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Starting Over
ヒマなのをいいことに(笑)プログレスとリターンチャート出しまくったら、
なかなか面白かったので昨日観たことのメモ

月は公転周期が27 日 7 時間 43.2 分
土星の公転周期が29.53216年

そう、日々の生活は月。
人生の年輪というものは土星が作る。
月(妻、家人)は日々の生活をせっせと取り仕切り、
自らの光を当てて土星の世話を焼いたりする。
土星(夫、世帯主)がそんな月の光を浴びながら見守りつつ時間を刻んでいく。

セカンダリープログレス使っているんだけど、27歳過ぎたらプログレスムーンは出生の月にリターンするわけで、
この頃に結婚とか妊娠出産経験のタイミングとしていい感じというのが解る。
女盛りの最初って感じ。

おそらく体質的なところで月が一巡りして、ホルモンも充実してそうだし。
27歳が女性として輝く時期って世間でよく言われてて、
雑誌なんかの媒体でもその辺はよく言われてる。
その辺りの年齢を化粧品や洋服、食べ物などに関心の高い購買層として結構重視してると思う。

で、その後だ。
トランジットでサターンリターンが来るわけで。
プログレスムーン(以下p月)がネイタルムーン(以下n月)リターン後の2年後。
n月の次のサインに入った時、新しいサイクルが既に始まっているという心の状況。
そんなお膳立てが出来てから、サターンリターンを迎えると。

p月とn月合の時は環境変化。 月は日常、身の回りと。
人間関係、特に家族関係の問題が変化して新たな局面を迎えると言う。
問題があれば解決のタイミングとしてはピッタリだと。
その後にサターンリターンで自立を促すと。

どちらも30未満の数字というのが、どのサインも度数は30°で一区切りというのとぴったりだ。
次のシーンへ移る手伝いをするのは最初は月、次に土星ではっきり決まる。

月はICのルーラー、土星がMCのルーラー、思いっきり節目を表すんだけど、
家庭ってこれかなとも思う。
妻(家人)がお膳立てを整えて、夫(世帯主)が何かを決定する。
いまどきはこの役割の性別が逆転してるとこも珍しくないな。
一人で父母を兼ねてバリバリやってる人もいるしね。
この場合の月、土星はそういった立場の人、ぐらいの感じで観るとかね。

で、大運を観るのには、一ヶ月単位でルナーリターン、一年単位でソーラーリターン、
二年単位でマーズリターン、十二年単位でジュピターリターン、二十九年単位でサターンリターンチャートというのを。

通常、リターンチャートはソーラーリターンしか普段出さないけど。
昨日初めてサターンリターンチャート出して観ると実に面白かった。
いやもうなんだか、サターンリターンチャートなんて重みが全然違う。
リターンチャートはアングル重視で見比べてみると特に感慨深い、面白い。 

なんかねえ、占いやってるといってもペーペーだから余計に面白がってるだけだろうと思うんだけど。

成長のサイクルは月(IC)と土星(MC)が見守っているということで。
ちょっと前のエントリーと被るな。

ハウスハズバンドとか書いててジョン・レノン思い出したりね。
ビートルズファンってわけでもないんだけど、この人は月土星的な感じがするな。
と思って彼のネット上に上げられたチャートのデータ観ると、本当にそうだった。
彼に取っては月、土星は特別だな。 "Woman"なんて唄作るわけだ。

幼年期の孤独のみならず最初の家庭と育児の放棄と二度目の家庭での溺愛、
この二つはどちらにしても月、土星(木星も)が絡んでいるようで。
キロンも本来ジョンのチャートでは強くアスペクトするんだけどね。
母性と父性、どちらも発展、成長と呼ばれるものに欠かせないのは言うまでもなく。

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これが私の生きる道
つくづくノードって面白いマークだよね。
見てるとよく素材として売ってるアクセサリーパーツっぽい。
何かを繋げるためにある感じ。 そういう形に思えてしょうがないよ。

太陽の通り道(黄道)と月の通り道(白道)が交差する地点、それがノード。
ドラゴンポイントとも言う。
社会に表明する現世の私、アイデンティティ(太陽)とかつての私、馴染んでいる感情(月)が交差する場所。

