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Hermonia
昨日から土星天秤イングレスで、これもまた一つの節目ということでメモ

天秤サインのエネルギーを最初習った時には、Peace & Lovingと聴いていたのだけど、
自分なりに観ていて、Peace & Harmonyという辺りに落ち着いた。
平和と調和ってなんだか万博みたいだけど。

例えば当たり前のことだけど話す時に汚い言葉使いをしない様に努力する。
ネットでの書き込みなどは特に気をつける。
観えないところ、プロフィールを出さなくてもいいところならばなおの事。
その分お高くとまっていない様にもする。
中庸って難しいなあ。

こういう風に努力していても、揚げ足取りや当てこすりな言い方や書き込みはされる事もある。
そんなときも何か自分の中のものが反映されたかな、ぐらいに留めておいた方がいいと。
気にしすぎない、ぐらいのクールさで。

言霊というのは本当にあるな、と。
これはたまたまネイタルチャートに水星冥王星オポジションという、
言語や思考への因果律なエネルギーを実感しているからだけど。

別に占星術に限らなくて、占術心得て何年も携わっている人なら解ると思うんですが、
自分がして来た事はそれなりに反ってくることを心得ている。
特にタロットカードとか易みたいな卜占やってるとその時々のエネルギー状態が反映される。

そういうところを占星術でどう扱うかなと観ていたりする。
サインが新たに変わるイングレスというのは新鮮で、その分棘もあるかもしれない。
強いのだ、そのサインのエネルギーが。
この数日は何故か夜明け前に目が覚める。
空気にどことなくピリピリした厳しさもあるが、悪くない。 
乙女土星が29°、天秤0°への移行は、
ソーシャルプラネットでしかも品位ががらりと変わる辺りで強力なんだと実感した。
以前に土星エクサルテーションの頃はまだ子供ではあったけれど、
振り返って検証しても個人的に悪くない時期だった。

個人的に天秤サインに関わる事ってあまりないだろうなあと思っていたら、
占いというものに真っ正面から取り組み出したら、以外にもご縁が多かった。
取り澄ましたお上品な美的な事にこだわるサイン、ぐらいに子供の頃は思っていたけれど。

他者から観た自分、ということに気を留める必然性が大人になれば誰しも実感するし、
そんな辺りで自分と相手との調和を取るには努力が必要だ。
天秤に太陽や月が入っていたり、オーバーロードな人との出逢いがあったりというのも、
天秤が土星のエクサルテーションということを知って身近に感じられる様になったからかもしれない。

自己の感情を突き放して観られるクールさというのはありがたいのだ。
自分の出来る事と出来ない事が解って、そうだなー、出来る事しか出来ないし、と思えば。
そう感じられると実に楽になる事が多い。
根拠の無いプライドみたいなのが無くなるし、邪魔なものが無くなってクリアな気分に。
こういうのは飽くまで個人的な雑感という事で。

ネイタルに風サインにプラネットが無い分、トランジットはいいチャンスであってね。
月が火のエレメントでシングルトンな人間には、
風のエレメントが効いている人からの態度や扱いが救いになる。
天秤土星で、その辺りも真面目に観てみたい。

パートナーシップや外交、調和をとる仕事一般ですかね。
環境保全とかもやっぱりこれに含まれると思う。
環境を整えてビューティフルにする、という。
ただ高級感だけじゃだめで、元が綺麗でなければね。
手を汚さずに綺麗に、じゃなくて整い方と納まりの善さが調和に繋がるのかな、と。

ハーモニーとは、誰かの事への思いやりの一つの表現方法ぐらいに。
この土星をそんなところで使えれば、と思う。
この現実世界で生きる間、必要な重力を維持するためのプラネットなので。

補足

実益と能力最優先っぽかった社会、デフレまで起こりそうな安売り価格破壊競走、
もうそろそろ歯止めが掛かりそう。 
きりがないしね。 そろそろ天秤土星の出番かなー。
それなりの品質で安けりゃいい、という辺りから、本当に自分に調和するもの、
合うものをそこそこのお値段出して購うという経済観念もまた起こるかな。
大いなるあなた、ささやかなるわたし
電車のターミナル駅に降りると、この言葉(本文は英語)の看板が目について仕方ない。
今年になってから気付いたのだけど、看板自体はもっと前からあったかもしれない。
伝統あるミッションスクールのもので、私はそこの卒業生ではないけれど。

この言葉の本当のところを調べていて、色々な感情が取り巻いているんだなあと思う。
伝統ある良家子女の通うミッションスクールであり、
世間からはここの生徒はそれなりのお嬢さんとされる。
実際に電車の中で見かけても豊かで経済的不自由な感じは一切無いし、
旧き良きお嬢様のイメージをこの二十一世紀に入っても未だに感じるぐらい。
この学校が如何に入学許可する生徒を選抜し、普段の教育も謹厳に行っているのかが解る。

ここの卒業生達には現実的な言い方をすれば善くも悪くも「免疫の無い」人である事が多いと言う。
卒業生からのこういう感想や発言はインターネットのない時代にはなかなか得られなかったろうなあ。
今やお茶の間で簡単に検索してそんなエピソードのテキストを出す事が出来る。
コンピュータというボーダレスな水瓶アイテムが身近になったからこそだと思うけど。

