインチキ、
と世で言う「インテリ」「科学者」から批判される話なのか。

私は使えることなら、なんだってこの現実世界でやってみて利用すればいいと思う。
「トンデモ」が「常識」になるのかどうか。

つくづく思う。
月(感性、本能)と土星(現実、常識)ってのはともすればいがみ合いやすいもんですよ。
そういえば得てしてこの批判を行っている文章、どうも男性が書いていたり。
凄く男性原理的な空気を感じたり。
月の満ち欠けとかなんとかで木が変わるわけないだろう、バカバカしい、
木材はとっくに死んだ細胞でしかないんだぞ。
新月伐採などとブランド化など、ともすれば変な付加価値つけて健康食品を売りつけてるのと同じだ、
などという。

まあ少なくとも半分は正しいかもしれない。
実際時期を観て手間掛けてやるし多少値が張るところもあるかもしれないが、
経済的なところで本当に必要としている人達に手が届かない値段設定になっても。
一部の裕福な人々のみで消費されて、階級みたいなところが出来上がらないようになればいいけど。

新月伐採と言う考え方はなんともフェミニンだ。
早いうちには、相容れない空気を持つのも仕方ないかな。

ただ、表裏一体にも思えるし、この土星の「現実」「常識」「権威」を支えるのは、
月の「無意識」「感性」「受容」という「得体の知れない何か」が元になっているので。
こんなことも思えるようになった、という辺り、歳取るのもいいもんですね。

なんだかねえ、新月伐採という言葉を知って、じーっと意識の中でこねくりまわしていると、
月経周期とかそんなことを思い出したりね。
ご存知の通り28日周期、月の満ち欠けと一致してます。


さて、この新月伐採という方法、百年後にはどう扱われているんでしょうか。

まああれだ、一介の無名の占師だから、こんなぼんやりしたことも書けるのかな。
そういう現実もあるんだよねえ。

そろそろ月のJoy、エクサルテーションな牡牛サインをテーマを記録したかったのだけど、
ビジネス関連のニュースで夕べこんな話を知ったので急遽メモ。
.15 2009
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月面着陸

月のメモ

12月2日は双子サインで満月だったんだけど。
この日、ミュータブルに太陽や月、パーソナルプラネットが入っている人、
特に射手座生まれ、双子座生まれと言われる人達は心ざわざわだったり、
ということはあったでしょうか。
もうあれから一週間経って、それなりに検証済んだ人も多いかと。

この日、アングルがミュータブルになっている人に影響でていると思う。

双子ICなので、月が双子サイン通過の時期は毎月あまり調子がよくない。
月がミュータブルに入った時は心ざわつく日で。
ICにある時はアスペクトにもよるけど、家でゆっくり過ごすのが一番安心できると思う。
特に今回のような満月は月のパワーもマックスなので。

月は水、無意識の領域で理性でコントロールしきれない部分や生理的な好悪だったりなので、
基本、社会生活の中では表にださない。
ウィークポイントだったり、カルマ的要素が強いところは表に出さずに処理する要素でもあるんだけど、
実はこれがヒーリングポイントになる。
その効果は安心感と言う解りやすい感覚で現れる。

私は基本、自己啓発ものやアメリカンな成功法則ってめんどくさがりなんで好きじゃないけれど、
言い方がシンプルで男前な文章には不思議と「癒された」と感じる。

具体的にはヒーリングものでもバーバラ・アン・ブレナンの著書でヒーリング効果を得ているというのは、
彼女の文章や翻訳がサバサバとはっきりした情の絡まない物言いだから。
べたついたとこのなさが、反って優しさを感じたり。

先週、キャサリン・ポンダーの翻訳を書店で試しに読んでて、
受けたヒーリングエネルギーもの凄かったですね。
キリスト教ユニティ派の女性聖職者という経歴から、ユニティ派ってなんだろう、と。
調べて見るとニューソート系と呼ばれる思想、繁栄と幸福の追求ってもろアメリカン・ドリームな。
占星術的なフィルターで観れば、火のエレメント要素が強そうな印象。
そこで満足するというよりは、実現させる姿勢と行動、考え方に意義がある、という感じ。