去年、大阪で鏡リュウジ、石井ゆかり両氏の講座を聴いた時にノードのお話がちょっとあった。
で、鏡さんがノードは約19年サイクル、というお話を。
ノードがネイタルにリターンした時に、人生の「目的意識」のベルが鳴るんだと。

18歳を数ヶ月過ぎて、その最初のベルが鳴るんです。
ちょうど高校卒業を控えているか、早生まれなら進学、浪人、もしくは既に社会に出たばかりか。
大人になろう、四の五の言ってる場合じゃないって。
社会が君が飛び込んでくるのを待っているってさ。

何年か前に探偵ナイトスクープを見ていて、自分の仕事(テーマ)を何歳の時に決めましたか?
という街頭インタヴューがありまして。
で、その時の答えで圧倒的に多かったのが19歳、だった。

これで自分の社会の中での人生を渡る力として何をするか決めようとする時に、
ノードは個人にベルを鳴らして来る。
この社会と呼ぶ現実世界の生産性を問われる場へ飛び込んで行く時がやってきたと。
君を待っている誰か、何かを探しに行ってこい、って。

自分がこの世界に何が出来るんだろう、って。
この時に今までの家庭や学校では気付かなかった満たしていない何かに気付くんだろう。
世界と私が繋がるきっかけを持ちたい、という。
血縁や今までの環境を越えた広い世界へ。

心の中に「自信」というのがあるかどうか、は実は問題ではない。
というより、下手な「自信」ならむしろ無い方がいいぐらいだ。
実は社会ではでかい口叩く人よりも、人の話が聴ける人が欲しい。
そして、飛び込んだ環境とそこに関わり、携わっている人々に興味を持ってくれる人。

得てして特殊技能や資格が必要とされる仕事でも、素直な感じ人を採用するらしい。
絶対何かやってやる、みたいな煮えたぎったやる気満々な人よりも、
すーっとその場に先入観なしで入っていけるまっさらな感じの人がいいらしい。

すんなりとそこ入っていけたとしたら、実は縁の深い場なんじゃないかと。
以外とそんなもんかもしれない。

ノースノード(ドラゴンズヘッド)はこれからやってみたい事(未知の喜び、新たな理解)
サウスノード(ドラゴンズテール)は良くも悪くも知っていて出来る事。(過去の実績、スキル)

個人レベルで考えるなら、ノースノードはこれからの事、サウスノードは今までの事、
ぐらいのシンプルさで。

ノードを意識すると、この社会って、世界って、こういうものだったりするのか、
という理解を得て何かが伸びて行く。
いわゆる節目、というものの一つとして実にこれも解りやすい。
木星、土星と共に個人と大勢(社会、グループ、地域などなど)との関わり合いの時期をダイレクトに教えてくれるので。

仕事だって、祭りやパーティだって一人じゃできないし。
好き嫌いという感情は置いといて、これが私の生きる未知、いや道ってのもあるだろう。
社会のど真ん中じゃ、つまらんシャレ言ってる場合じゃないけどさ。

人は一人でない、この世界のパーツの一つとしての自分という宇宙の中での有り様、
愉しみ方もあるという話をノードはしてくれている。
世の中、世間というものが捨てたもんじゃないと思えればさいわい。
太陽と月の通り道に控える龍はそんなとこを見守っているのかもしれない。

勿論、嫌なら家でも山奥でもひきこもる、隠遁することだって可能で、
人の自由意志を誰もコントロールはできないが。
この不思議なUnderstandingを引き出すノードというのは、
驚く程個人への影響が後でじわじわ湧いて来る。

何かをして行きたい(生きたい)関わりたい、と思ったその時は、
19年弱という割り切れない年数サイクルでやってくるのが不思議だけれど。
18歳から19歳、もう身体は充分育ち切って成長は終わって、
後は精神の成長に集中しないとってときだよね。
いや、上手くできてる。

今回、ネイタルとも直接タイトなアスペクト組まなかったという人でも、
何かに決着付けて次のステージやポイントになにげに気付いているのだ。
ハウスとサインで、気付くところ色々ありです。

社会事象の方で話つけられがちな月蝕日蝕だけど、社会は個人達が寄り集まって作って流れて行く。
一人は皆と繋がってるのに気付けば善いなーと思う龍が誰しもついているのかもねー。