こういう伝統と格式ある私学では、入学やその後の学園生活を続けるにあたってはそれなりの経済力も必要な現実もある。

>奉仕の精神も、敵を愛せ、隣人を愛せの精神も、言い方は悪いですが
 すべて自分が整っていなければ、そんな気楽なこと言ってられません。
>「質素」「倹約」という言葉は、「節約」「赤貧」とは全く違う

これもまた事実だったりする。 これが全てではないけれど。
この発言に感情的に脊髄反射している人までいて、
部外者な私は善くないと思うが苦笑してしまった。
誰しも人と比較するクセはなかなか抜けないものだ。
人の意見に「上から目線」という言葉をぶつけていっぱしの意見のつもりで批判する人、
最近随分目につくのだけど。

上下ってなんだ。
うっかり自分で決めつけてしまったら何かがおしまいな気がするけど、
そうすることでその人には色々は言い訳が立つんだ、きっと。
とりあえずは思う様な満足な結果や環境を得られなかったと言う悔しさや劣等感への。

えー、でも「自分で愉しく」っていうよね。
そう言う事を教えてくれた人がいる。
同い年の女性で、話し方もマイペースだけど仕事はちゃんと出来る人だった。
隣の課の人でアルバイト待遇だったけど、その事に不満など一切持たず、
正社員とほぼ同じ仕事こなしてよく残業一緒にやっていた。
社会に出た時、バブルの名残がまだまだあって仕事は早速連日残業みたいな状況だった。

ヒヨッコな私は早々に仕事量の多さと面倒な人間関係に音を上げてしまった時、
「自分で自分を愉しくしないと。」と休憩中に煙草をのんびり吹かす彼女にそう言って貰った。
人懐っこい笑顔と暢気な喋りで随分救われたと思う。

本来感情の強い内弁慶な自分なのに、社会に出れば人に譲らねばならない。
地道で細かい仕事など嫌で仕方ないのに、何故かそういうシーンに出されて、
それなりにやっていく羽目になっている。
ネイタルチャートを自分なりに読んで腑に落ちるまでは、
そんなパーソナリティに苦しんだものだが。

今では全てが確かに上手くできている、上手く流れているのだ実は、と思える様になったが。
これだってやっとこさ人生の折り返し地点にまで来たからこそかねえ。(苦笑)

で、件のミッションスクールはカトリックだ。
質素倹約を美徳とする、というのも富裕層に生まれ育ったからこその教育方針ではある。
現実世界の豊かさを享受する存在であると、ただありのままに認めて誠実に生きる為の術の一つとして、
解りやすいと私は思う。
卑下も奢りも無く素朴に。 
そんな理想に触れればシャイになるねえ...。(´・ω・`)

なんか凄く真っ直ぐな気がするんですよね、豊さを真っ正直に受けていてしあわせな人というのは。
経済的なレベルはさておき自分で自分を愉しくしていたら、
人様の言葉に「上から目線」などという変な批判はしなくなると思うな。

そして、奉仕というのはミッション系の伝統でもあるけれど、
「仕え奉る」ので、奉仕される側が目上という考え方だそうで。

使え祀る、と最初に変換されたのも面白いな。

現実、被災者になった時は1995年は後にボランティア元年とも言われたぐらいで、
まだその真髄はこの日本の社会で理解されるまでには時間が掛かったろうなと思う。
善意を伝えて実行するには勇気もだけど、相手の気持を害しない、尊重する為のテクニックが必要なので。
受ける側の切なさを今どこまで理解できるか、という辺りだけじゃないけれど、
大きな相手、小さな自分、という言葉は自己主張ではない自己の存在証明のとも言える。
人に何かを譲りながら、どれだけバランス取れるかというのはなかなかの高等テクニックを要求される。

世の中にはまだ「善意」「悪意」が渾然一体で、その中ではそんな考え方を無意識に行うと、
「免疫の無い」人と見られ侮られて利用されたり騙されたりという事態もあるようだ。
そんな現実だと解った上でも、

>ありきたりですが「愛」ですよね。

そういうところまで感じ取れたなら、やっぱりその人はしあわせなんじゃないかな。

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(2009/07/08)
佐藤 亜紀

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パリのメトロの中でイスラム系移民の男性が、物乞いにボロボロの財布からお金を恵むシーンの記述が胸に残る。
物乞いよりも、そのイスラム系の老人の方が明らかに貧しい様子だったという。
気高さに触れてしまうと、それこそ言葉でどうという次元を越えてしまった感がある。
移民との激しい摩擦や感情が渦巻く今の欧州で、こんな話はマスコミには流れない。

件のカトリック系教育を行う団体は世界中にネットワークを持つ大規模な存在であって、
その中では色々な摩擦もあるだろう。
多くの人の思惑の混沌の最中では、宗教界であれ実際はさほど変わらないかもしれない。