自分では結果として得られる物質的容量はほどほどでいいんだけど、
(物質と金銭の管理と言う現実はなにかと難しいから)
結果以前にきっぱりした物言いして貰えるとそれだけでホッとします。

堂々とはっきり要求していいんだ、変な罪悪感や不満要素で自分を押し殺すなんて!という。
こういうのに不思議な開放感を得ている。

実際に本を開くとそこから何か出てるのか、と。
読むうちに催眠なのかどうなのか、とにかくあくびがでる。
そのあくびやだるさや不快感はなく、むしろ内側の疲れと澱を外に出してくれてるような。

明らかにデトックス効果感じましたね。
お金も物質的なものも欲しい、その上で自分の内面だって向上したいんだよ、
創造性豊かな人生送りたいんだー!ってストレート過ぎるのに、イヤミも卑しさもまったくない。

むしろエラい清々しいなー、と。
他人の思惑よりも、なにより自分自身はどうなんだ、って。

抑圧からの解放ですかね。

そんなファイヤー!な内容だけど訳文は淡々としている。
このクールさが更に効果を上げているらしい。

モチベーションってのは、実際には以外にクールな言葉の方が底上げ効果として効くようだ。
実在的、実証的な空気が後押しするんでしょう。
これは風のエレメント要素のいいとこだー。

なんでこうも好印象なんだかな、と。
どうもネイタルの月が火のエレメントなのでそれに反応しているらしい。
ここがヒーリングの鍵だと。
ネイタル太陽が火のエレメント、つまり牡羊、獅子、射手のいずれかならば、
心を沸き立たたせて生きるエネルギー、元気を貰うというとこかな。

これが月だと安心するんです。
ああー、なんて頼もしい言葉、もう大丈夫だ...、みたいな。
それは承認を得たような心地よさ。

なので、ネイタルチャートの月が牡羊、獅子、射手サインの人は太陽がどのサインであれ、
疲れたかな、という時に火の要素を持つ人と話したり、
そういうタイプの著書が「癒し」になると思うので一つ試してみるといいかも。
火の要素からすれば、「開放感」がヒーリングの鍵。

月はその人の懐かしさの要素でもあり。
自分が承認される居場所を得たという感覚でもある。
行き過ぎれば依存を引き起こしかねないけど。
(それは海王星が絡んだ時の方が顕著か。)

逆にものによるんですが、レイキ関係の本は自分に取っては魚の太陽なので生きるエネルギー貰う要素ですね。
ヒーリングエネルギー感じても安心感ではなく、イキイキの要素。
自分自身のレイキのパイプとしての役割の確認とか、メンテナンス法を調べたり。
実際に使う際の技法など、自分でどう工夫して見るか、アプローチ法の確認や探求など。
その点では占星術、タロット関係の著書もその手のモチベーション上げるのに使う。

太陽は創造性の種だから、そんなエネルギーを底上げするのも全体で観ればヒーリングだ。
自然治癒力を活性化させることがヒーリングの目的、意義だとするならば。

ヒーリングというもの、心身のリカバリーは「依存」ではないんだなー。

こうやりたい、具体的に何かをしてみたいというときは、
満ち欠けせず形が不動である太陽を観てそれに添った趣味や習い事、著書を選ぶ(能動的)。

デトックスしたい時や安心感を得たいほど疲れた時には、
満ち欠けする月の要素に添ったものを読んだり観たり、施術を受ける(受動的)。

食べ物とかアロマテラピー用の精油、マッサージやボディワークもそんな風に心身の状況を見て選ぶと効果的です。
月の要素を満たしてやると、地に足がついた感じもしてくるのでね。