折り合いの付け方、繋がり方というのを提示しているよ、ノード。
いつも僕はひとりきり
占星術を学んで善かったと思うことは、
まず何度も書いているけれど自分を俯瞰して観ようと努力するようになったこと。
何か問題があれば、自分の内側に問題があるんじゃないかと観られるので。
プラネットはそこにテーマを持ち込んでいるので、解りやすい。

心がざわつく時はアングルに掛かっている時。
土星であれば昔は遅延が生ずるとか、妨害、障碍、哀しみなどと表記されたものだけど、
今では自分自身への見直しとして解釈するので。
この時は自己の再確認、再調整、仕上げ段階に入ったものとして観る。

自分独りっきりで行う作業みたいですよ。
誰でもやってることで、別に自分だけがいつもそうってわけじゃない。

周囲の状況が冷ややかだとして、自分が受け取る際の空気を読み取るわけだ。
冷たいと感じたなら、そこに自分自身の今までの問題点が浮かぶかもしれない。
一見して上手くいかない状況というのは一旦停止であって、
オポジションなら解りやすいし、スクエアだと最初はその要素が観え難い。
コンジャンクションなら今までの結果を算定して査定された結果を表示される時期として。

この時は、古い付き合いの人との縁を再確認、懐かしいと感じられる人と出逢ったりもする。
古式ゆかしい場所や空気、年長者からプラスになる何かを受け取る事も多い。

木星だと緩んだり、前向きに愉しくやれる時であって、何かを計画してみたくなる。
上手く行きやすいしあっさり通ったりするんだけど、後で何かが残せるかどうかは別。
明るいムードで誰かが後押ししてくれたりするので、何かを始めるのにいいタイミングではある。
ただ、後は持続力なんですよね。

そこで土星ですよ。
現実に物質化するのは土星。
思いつきは木星が出すけど、実際にはやらない。
前向きなムードやきっかけ、援助する誰かへのコネはつけるけど、
やるのは飽くまで自分でねって。
自ら手を付けたり、細々とした作業というのは一切やらないのだな。
愉しく前向きにやりたいけど、面倒なのは嫌という。

つまり木星のムードで湧き上がったものを、
土星が自分で考えた事を実際に計画として建てたり実行する。
土星が計算したり、地ならしや調整を付ける。
なので、土星と木星はワンセットで。

まあ実際に動き出して時間が経つとその後は天王星がひっくり返したり風穴開けたり、
海王星がより洗練させよう、精神性を上げようとしてヴィジョン提示したり、
冥王星が観えない問題をひっぱりだして汚れ仕事を引き受けたりという過程ができたりするんだけど。

こんな状況変化もタロットの展開と合わせると解りやすい。
自分一人の感情だって、実は誰かにどんな影響およぼしてるか解らないもので、

苦しいとかなんとかってのも、自分の中にまだまだ気付いていない問題ありなんだな、
ぐらいですぐになんとかしようと思わずに流れに身を任せるのもいいかと思う。

こんな事思ってるのも、サウスノードで日蝕だったせいか。
蟹と山羊って活動宮だし。
日蝕と月蝕は普段の新月満月にノードの力が加わった強力ヴァージョン、
といったぐらいにシンプルに考えた方が。

今年の夏はノードが水瓶と獅子の0°でステーションってのはなんなんだろうね。
私が(獅子)皆と(水瓶)仲良くできるには、ってとこかなー。

ノードの事は身の回りの社会性として木星と土星で対処してみる。
この時は特に人から何言われても、すぐに感情には出さない様に。
柳に風ってのは高等テクニックだ。 
なかなかいい歳した大人でも自我の面倒みるのは楽じゃないねー。

だけど渡る世間は「お互い様」だ。 人の数だけ答えはあると思って。



民生ちゃんのあの投げやりっぽいヴォーカルが一番好きかもしれない。
Great mother
月土星メモ

今日になって思い出したけど、この月蝕日蝕のちょっと前に月と土星のエントリー書いたんだったな。

感情と現実のせめぎ合いって感じだよね、蟹と山羊の辺り。
MC-ICラインって意識の縦と横のラインで、精神性ってやつ表してるんだと自分で思っていたり。

月の感情は、土星の安心感をすぐには受け付けないんだよね。
冷ややかで事実そのまましか言ってくれない土星。
土星からすれば、月は頼んない感じに見えるのかな。
月からすれば、一反受け入れれば安心と安定をくれるのに気付くだろうし、
土星にしたら月の緩さはほっとさせる要素になるだろう。
月は保障を求めているし、土星はこの現実を渡ることと価値を教えるわけで。