そんな中で肉体を持って現実世界を生きるというやり方、本当に解りやすいと思う。
感情には何より先に肉体が反応するので。 

バーバラの「光の手」を何度読み返したか解らない。
今また下巻を読み返しているが、未知の段階に進む程に意識は「とてもシャイになる。」という。
きっと、それまで感じてやっと手放せた不安やマイナス要素の卑小さに改めて驚いた結果なのだろう。

それは、ささやかなもの、が大いなる何かとセットだった事を思い出す瞬間かもしれない。
男の子女の子
ふと思い出したら私が子供の頃読んでた「しあわせ星うらない」もだけど、
占星術本って男性が書いてたものばっかりだった。
昔は以外とタロット、占星術使いって男性の占師多かったのです。

TVではルネ・ヴァン・ダール・ワタナベさん、本では中川 穣助さん、流智明さん、門馬寛明さんなど。
ざっと上げても男性が目立っているのは、時代的なものもあったかもしれないけど。
当時はジプシー占いなんて言ってましたね、タロットでの占い。
主に使われるカードデッキはマルセイユ版だったのかな。

その内に社会人になってから、同世代の鏡リュウジさんが雑誌に彗星の如く登場して、
今までに無い雰囲気や考え方の心理占星術を雑誌などで初心者向けに解りやすく紹介されるように。
松村潔さんの著作が商業出版になって、クールでザックリと現実的なリーディングも紹介されたり。
地道な活動というのは、男性性を女性性がバックアップすることで出来るんじゃないかな。

息を長く、地道に、長い時間掛けて形にして結果にするというのは土星なんだけど、
これだって男性性と女性性の両方を兼ね備えているプラネットなので。
上記に上げた方々はどの方も実は自分の中の「女なるもの」に気付いたことで、
占い勉強し始めたのかもしれない。

彼らの内観法としての占い、スピリットに対する学びと理解というのは、
そんな自分を偽らない心から。
男性なら内なる女を。 女性なら内なる男を。
そんな辺りが本当に占星術という技法は数千年かけて体系化しただけのことあって、解りやすい。


草食男子、肉食女子なんてお手軽な使い方されてますけど、
まあ即物的ながら解りやすいですよ。
電車で観てても今の女子高生は制服スカートのプリーツ広げてまでして足開いて座っちゃうし、
男の子は鏡で髪型直して眉の整い方を気にしてる。

自分の中の異性に早いうちに気付く人が増えたんだと思う。
なので、私は長い目で観る必要がまだまだあるとも感じる。
この子達が社会に出てどんな目で人を観て生きて行くのだろうなー。

いまどきの親は子供に嫌われるのを酷く怖れているのか自主性を重んじているつもりなのか、
人に迷惑かけなければ自由にしていい、と子供に語っている事が多い。

ならば子供にしてみれば何をしても「自分がアンタに迷惑かけた?」と口答えする事も可能だ。
人は自分に都合のいい方を先に選択しがちで、それが他人にどう映るかまではすぐには想定しない。
それは80年代後半からそんな言葉が子供達から出て来たと思う。
私の子供時代に過保護という言葉が同級生の間で浸透し出して、
同世代で成人前からそんな口をきく子が徐々にで出したので。

自由ってなんだ。
無軌道とは違うはずなんだけど。
どの星だってこの宇宙では本来の軌道の中で自らのお役目果たしてるってのに。

自由という言葉の不自由さ。

自由だからこそ土星的な自分で自分の面倒見る能力や現実性って宇宙の錨が無いと困るのは、
他ならぬ自分自身ではないかな。
この地上で生きる為の重力でもあるけど肉体を持っているうちはその方が解りやすくて、
長い目で観れば楽なんだよ。

宇宙から電波で降って来る天王星のパワーはそうそうしょっちゅうは使えないんだよ。
踏み台的に勢いはくれるけど。
この地上では土星もセットで使わないと。

まず最初に当たり前の事を当たり前に考える能力、というのが一番必要なんですけどね。
普通の人、というのには実はなかなかなれないもんだ。
普通じゃない人なんてのは誰でも今すぐなれますからね。
それに関して、占いやスピってのに関わる人が男女ともどんだけ重視出来てるのかとも思ったりねえ...。

各種占い、レイキ、エネルギーワークってのは特にそんな気もしますけどね。
色んな本が出ているんだけど、自分こそが正統派、イニシアティヴ取りたい的な物があると、
せっかくどんだけ立派なお話やら技法を紹介されてもなあと思うときもあるな。
なので、色んな本読むというのも大事だったりね。
混乱しそうな時ほど、時間を置いたり、すぐに結論を急がないようにという。

人の言う事に関してはニュートラルにね。 
信用しないってんじゃなくてね、ビリーバーに傾かない様にね。

土星は時間を掛けた方がいい事というのを示唆するものだと思う。
その人のネイタルチャートで時間を掛けてやりたい事、取り組みたい話ということで。
カルマとか試練なんてクソ重たい話でスピ系プレッシャーはいい加減ごめんですよ。

まだ暫くは天王星土星のオポジション、もうちょっとだけ水瓶木星の時期だしねえ。
そしてこの月末に天秤土星でそれぞれの現実性を美しく実現できる持続力を掴めるように。

天王星は勢いがあるが、そこに土星がブレーキを掛けたり、
またそれを天王星が解除したりというシーソーゲームだろうかね。
そんな中で男性性と女性性とのバランスの取り方も一つ理解出来るかもしれないしね。