月の要素が承認を得た、という安心の感覚が、
太陽のひたむきさを支えると思う。

ネイタル月がハードアスペクトばかり、という人はプログレス、トランジット確認して、
普段の人間関係で調停してくれるポイントを調べておく事。

ヒーリングの方向性一つ探るにも、実は各々で相対的に観て行かないと。
そんな実感を得た。
.10 2009
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Nature (補足有り)

つい最近まで自分にはアレルギーはないものと思ってました。
ところが実はシアバターが合わないことに気付いたり。
今や自然派と宣伝しているクリームやリップバームのかなりの商品にシアバターが配合されてる。
つけると乾燥して皮が剥けていく。

自然のものというのは以外とキツいもので、アレルゲンは無視出来ない。
薬と毒は表裏一体なんだなあと。
自然ってそういうふうに出来ているんだと。

また、自然の物は成分も変化しやすいというのが合わなくなる理由の一つらしい。

世間には蜜蠟アレルギーというのもあって。
手作り化粧品の定番なのにこれが使えないという体質の人も。
たまたま蜜蠟は合っていたのでよかったものの、
実際、自然というのは侮れない。

調べてみると、以外にも普通のミネラルオイル(流動パラフィン)が一番使いやすいそうで。
ベビーオイルなんかがそうですね。
最も単価の安いミネラルオイルが、です。
それでもどうしても天然のオイルがいい、というのであれば流動パラフィンと同じスクワランで、と。

天然の物は構造が変化する、空気に触れて酸化して過酸化物質になったときが人体に怖いものになると。
それがミネラルオイルの場合はほぼ不変なのだと。

自然のものはどんどん変化してしまうんです。

昨日は常識、当たり前と思ってた事が、
今この瞬間に非常識としてひっくり返されちゃうかもしれない。
自然はそんな風にできている。

うーん、自然のもっとでっかいのが宇宙なのかな。
そう思うと、ああそうかもしれない、などと。

正直に告白すると。
自然派化粧品として謳われたものに、以外とあまり使い勝手の善さを感じることは少ないです。
リピートしたものが少ないです。
元々の香りが強過ぎたり、症状はでないけど配合成分の内の何かが合わないような気がしたり。
自然派商品はキツいと肌で感じる事が殆どでした。

なので、実際に使っているクリームやオイルは結局ミネラルオイルで作られたものをリピートしています。
質そのものが基本変わらないので、そこが反って道具として使い勝手がいいらしい。

自分の身体、体質も実はどんどん変化しているんだなあと思う。
変わりやすい、変わらざるをえない自然とか大地から産まれたんだものねえ。
自然派ということは、成分が元が生き物の何かだったからだねえ。

そんな中で選び取るには、まず触れてみるところから。
最初は合わなくても、何時かそれがしっくりくるタイミングもあるかも。

いや、こんな当たり前な話を今さらながらだけど、気付いたり。



「以外」という言葉をこのエントリーのみならず、ブログ全体でよく使っているような。
でも人の都合や予想などを超えるのが自然なのかもしれない。
占いというものを通して、振り返ってしみじみ思う。

それだけ、実は沢山の選択肢が用意されているのかもしれない。

「揺らぎ」という言葉をエントリーアップしてから思い出したり。
wikiで確認していて、そこで懐かしの「1/f」などというのも。
1/fゆらぎをピンクノイズと言うと初めて知った。
ピンク色というのは筋肉を緩ませる作用があります。

緊張を解く、ほどく、緩ませる作用がピンクの要素にある。
その色のノイズなんですね、1/f。
フラクタル状の波形とか、いやフラクタルの定義とかこの辺は難しくてよく解らないけど。

揺らぎとか、なにげに動き続けているということが総意なのかな、とか色々感じたり。

.09 2009
気持ち comment(0) trackback(0)

かっこいい事はなんてかっこ悪いんだろう

自分で何が大事なのか解らないと、TVやネットとかの他人の情報を鵜呑みにする人が多いのだー。
玄米だとか自然の物はなんでもいいもの、みたいに言う人にいつも不信感あったけど。