この二つのプラネットのアスペクトはメランコリックだ。
イージーであれば信頼と安心、ハードであれば陰鬱さと出やすいか。
どちらにしても地味だ。

どこか土着的なニオイもする。
月が滴り落ちる雫の様な光を地面に降り注いでいる、
あのタロット大アルカナの月の絵柄(本来は魚サインに相当)を思い出すので、なんとなく。

月を表すのは「女教皇」、土星は「世界」のカード。
どちらも女性が描かれているというのがポイントね。
どこか完成されてしまって隙が無い感じなのも似ている。

本能的な月が現実的で枠にはめる土星が制御してくるのだ。
内面の問題なので、非常にフェミニンな要素だなあと思う。
行き過ぎれば陰鬱だが、ほどほどなら鎮静作用、ぐらいで済む。

蟹0°が夏至、山羊0°が冬至、季節を分ける場所でもあり。
けじめをつける、大人になる、何かを育てる立場になるという空気も感じるな。
地母神というのは、こんな感じか。

女としては懐は深いが、その第一印象はシビアさに敷居の高さと言うか大きさにまず圧倒されて近寄り難いところも、
月土星アスペクトに似ている。

土星は父、夫、老人といった辺りで男性原理なのに女性サインのルーラーだったり
得てして息が長いのは男よりも女の方だ。
土星は結局、女を長生きさせてしまうんだろうか。

月は土星が嫌いなはずなのに、必要らしいよ、なんか。
宇宙と太陽と
私はいつも行きたい所へは一人で出かける。
まあ、友人は少ないし社交辞令が大嫌いで誰かとつるむのを好まないのもあるが、
出かけたその場では一対一のような空気で何かを感じたいからで。

七月二十二日の皆既日食の前日、天之御中主神が祀られている地元神社に初めてお参りを。
DSC00206_convert_20090723211201.jpg

雨で訪れる人も本当に少ない、静かな拝殿で手を合わせると手が熱くなったり。
帰りにご近所の方ににこやかに会釈される。
翌日、日蝕の時刻にやはり地元で一番好きな神社に。
天之御中主神が祀られた神社はそこの摂社になるんですね。

好きな神社はどこであれ実はアマテラスが祀られたところだと少し前に気付いた。
私が一番好きなところは、地元でもかなり旧いところらしい。
前の週に深湯(くがたち)神事という行事があったり。

DSC00201_convert_20090723211019.jpg


神事が終わってから訪れると、片付けている様子を見かけた。
好きなお宮さんは宮司さんや巫女さんの佇まいも美しいと思った。
清々しい様子で立ち居振る舞いも慎ましく爽やかな空気がある。
こういう場で日々のお勤めをされているとそんな空気をまとうのかもしれない。

ここで手を合わせると、いつも手が熱くなるんだけど、パワフルというより勇気づけてくれる感じ。
元々が女神だからかな。 アマテラスは爽やかで懐深い感じがする。
脇殿にもおまいりするんだけど、諏訪健御名方富大神と高皇産霊大神が祀られたところが、
手を合わせたときの熱がいつもパワフルだ。
もう一つの脇殿の住吉さんと八幡さんはそんな風にならないのだけど。

すぐ傍に松尾神社の祠もあるけれど、ここも松尾大社を訪れてから熱くなる。
おおらかな親しみやすい空気は松尾大社と同じね。
なんとなく世話好きで親切な感じがする。

午前中を過ごしてから、日常を。
今回の日蝕はサウスノードで起こっているせいか、どちらかといえばダウナーな感じ。
自分を査定している様な気分で、これは当分続くだろうなあと思う。
ネイタルで逆行している蟹の木星からオーブ4°程で起こっている。
その木星は海王星、水星、金星、土星、キロンとグランドトラインを組んでいる。
金星土星とは1°差のオーブでトラインになる。
蟹29°ということで、ルーラーの月のことをかなり意識していたと思う。
これらはどの程度影響受けるのか、愉しみにしてみよう。