草食男子、肉食女子と呼ばれる今の二十代三十代
(二十代後半で女子男子って自分で言い張るのもやっぱなんかしぶといね。)が、
本当にいっぱしの男や女として自覚し出した時には、
自分の何かも誰かの事も受け入れ上手になって、
何かが楽なれる道をそれ以前の年代の人々よりも早く獲得出来るのかもしれない。

こだわり、というのは据わりの悪いマッチョな思想の表れかも。
男性のみならず、女性もねえ。 
こうあらねば、じゃなくてこうありたい、あれれば善いなというぐらいが自然でいい。
らしさ、形にこだわり過ぎることなく、緩やかな時間の中で育めばと思う。
土星の現実と天王星の閃きと温故知新なエネルギーの中、
その間の流れるキロンがその鍵をある日突然投げてよこすかもしれない。

自分の中の男の子、女の子を大事にね。 
その人の中の恋人や配偶者、場合によっちゃ異性の親や子だったりするからね。
アマテラスとツクヨミのイメージにも重なるな。
彼らは二人で連動して働いている気がする。

そんな風に人の成長がこの宇宙の中でもちょいと早まって行くのかもしれない。
WonderLand
うーん、なにげに今のハイティーン達、二十代前半の若い子は侮れないなあと思うんだな。
冥王星蠍時代の子達って面白いかも。
こういう世代的なものとか全体的なパワーはアウタープラネットの空気って認識すると、
とりあえず解りやすいので。

こういうのは、後で自分のネイタルが海王星蠍世代だからとか、
水のグランドトラインあるからとか、色々占星術的な理由の後付けは出来るんでしょうが。

CUTiE

Seventeen

いまどきの女性誌の付録攻勢は4、5年前ぐらいから始まって、
今やブランドネームが必ず入る様なゴージャスな感じにになっていったみたいで。
雑誌本体の内容とかはむしろティーン系の方が盛りだくさんで頑張ってるらしい。

で、実際見てみると実にめいっぱいというか、欲張りとも言える程で。
服のコーディネイト、メイクテクニックのみならずタレントさんのバッグやポーチの中身公開って。
奥の奥まで秘密公開!って、どこまで冥王星くさいのだー。
いや、勝手にこんなことでひっそり言っててごめんなさいね。

自分、子供の頃、雑誌ってこんなだったかなあ...。
この辺、よく覚えてません。 
女の子向けの占い雑誌のマイ・バースデイなんて同級生が教室で読んで話題にしてるのを横目に、
敢えて買わず読まずだったし。

CUTiEのムーン・リーさんという方の占星術ページとかも通常の十二星座占いなんだけど、
向こう三ヶ月間の内容ってことで、4ページ程割かれていたり。
なんかね、凄く丁寧というか、占い記事も充実ですよ。

で、実はこのページのイラストが個人的に大変気に入ってたり。
夏樹さんというイラストレーターさんの12サインのイメージイラストがとにかく可愛いです。
しかもサインのイメージに凄くぴったりな表情。
このイラストレーターさん、占い好きなのかなー。

本当はこの占い記事の夏樹さんのイラストが大変気に入ってるという、
ただそれだけを書きたかったんですけどね。
でも全体に観ていて、本当にティーン雑誌というのは侮れない。

出版界は水ものって言うらしいけれど、実際大手商業出版社は売れなきゃ話にならんわけで。
その為のゴージャス付録だって売る為の手としてはありなんだけど、買う側は読む為に買うよね。
いまどきのティーン雑誌を作っているのは、やっぱり読者の女の子達なんだよなあ。
読んで面白くてちゃんと役立つ情報満載で可愛くて、ってのはかなりハードル高いぞ。

いや、男の子だってきっと頑張ってるよね。
ごめんね、少年向け漫画雑誌までは知らない世界なのだー。

その昔のCUTiEもだけど、出版社自体が社名をあの雑誌の名前をそのまま社名にしたり、
いやー変わったなーと思う。
あの雑誌はアダルト系になったかと思いきや、今や株価やら少子化をネタを載せる形に様変わりし、
サブカルにパンクス、ニューウェイヴ、東京トンガリキッズ(古)は遥か彼方へ。
そしてまた80年代リバイバルだったりしますけど。
蠍冥王星世代な子達のパワーは愉しみなんだな、個人的に。

お宝は人それぞれだねえ。
何に価値置くか、価値観ってのは宝石箱、宝箱、宝島なんだな。
巨大な背中
12ハウスに関するメモ

12Hは周囲も本人もすぐには気付き難い価値、とあっさりと考えているな。
12Hも8Hも現実感覚からは観えない世界、というのは共通だけど。

考えようとか意識の仕方で、自在に変化すると思っている。
凄く大きく緩くなったりするので。
アウタープラネットは三つともそうだけど、
特に海王星というイメージ、ビジュアライズのパワーは使う人次第、
という空気が濃厚になる。
実現化の第一歩ともいうけれど。