私は遊びで雑穀たまに食べるぐらいで、玄米をたまに食べてもいいと思ったためしがない。
世間では白米はダメ!の一点張りな健康だかスピリチャルだかわからんヲタくさいのもいるけど、
たいがいはその本人が一番ストレス溜めててヒステリックな気がする。

そんな人のことは、ただ遠巻きに眺めているばかり。

以前、身体に悪い物は入れたくない、という理由でマクロビオティックをやっているという芸能人の事を書いたと思う。
それは世間的には至極当然の理由に聞こえる。
だけど、それって実際どうよお、と速攻で反発した。
どんな基準で善い悪いを決めるのか、と。
その反発の理由を思い出してみる。

玄米、無農薬有機野菜、自然食、雑穀というものが80年代には急に流行りだした。
カタカナ職業やオサレ業界の有名人達がこぞって玄米食べてます、などと媒体で言い出した。

昔ながらのものが一番健康にいいのだ、などと訳知り顔で語り出した。
最先端のお仕事してます、みたいなのが言うと取りあえず注目される。
だけど、田植え一つした事無い人がいきなりそんなことをなぜ言い出すんだろう。

学生時代に生物学の講義では殆ど生活に根ざしたお話をして貰った。
担当教授は稲の研究をライフワークにされているという。
穏やかな高齢の女性だった。
そんな健康志向がやたらもてはやされた時代に逆行するような話だったけど、
彼女の言葉が今鮮やかに思い出される。

「玄米わざわざ食べなくてもいいです。」
「身体にいいとか今更世間では言ってるけど、胃腸に負担掛かりますから。」
 白米のいいところを食べていればそれで結構。」

彼女が稲の研究者だから、というより素直にハートにすとんと落ちる言葉だった。

元々日本人はさほど胃腸が丈夫なわけでもないし。
そんなに玄米がいいものだったら、精米なんて手間書けずに皆して当たり前に玄米だけを食べているはず。

玄米雑穀無農薬有機野菜は万能薬ではない。
効能などは後から、しかも人によりけりなのに。

今やロハスというビジネスがある。
大手商社などが主体になって行っているものだ。
そういうマーケットを仕立てて経済を動かすというやり方は否定しないけど。
だけどその中の人達は何者なのか、私には解らない。

私は自分でそんな事ぐらいは宣伝以前に自分で決めるのが普通だと思うんだ。
自分の感覚を信じていられるかどうか、を何かに試されているのか。

判断力、というのは木星と土星で行う。
社会性とか客観性の元になるのがこのソーシャルプラネットで、
結果としてその人なりステイタスも与えたりする。

それを支えるのは以前にも書いたけど、
やっぱり月(生活リズム、好悪の感情、母性)と水星(知性、マインド、言語、学習能力)であって、
この二つが上手く使えるかどうかが鍵。

サインで言うと蟹とか乙女が効き過ぎていると、
やたらな自然食品賛美、マクロビ、サプリメントに凝り過ぎてヒステリックになるような気がする。

自分にとって本当は何が必要なのか、が鈍ると思うな、サプリメントって特に。

世間がマスコミで業界人がそういってるから、
いまどきならスピリチュアルの先生やレイキマスターやティーチャーがそいういうから、じゃなくて。
他の人とは違う、まず自分の身体と話をしよう。
月と水星はその為に使う。 身体の声を訊くセンス。





綺麗ってなんだ。
.07 2009
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Moon River

自分で自分を大事にしている人は、その容姿や周囲の状況に関わらず大事にされる。
これは本当。
自分なんかどうせ、と自己評価をわざわざ低くしていると、キツい状況設定になる。
一時的にそんな時があるとして、そんなの何時までも耐えられるわけがないんだけど。

一方、>自分で自分を大切にできる人と言うのは、親の愛情をしっかり受けて育つことができた人
という話もあって。
>そうでない幼少期を過ごした人は大人になっても自己嫌悪や自分への不十分な気持、不安感がつきまとう
のだと。