なんとはなしにだけど、自分の思い通りになるわけではないのだという気分で過ごしている。
その前からもう流れに身を任せた方がいいんだろうという空気だったけれど、
木星の傍での日蝕というのがこれからどう影響するかはまだまだ検証中ということで。
ただ、嫌な事であれ愉しい事であれどんな事も自分に還って来ることだから、
という思いや、諦めが肝心、みたいな気分。

木星とアスペクト組んでいるプラネットが豊富な所為かも知れない。
曰く言い難い感覚が。 
来し方行く末を、というと大袈裟なんだけど、今までとこれからをどう繋げようと言う思いが湧いている。

思えば、木星ということで、自分の中では信仰ということはあまり特別視していなかった。
自分でも特定の宗教の信者になる事はこれからも無いと思う。
ただ、素朴に善きかなと思うところにいければいいなあと。
何かを信じる事が「善きかな」と思う心に通じるのかどうか。

日蝕の日、気持のいい場所で過ごすことが出来た事がまず有り難かったと思う。
この日が来るまでに自分に取って善いと思える場所を見つけられたことも、
素晴らしいタイミングだったなあといま気がついた。

それが信仰の場であったり、太陽神を祀った自然豊かなお宮さんというのは、
よく出来たものだなあとつくづく思う。
廻り道くねくね (補足有り)
私が二年前の夏に初めて占星術の個人レッスンを受け始めた時は、
先生からホロスコープの仕組みと手書きでの書き方を教わった。
レッスン受けながら、自分でホロスコープって書けたらいいなあと漠然と思っていた子供時代を思い出していた。

驚いたのは一度でそのメカニズムと書き方を理解できた事だ。
小学生の頃に知った事は本当の星占いというものは、
円形のホロスコープというものに星の位置を調べて12サインと共に書き込まなくてはならない事、
そして12の部屋に分割されていること、その境界線をカスプと呼ぶという事。

とても難しそうで無理だとすぐに諦めて、それからは雑誌の簡単な占い記事をたまに眺めるか、
自分の太陽星座に関する本を買って読む程度で済ませていた。
12サインの概念と対応するルーラー、十惑星の大まかな意味合い、
サイン記号、惑星記号(天文学と共通)を覚えておくに留めた。
子供百科事典で培った簡単な天文知識とギリシア・ローマ神話と神々の名前は、
更に記憶の奥に沈潜していた。

世はアメリカではニューエイジが始まり、日本では超能力、UFO、心霊ブームだった。

中学生までにはその程度の知識で留まって、後は同級生が占いの話などしていると、
たかが十二の星座で性格なんか解るわけ無いじゃん、などと冷やかしていた。
表面上だけ。 

で、気がついたらいい歳の大人になっちゃったわけだが。

そんないい歳になってまさか今更占いってなんだ。
でも難しくてぜーったい無理だと思っていたホロスコープ、手書きで書ける方法教わって、
出来る様になったのだな、この私ですら。
算数大嫌いで、九九の九の段まで覚えるのもクラスでどんじりだった私が。

占星学占星学
(1995/01)
ルルラブア

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一見敷居が高そうな装丁だけど、実際にチャートを観る様になって、
ますますこの本の筆者の凄さを思う。
手書きでホロスコープを書く手順を事細かに説明してくれている。
ここまで徹底的に日本語で解説してある本は私が知る限り見ていない。
律儀な方だったのだと思う。

今では実際の作業はPCにソーラーファイヤーを起動させて観ているので、
手書きでチャートを書き出す事は滅多に無い。
それでもたまに自分で手書きすることがある。

私は最初にレッスンで先生からちゃんと手書きで書く方法を教わっておいてよかったと思う。
マンツーマンと言うやり方を選んだのは、3ハウスカスプ牡牛、9ハウスカスプ蠍ということを思えば、
断然このドメスティックな学び方の方が近道なのだ。
こんな事も後になって気付いた事だけど。

私が最も言いたいのは、実は手書きというアナログな作業が肝心だという事。
これをすっ飛ばして学んでも無駄だという事だ。
今はPCでネット上で簡単に誰でもチャートが出せる。
占星天文暦を持っていなくても。