お金には代えられない価値ある存在にもなれば、結果として詐欺行為となる場合もあり。
これまた個人のイメージ能力、それまでの理想や信念と呼ばれるものの持ち様や扱い方次第かと。
元が海王星見つかる前の魚のルーラーは木星だった。
自分の現世での信念体系(木星、土星、MC)をここで振り返るのかもしれない。
もう最後だからなあ、と。

昔からこの最後のハウスはゴミ箱と呼ばれた。
「11ハウスまでに納まり切らないものは全てここに放り込まれる」と。
現実生活や社会生活という場で使われなかった、もしくは使いこなせなかった何か。

もう肉体から離れる準備をしている場所なので物質的な制約や現世的な考え方が通用しなくなる。
ここがポイントで、その人のそれまでの在り方で決まる。
制約が無くなった分、秩序や人間世界の道徳観から解放された後の自分をどうするのか。
精神性が問われるなどと言えばカビの生えた言い草だが、
何をするのもあなたの自由、などと言われた時に人間は一番困るのではないかな。

ルールや規範、誰かが言った通りに動いていればそれでよかったのが、
もう12Hでは通用しないので。
今までどうやって来たのか、最後に振り返るハウスなのかとも思う。
木星までは社会正義という話だったけど、社会が正しいと言っている正義だけじゃない何か。
それが海王星や魚サイン、12ハウスで自分が改めて確認する事だと思う。
この肉体が無くなる時、現世で培ったステイタスやキャリアと呼ばれる物から解き放たれたら、
あとは何が残るのかと訊かれているのかもしれない。

社会の枠組みの中からの視点のみで理解されるとは正直思えないな。
世間体という考え方は逆に辛さがつのるかもしれない。
世間体とその人に取っての本当の事、というのは往々にして別の話だったりするので。

個人的な欲望を満たす事が出来ないものが12ハウス。
カルマを超える為のハウスとも言われているようだけど。
現実感覚では理解され難いから「孤独」というのがキーワードになっている。

一人っきりというのは自由度は高いが、周囲の理解度は低くなりがちで。
その人が本当に好きなものは自分にしか理解していないので、
他人からすればそれこそただのゴミやガラクタとしか思われないことも往々だったり。
見捨てられた様な存在や物に愛着を感じやすい。
やくたいもないものに金をつぎ込む人、と世間から見られたりするかもしれない。

12Hのカスプサインのルーラーがあるハウスがその人のヒーリングポイントだったり。
いつでもここに還りたいという思い、多幸感を味わう場ではあるのだ。

12Hは対する6Hが小動物、ペットを表しているのに対し、
大動物、人を乗せてくれる様な巨大な存在を表しているのだと言う。
12ハウスの背中に乗っていけるのは大きなものを怖がるどころか、
その存在に親和性を感じる人だけだ。

大いなる何かに怖れをなしてビビってしまうのなら、まだ現世的なものに強い未練と、
そこを居場所と決めていて12H的なものに重きは置いてないのかもしれない。

12ハウスその全容を知り尽くせないほど大きな存在を感じる場所だ、多分。
なので、すぐには気付き難いんだな、やっぱり。
木を見て森を観ずとか、全体性、などと言うのはちょっと安直かね。
パンの缶詰
株式会社パン・アキモト

んー、面白いなあ。
阪神淡路大震災をきっかけに那須のパン工場で開発されたパンの缶詰が、
食糧難の発展途上国に送られ、今ではNASAで宇宙食として採用されたり。
今では十年前の社長の言葉通りに世界制覇から更に宇宙制覇。

水瓶木星がダイレクトになって、こういう話題とかって。
水瓶サイン、天王星の弱者や誰かを犠牲にしないグローバリズムと、
最先端テクノロジーな衣装をまとったジュピターの仕業なんだな。

「やる気はあるけどお金がない」から、知恵を絞る、創意工夫ってわけで。
小さな地方の会社や町工場は智恵と技で勝負するしかないんですね。
そんな場と人にこそジュピターは微笑むのだ。
誰かのしあわせの為に。 
自分がお金儲けたい、豊かになりたい、それが市井に生きる人間の本音だけど。
自分独りだけじゃない、誰かに喜んでもらおう、と最初に思えた時には、
どこかからの助けやヒントが降りて来る。
それは往々にして突然だったりする。

水瓶の木星は天王星的木星だ。
あっと驚くヒントが閉塞した社会や組織の風穴を開ける。
こういう手があったのかと。
皆がしあわせになりますように、そうなるにはどうすればと願ったときに夢を叶えてくれるのだ。

そして、その木星がくれたチャンスは12年単位で続けていかないと。
パンの缶詰だって、平成7年に開発されてその12年後に米軍販売許可が下りて、
そこから宇宙に飛び出したのだから。

利他的な考えや行動を始める、そこから12年サイクルのつもりで続けるなら、
いいきっかけになると思う。
自分を欺くというのでなく、自分が納得してできることというところで。

人は自分一人だけでは善人にはなれない。
だいたい、善を施そうとしておかしくなったり、ストレス溜めるというのも変なものだ。
だけど、世間的にはこういう人は少なくないらしい。
善い人になりたい病とでもいうのか、やたら善を施そうとしても、
実際に心にも無い善行は出来ないし、叶わないものだ。
立派な人ってなんだ。 そんな人はどこにもいないのだ、実は。