そんなレスを貰って、以前から感じていたことを思い出した。
どんな幼少期であれ、その人に取っては大事なものだといずれは受け取れる様にと。
誰が見ても悲惨な子供時代を過ごしたとしても。
感情的に凄く難しい話だけど。

幼少期とか理屈抜きの感情、心因性の病気(なので後天性の病気も)は占星術的にネイタルチャートの月で観る。
観ていると月というプラネットがいかに「傷つきやすい天体」と呼ばれているか、
身に沁みて解る。
なのでイージーアスペクトやノーアスペクトの方がいい、ハードじゃ辛いんだから、などと言う人も多い。

これこそ無いものねだりな話で。
こうあればしあわせになれるのに、なんて言い切れないのが世界というやつで。
絶対、と言い切れないこの世の中にせっかく生まれたのになー。

イージーであればあったで無自覚なままに自分のしあわせ感に気付かずに終わる事だってあるだろうし、
ノーアスペクトなら、感情がいつ暴発してもおかしくない鉄火な作用をする。

先の幼少期の親からの愛情が不十分だったから、不安感がある、
だから親の愛情をあの時だけでも引き寄せられていたら、ありのままの自分を受け入れられたのに、
という大人になってからの思い。
そんな思いも、いつかはその人の中で処理されて別の何かに変わっていければいいなあと思う。

「親」も肉体が血を分けていても自分とは別の人格なんだ、
そんな距離感の取り方も時には助けになる。
子供の頃は庇護してくれる存在として親は特別な人だけど。

不満があったとして、大人になってからまた何か醗酵して別な関係を持つ事だって可能だ。
血縁もあるけど、まずはそれぞれ人間なんだから、と。


「運の引き寄せ」、この数年流行ってます。
ストレートな気持は確かに宇宙に届くと思う。
ただ、引き寄せて願いを叶えた後にも、その事柄や人間関係には続きがある。
その後を、続きをどんな風に過ごすか。
引き寄せるにしても、その人の器に合う分だけが訪れる気がする。

私にはインナーチャイルドとかなんとかは解らないけれど。
幼少期というのは晩年に続く作用だと思っている。
その時期の記憶をどうその人の中で処理して納めていくのか。
占星術でのIC、その人の「家」という場をその人なりに整えて晩年を迎える以上、
引き寄せ以上に、誰しも幼少期や過去をなにより本人が受け入れていけたらなあと思う。

親の言動行動や財産や環境は、そういうアイテムが用意された状況設定だった、
ぐらいで済ませた方が色々楽になるんじゃないかなー。
歳取って子供返りとか退行といった埋め合わせ的な状況も、
いずれは終わる時がくると解っているからしているんじゃないかとか。

引き寄せにしろなんにしろ、後に残った物が晩年の助けになればなにより。
最後に帰る家に何が残るのか。

振り返ってみることが出来るということはやっぱり素晴らしい。
それが愛とか慈悲とかいうものかどうかは解らないけれど。

月は受容だったり、水、河川や海との親和性高いイメージ。
水に流すなんて昔からいうけれど。
澄んだ水の流れに何かを流して持っていって貰うイメージとか、
透明な水のある風景や色のヴィジュアライズや映像作品を鑑賞してみるとか。
お出かけせずともそんなイメージや想像してみるだけでも違ってきます。

月の年齢域に起こったマイナスな記憶やイメージへの対処は気を楽に持つ、ということで。
ただいい加減に受け流すというのでなく、
もう必要ないと感じた時に掃除が出来る様になる気がします。

そこが最後に帰る家なら、散らかってるよりそこそこ整理された方が落ち着くので。

.01 2009
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Gatos Blancos

Author:Gatos Blancos
占星家

ある日とある街角でタロットカードと西洋占星術の再会から始まったとりとめない憶いの記録

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