PCを使うのはこれが最も数値としては正確に一瞬で出して、
すぐリーディング開始できるという利点からであって、楽をするためではない。

ホロスコープを手書きしてみれば解る。
占星術という体系のメカニズムを理解するのに、これほど解りやすい作業はないから。

今ではいきなりPCでネット上の無料サービスで出して、それでという人が本当にいるらしい。
まあ趣味でならそれでもいいんだけど。

だけどその手のやり方だと、出生時間で太陽がどのハウスに入るのか、
なぜプラネットが偏ったりするのかという基本がすぐに実感できるのかな。

私は大まかに何時というだけでもその人の太陽がどのハウスに入るか辺りが付けられるし、
更にASC、MCサインの推測まで出来る。
この辺りも手書きでゆっくりでも何度も教わったやり方を繰り返し読み返し、
更にルル・ラブアさんの本を幾度となく読み直したお陰だった。

今日、改めてホロスコープの説明と書き方の計算の細かさと丁寧な解説ぶりを読み返して、
難解に思える文章も、実は筆者が懸命に書いてくれたのだとしみじみ思う。
旧い本だと説明や解釈が旧過ぎて使えないなどと思い込む若い人も多いだろうが、
この本のトランジット解説の丁寧さなどは凄いと思う。
ネイタルチャートのノードのアスペクト説明までしているし。

本気で読みたい人は、彼女とリズ・グリーンだな、やっぱり。

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(2000/03)
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これは占星術を知らない人にこそ敢えて薦めたい本だったりする。
海外文学が好きな人には堪えられないと思うけどね。

この本にも手書きのチャートの図版が多数載っているが、
ペンで書かれた惑星記号、サイン記号が実に典雅なものだ。
風情と共に、お手軽さ追求のやり方では味わえない濃密なパワーがある。

アナログでアナクロな作業を愉しむ気分がないと、何事も続かないもんだなあと。
歳取るといいこといっぱいあるなー。 

結果重視だと過程を観ていないから、同じ失敗を繰り返したりもすると思う。
何度も時間掛けて手書きで書き直したり、読み直して観た時にふと気付くところもある。
そんなもんなんじゃないかなあ、生身の人間というのは。

カルマなんてのは、生身であればこそって気もしますけどね。
だから月蝕日蝕っていう一つのチャンスというか試みみたいなのもあるのかも。

急がば回れという言葉は最近余り聴かなくなったなあ。

占師は圧倒的に女性が多いのだが、精神自体が基本的に受動的だからというのもあると思う。
考えや意識が内にこもりやすいので、悩みが奥まって行くような気がする。

どの占術でも自分の意識の奥を観るやり方を、その人なりに学び取れると思う。
主観と客観と状況は別だ。
そんなの当たり前だと思っているつもりでも、自分の家庭や周囲をそんな風に観る事はすぐにはできないものだ。
大昔から自分の事は解らないと言うけどね。

家族は一心同体か。 
私は現時点ではそうだとも思えるし、そうじゃないとも思う。
どっちかが正しい、間違っているとも思わない。

自分で産んだ子供や自分で選んだ(はずの)配偶者ながら、
理解できない、可愛くない、同じ子供でも上の子と下の子じゃ相性や対する感情が違う、
などと言う話はもういまさらなぐらいだが。
占師にはそういった家庭的な悩みから学び始めた人が少なくない。

自分と家族や家族でない誰かを俯瞰して観る方法の一つが占いという体系だ。
自分の子供だから、家族だから解っているはず、な思い込みを打ち壊すきっかけにはなるな。
どの占術の解釈でもいいのだが、自分にだけ都合のいい解釈さえしなければいいと思う。

自分自身がどんな感情や意識のフィルターで我が身の外側の世界を観ているのか、
同時に内側がどうなっているのかを映し出す鏡として観れればと。
Rose essence
海王星、金星メモ