こんなに表面的には不平等だらけな気がする世間なのに、
本当は人間って思った以上に平等に出来てるんじゃないだろうかと、思ったりもする。

いまどきやたら女性誌の見出しに多い「ほっこり」なんてどこか面倒な空気ではない、
一見クール、実は素朴な愛がこもっている。
なにげに優しい、必要以上に相手に迫ったりしないけどいい感じな空気というのは、
やっぱりCosmicだ。

宇宙は平等だ。
なにしろ、チンパンジーだって仲間の為にちゃんと利他行動をとるのだ。
人間だけが万物の霊長と思ってぼんやりしちゃいけないよ。
幸いというもの
木星と土星トランジットメモ

この月末に土星は最初の天秤イングレス、来年に木星が魚イングレス。
どちらも古典からのエクサルテーション、ディグニティなので品位最高クラス。
なので、2010年はかなり注目に値するイヴェントが個人にも世間にもあるのではないかと。

せっかくなのだから、まめに真面目に、という気持ではあるなー。
木星と土星が直接のメジャーアスペクトは今回はサイン的に組み難いので、
それぞれが単体で別の惑星と組んで作用すると思う。

ソーシャルプラネットのサインが変わる時、明らかに心境や状況の変化がある。
影響は最初にはっきり実感あるようだ。
特に土星はそのサインとネイタルのハウスでのテーマで長く続くことと最終的な成長みたいで。
さすがだ。
プログレスの状況と共に確認しておくといいかも。

冥王星と共に受け入れろと言われているわけだけど、
大きな何かに委ねる、という辺りで。
年齢を重ねて行くということは、こういった受け入れのシーンの回数と経験を重ねて行くということでもある。
幾つもの結果を誰しも経験しているのだ。

もう今月末から11月にかけてその結果が呈示される。
今までどうあったか、これからの調整テーマについても受け入れていくかどうか。

テストされている、試されているなどという言い方は個人的にあまり好きではない。
誰かに振り回されている、という感覚だったら辛いものだ。
だったら、自分から受け入れた、承知したと思った方が愉しい。

苦しくても、後で振り返って「やれやれ」と思えれば、それが幸い、というものだ。

怖れは鏡の中で自分にしかめっ面しているだけだ、とバーバラは書いていたな。
人は自分の欠点を探し出すのが上手過ぎる、とも。

魚の木星のギフトも、やはり物質的な何かではないだろう。
何かを受け入れた後に新たに受け取る何か、な気がする。

「幸」の字が手かせをつけられた人間の姿の象形文字からきているというけれど、
人は最初の内それをつけることを自ら望んだ気がする。
幸福っていったって、色々だ。
幸せであるように 再び
さて、来週から木星が巡行に。
木星逆行、六月半ばから始まったから、この14日でまる四ヶ月間レトログレードと。

自分の中の木星的要素を見直す、という辺りで使えるのかなとか思って過ごして来た感じで。
こういうときは先達の方々のリンクさせて頂いてるサイトを観ると解りやすいですよ。
源氏名Kさんとか、COSMIC DRIVEとか。
ここじゃ、ただの雑感なのでね。

自分の中のしあわせ感、といえばいいのかな、これまた木星的なおおざっぱさですけど。
寛容さと自分も人もしあわせであるように、という。
そうね、もう充分と思える様な多幸感で、現実味を帯びたものが木星的な空気。
精神性に更に特化した空気の、海王星。
どちらも宗教とか信仰を表しているんだけど。
物質面や実際の人間関係で顕われやすいのは木星の方で。

解りやすいのが、ジョン・ヘイズ氏の記述だったな。

占星術大全―あなたの運命がわかる幸運がつかめる占星術大全―あなたの運命がわかる幸運がつかめる
(2008/12)
ジョン ヘイズ友近 愛

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この本の面白い所は、asc、金星、木星、ノードという三つを取り上げてそのサインとハウス解説に終始していること。
その人が社会からどんな印象を持たれているのか、
どう社会に貢献しながら人生を謳歌するかという事を重視しているようで。
ベネフィックと呼ばれるこの二つの惑星とトランジットノード、
さらにはルネーションサイクルについての解釈本。

一見すると、この本は初心者向けにしか見えないかも。
この手の占星術本が巷ではクックブックタイプと呼ばれる。
いわゆるハウツーもののなかでも自分や身内、
気になる人や恋人などのネイタルチャートのサインの部分だけを抜き出して、
そこだけを読んで満足しておしまい、という感じのものという意味なのか。

本当の事言うと自分や気になる誰か以外のサインの記述って、読み出すとかなりハマる...。
これを知る事に本当は意味があるんじゃないかな。
自分がまだ知らない何かを知ろうとする余裕がある方が広がりがあるよね、色々。

ベネフィックというのはしあわせやお愉しみを教えてくれる星なわけだけど、
その意味合いの本当のとこをヘイズ氏は書いているということで。
金星と木星、この二つの誰もが見過ごしがちな実態やウィークポイントを。 
以外にもこういう本は少ないんじゃないかな。

この二つの惑星が今までどういう解釈をされて来たか、
サイン毎の解説前にある最初の記述がある。
実際の性質とそのプラスマイナス面について書かれていてそこが実は肝心だったりする。

そして、私はこの本を最初から通して読んでいくと本当に濃いなあと思う。
自分に関わり合いの無いと思い込んでいるサイン、
往々にして150°の位置にあるサインなんてのはそうだけど、
そういった辺りを読んだときの面白さというのはクックブックの本当の醍醐味じゃないかと思うな。

好きな材料だけで出来上がったレシピ、見た目の写真がよさげなレシピだけにしか関心を持たずにいるのはもったいないと思うんだけど。
それは、この本がノードに関することまで書いているということに意味があるな。
他のレシピも読んでみて実際に作るとか味わうまでいかないとしても、
存在を知る事には意味がある。

12のサインの個性に関して、食わず嫌いはちょっともったいないかもしれないね。

自分が持っているものをこの世でどう使うの?という話に終始するのは、
最近の欧米の占星術研究者が書くものに顕著な傾向だけど。
実際ベネフィックの解釈を自分にとってだけのものじゃない何か、っていう見方もどうよ?と。

人は誰しもまず自分のしあわせを掴みたい。
だけど、そのしあわせ感は、誰かが分けてくれたり関わってくれたからだ。
恋愛しかり、物質面での豊かさにしたって、その品を作ってくれた誰かがいるという実態。

その辺り、普段は忘れてしまっても何かあった時に思い出してね、という話。
まあそんな感じで逆行中の木星の使い方、どうしたもんかと思ってましたが。
水瓶でなおかつレトログレードですか、自分だけのもんじゃない何か、という雰囲気かね。

誰かのしあわせを願う、なんてのはキザったらしいかもだが、
たまにはそういう情の絡まないクールな内省もいいもんだと。

豊かさと理解というものにも、様々なパターンと有り様が存在するのだ。
木星はその辺りを現世の中で解りやすく示す宇宙のシンボル。
土星と共に長い眼で観ること、長期的なスパンで、という辺りで。

さて、14日には木星はダイレクトに戻りますからね。
一気に古典からのルーラーである魚に向かいますので。
木星の12サインのサイクルも終盤ということで。
人類の理想ってなんだろう、なんて大きな話は、実は個人の素朴なしあわせ感が元だったりする、
と思う。
牡羊新月と牡羊満月雑感
颱風の後、風がまだ強かったりですが。

今年初春の牡羊新月からブルーソーラーウォーターを使うことを初めてみた訳ですが、
先日は牡羊で満月ということで総括を。

普通の水道水を青い瓶に入れて30分ほど放置した後に飲むだけなんですが、
夜寝たときの夢が色鮮やかにくっきりしたというぐらいの実感。
あとは夜にこの水を飲むとテンションが上がるのか寝付きが悪くなるというのに気がついて、
夜は飲まなくなりました。
なので飲むのは午前中のみ。 
そのかわり昼間に疲れて眠くなることがなくなったと。

落ち込んでても無理矢理にでもどこかから引っ張り上げられる様な感じ、
というのはやっぱりあるようで。
太陽の力だから多少強引さはあるけれど、悪い気はしない。

飽くまで自分の体感ですがブルーソーラーウォーターというのは、
ヒーリングというのを直接行うアイテムではないです。
テンション上げたり活性化というのがまず来る感じ。
どちらかといえば覚醒とかそっち方面のような気がするけど。

夢が明晰になってきたというのは、潜在意識がはっきりして来た前兆かもしれないけど、
この程度で終わる気もする。
それまでは目が覚めれば忘れる事が多かったのが、割とよく夢の内容を覚えているようなので。
ビジュアライズの能力アップさせたい人には効果あるかもしれないな。
でもこれで幽霊やお化けが見えるようになるわけじゃないですよ。

潜在意識の掃除のつもりでお手軽に始められるしということでやってみたんですが、
まだ続けてみようと。

面白い事に、牡羊満月の直後から新月生まれでオーバーロードのクライエントさんばかり。
どうなってるんだろ。
新月生まれってなんだか牡羊っぽいなあ、どのサインの人でも。
ストレートで赤ん坊みたいな感覚みたいで、
人の思惑を気にする事無く自分の感情を素直に出してしまう。
あけっぴろげな人というのは可愛いげがあるもので。
そんなひたむきなとこがいいなあと。 
Moonsprite
今日明日と南京町が中秋節だそうで、黄色いランタンがいっぱいだった。
線香を焚いているので、ずっとその匂いが流れて来る。
雲が多くて、月は観えなかったけど。

今月からタモリ倶楽部は月曜の深夜放送になってしまった。
週末の愉しみにしていたかったのに。

最近、肉体を通して感じる感覚って大事にしなきゃとますます思う。
頭でっかちな知性だけに頼り過ぎると、ろくな事無い。

去年辺りから己の趣味の善さを自慢していたり、
ディレッタントを標榜する人達と距離を置いたり、
いつの間にか縁が切れてしまっている。

こぞって実はただミーハーなだけだかららしい。
らしい、ってまるで他人事みたいだけど、やっと最近その理由に気がついたからで。
自分ではこういうことを感覚的に行っているようなので。