裸の大将としてTVで認知された画家、山下清は日本のアールブリュットの代表的な存在として名前がよく上げられる。

この人を「日本のゴッホ」として世に送り出したのが、精神科医の式場隆三郎という人で、
彼は自分の病院に広大な薔薇園を作るという試みを初めて行った人物。

http://homepage3.nifty.com/kazano/shikiba.html

中井英夫氏が惹かれるのも、なんかそのまんまだなって気がしますが。

式場氏の文献自体、入手可能なものは限られていてこの文庫なんて絶版でプレミア付き。
以前、本棚で見かけた時に立ち読みで済まさず買えばよかったと後悔。

定本 二笑亭綺譚 (ちくま文庫)定本 二笑亭綺譚 (ちくま文庫)
(1993/01)
式場 隆三郎式場 隆成

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精神科医としては活動が多岐にわたる異能の人なので、なんか胡散臭く見られたんだろうけど、
私はこの人が薔薇園を病院敷地内に作ったり、美術と精神疾患との関連をゴッホ研究などから進めて行ったという辺り、
通常の精神医学の世界から逸脱している事に意味がある気がしている。

wikiの生年月日から太陽蟹だな、受け入れたい体勢が基本ってのは押さえておいて。
で、簡単に12:00でネット上でさらっとネイタルチャート出してみると。

水星も蟹で太陽に2°差で合、コンバーストになるんでしょうが、
この辺りはさほど重視しない。
ノースノード山羊、サウスノード蟹で17°で太陽水星合なんですね。
ノード軸は牡牛火星が調停しているという。
これでエネルギーを解りやすい形で社会に放出できたようで。

土星天王星が射手の世代なんですね。
で、海王星冥王星が双子でもあって、この二つでオポジション形成する世代。
ここに度数は不正確でしょうが射手の月が絡みます、恐らくほぼ冥王星合。
木星が天秤2°で射手土星天王星にセキスタイル。
この木星は無茶とも言える程の多岐にわたる出版関係に、
牡牛火星のセスキコードレートで無茶と思える程大量のエネルギーを送り込んでますね。
これ、どちらも牡牛火星も天秤木星も二つのサインは金星をルーラーにもっているわけで、
美に対する自己実現の執念ともいえる。

この殆どの著書は今では絶版扱いという辺り、ちょっと寂しいんですが。

実際、彼の生前の肩書きもどんなに顔広いのかと思う程に多彩であって、
精神科医としては型破りな人物ではあったと。
蟹の大衆性と活動宮の激しさを感じますけどね。
(前にも書いた気がするけど蟹が効いてると、本人は気付いてないけど気性が激しくなる。
度数が0、29°だとやっぱり極端な身内贔屓と排他性、優しさみたいなのへの憧れと期待がでかくなる。)

で、土星合だとしてもこの射手の月は天秤木星の応援でフットワーク効くみたいだし。

本人からすれば著書も様々な肩書きも理想実現ですよね。
時代の変換のためには理想を持って動かなきゃ意味がない、ぐらいの勢い。
彼が産まれて今年で111年。 お、生誕年ぞろ目ですなー。

蠍キロンはオーブ広めながら牡牛火星とオポジションと双子海王星とクインカンクス。
クインカンクス一つだけだと巧く使えないんですが、火星のエネルギーでかなり前向きに使えたんじゃないかと思う。
精神科医としてはかなり異質、異形の人だろうなあと思う。

獅子の14°の金星は牡牛火星とスクエアでオーバーで劇的な感じだが、
月とトラインになりそうだし、双子冥王星とのタイトなセキスタイル。
このお陰で文章に書く方向へ纏まった感じに収まったのかも知れない。

当時は子供でも精神薄弱児童、精薄児と呼ばれて隔離される事が一番だと言われたし、
ましてや彼の生きた時代は第二次世界大戦中、精神病患者は差別対象だった。
当時のドイツで退廃芸術として病院内で制作されたものが見せ物として展示された時代だったり。

今ではアール・ブリュットは美術に関する専門教育を受けていないが、
病院内、刑務所や孤立したような(海王星的)環境で独学で制作された美術全般を指す。
エイブルアートという用語もあるが、可能性という表現はいいのだけど、
正直どうもピンと来ないかな。
生の、という表現と比べるとと。