そういう人達は、特別に趣味が善いわけじゃない。
自分が如何に頭がいいか、趣味がいいかと自慢したいだけなんだと気付いただけで。
実際にはそれほど仲よしなわけでもないのに、著名な人とのご縁があるかの様に吹聴しているだけだった。

どうして無名なままの自分じゃダメなんだろう。
誰も知らないけど、自分が好きな私、では不満なのかな。
普段の自分の事をただ大事にして、
無名でもその様子がささやかでも愉しく生きているとういだけじゃつまらないんだろうか。

自分の感覚一つだけを信じてみるのはドキドキワクワクだ。
誰かがそう言ったから、そうエラい人が書いてたから、じゃなくて。
そこらへんに生えてる草を口に入れて確かめる原始人みたいに、
好きなもの探すのが性に合ってるな。

どうしてだか、フィクションよりもノンフィクションばっかり読みたがるのは、
子供の頃からの自分の性分らしい。

飽くまで自分の中でだけど、知性は体験や経験の後付け理由って感じがする。
だけど、感覚と知性、車の両輪みたいだな。
どっちも両方がないと、支えないとだめみたい。

身体から革命を起こす (新潮文庫)身体から革命を起こす (新潮文庫)
(2007/08)
甲野 善紀田中 聡

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この人を二、三年前にNHKの介護の方法をレクチャーする番組で初めて観た時に軽くショックだった。
身体に負担の無い、誰でも簡単にできる、しかも見た目にもスマートなやり方だった。

身体の使い方が既存のモデルやダンサー、スポーツ選手と全く違う。
だけど身のこなしに力みの無い、自然な空気がある。

実はスポーツクラブに通っていたころ、ダンスとエアロビのインストラクターがレッスン中正直に語っていたのは、
ダンサーやインストラクターというのは以外と身体が歪んでいるという事実。
あまり公には言ってはならないようだけど、それが事実なんだと。
一見して筋肉質でバランスの取れたスタイルのいい、
世間的にはカッコいい肉体なのに整体に通っていたり、
こっそりとヨーガの講習やレッスンに通ってたりする。
バレエダンサーとか、いい例ね。
吉田都など、酷い腰痛に悩まされ満身創痍だというし。
バレエのレッスン中にダンサーが骨折して救急車呼ぶ、という事態もあるという。

私が知っている限り、日本馬術大会などに出場する馬場馬術選手やってるインストラクターも腰骨が潰れていて、
普段はずっとサポーターをしている有様だった。

いつ壊れても不思議じゃない様な事を毎日しているのに、
周囲はそれを褒めそやしているから、本人も辞めたくても辞められないんじゃないの。
明らかに本人の身体は知覚していて悲鳴を上げているのに、
周囲の無理解から出て来る表面的な知性と、
カビの生えた旧態依然の理論や言葉で無茶をさせているのが現実だと思う。


彼の武術の研究成果を、Jリーグやプロ野球の一流選手が着目して自分なりに練習に導入しようとしているのに、
なかなか上のコーチなどの人間がそれを認めずに苦労したという。

人間は最初に教わってちょっと成果が上がるとこれが正しいとしてずっとその考え方にしがみつくという。
知が力をつけて権威というのになると、それにしがみついている方が楽になるだろう。

新しい方法や温故知新な方法を見つけて実践しようとすると、そういう人がすぐに攻撃してくるという。
自分の身体感覚や感情を大事にしない人、って知性が堅くなって錆び付いちゃうんだな。

自分で気がついてよく思うのは、身体の関節が堅い人ほど考えに幅が無い。
思い込みが強かったり、頑固だ。
女や性別を問わず子供がフレキシブルなのは、身体の柔らかさというのがあるのかな。

実際に精神的に疲れた時、ヨーガで身体をほぐすとストレスが軽減されて、
考え方がそれまで悲観的だったのが、なんとなく光が観えそうな感じになった。

肉体感覚と精神は車の両輪だなあ、やっぱり。
感覚と知性は両方ないと生きてけないんだねえ。
こんなの何千年も前の人はよくよく知ってたんだろうけど。

「夜に訪れる恐怖」なんて物騒な名前だけど。

夜に訪れる恐怖―北米の金縛り体験に関する実証的研究夜に訪れる恐怖―北米の金縛り体験に関する実証的研究
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デヴィッド・J. ハフォード

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分類で言えば、やっぱり民俗学の方かな。
ミイラ取りがミイラにってよくある話だけど。

なんでだかこういうノンフィクション世界での奇妙なお話が子供の頃から懐かしくも好きな題材だったのだけど。
シートン動物記とか動物植物図鑑、ボロボロになるまで読み返したものだった。
SFやなんかは全然読まなかったけど。

夕べは月観えなかったけど、凄く穏やかで久し振りに寝付きがよかった。
穏やかな満月だったんだな。

プロフィール

Gatos Blancos

Author:Gatos Blancos
占星家

ある日とある街角でタロットカードと西洋占星術の再会から始まったとりとめない憶いの記録

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