アウトサイダーアートという呼び名とアール・ブリュット、最近だとボーダーレスアートというのもあるようだけど、
個人的にはアール・ブリュットが一番好きですね。
ジャン・デュビュッフェが生の芸術(Art Brut)と呼んだのが一番響く。
アウトサイダーと言う言葉に反応し過ぎだと言う意見もキュレーターの中にはあるかもしれないが、
アウトサイダー、インサイダーという言語は未だアートの世界では使い難いと思う。
認識というのは個人のフィルター次第な気がする。
そう思うと、アウト/インという二元論的な表現はもう今更な気がする。

http://www.abcd-artbrut.org/

脳髄の奥にある何かからダイレクトに取り出される美というものに、
生(なま,き)の芸術と呼んだ辺り、もっとも妥当な気がする。
こちらの脳髄をかき回されるような美の世界が確かに在るのですよ。
現実世界での価値観の枠などあっさり外されてしまう。


海王星は金星と共に美を表すけれど、金星は具体的で現実的な美と安楽さ、
海王星は金星より現実離れした美と現世的なとこから離れて耽溺する要素。
有形と無形であっても共通項が美というところで、親和性が高い。

薔薇からはアロマテラピーで使用されるローズ・オットー、ローズ・アブソリュートというエッセンスオイルが抽出される。
これは占星術では金星に対応する。
物質ではオイル、水、液体、ガスといった不定形、無形のものは海王星の管轄なので、
薔薇のエッセンシャルオイルは金星海王星の両方を持つ事になる。
その香りから女性性を促し、抗うつ作用といったヒーリング効果が太古から認められた物質。

金星も海王星も受容する作用。
それも既にその体勢(器)が出来上がった状況で起動する惑星だ。

精神病院という海王星的な場所に薔薇園という金星な物質を置くという初めての試みを実現させた人が式場博士ということになる。
それまでの脳病院という場所は悲惨な状況を呈していた歴史もある。
それを変えたいという試みを実現させた人が確かに存在していたと。

今でも式場病院は一般に開放されている薔薇園のある精神病院として有名。
山羊ノースノードに蟹サウスノードという現実の義務と感情の制御、
現実に感情を理解させるという役目を全うした証しでは、と思う。


占いやらなんやらの話書いてて、自分でもふと頭おかしいよな、と思う。
目に見える現実生活の方がよっぽど大事だし、
目の前の諸々の作業をしている方が建設的だ。
魂の成長がどうのって言葉見たって、なんだそれってただヒマなんじゃねーのって思うな。

成長ってなんだよっていつも突っ込みいれてますけどね。
求めてやるもんじゃないしね。
絵だって上手に書いて褒められたいなんて思って書いてるうちはろくな作品描けないし。

ただ、せっせと地道になんか現実生活で好きになってやってるうちに、
気がついたら出来てる、何かが。
なんでもそんなもんだと。 誰かの視線気にしてるうちはダメってか。

まあ、そんな現実だと知ってて愉しくやれるかどうかってとこで、
なるべくスピ臭い話は避けたいなと思うんだけど。
やってみると結構難しいもんだな、そういうのが。 
次の蟹29°日蝕でカタがつくといいのになあ。

偶然、式場博士ってネイタルのノードが今年の七夕月蝕度数に近い山羊と蟹だったってのが面白いけど、
まあ、こんなのも深く考えん方がいいんだな。 
キロン(カイロン)メモ
海王星メモ続きの前に。

公転周期は50.76 年。
キロンリターンは50歳ということで。

占師は50歳からが本番みたいな話を読んだ事がある。
うむ。 
正直そのぐらいの歳の人から言われないと、なんか実感ないってのはあるな。
実年齢と精神年齢なんて別物だけどさ。

キロンの象意の人物としては占星術師。
それがあるんだろうと。
高度な医学(臓器移植、体外受精など)というのもある。
脳死は人の死という見出しが昨日の新聞に。
キロンはイギリスで「試験管ベビー」が成功した時に発見されたからだ。
偶然だけど、私はちょうど小学生向けの占星術本を読み始めた頃だった。

私は個人的に脳死が人の死かどうかは解らない。
ただ、臓器提供はしないだろう。
自分仕様に作られてずっと一緒に魂(表面は自我)と二人三脚で頑張って来た肉体。

最期を迎えるその時まで一緒にいたいというのが本音だ。
お役目を終えた肉体に、私は最大限の労いの言葉と愛を投げかけたい。
目に見えないスピリットだけじゃない。
肉体は自分のために限りあるという前提で精一杯ノンストップで働いてくれるのだから。
産声を上げたその瞬間から。

それを思えば、不滅だろう魂よりも、肉体を労って精一杯愛していかなければ、
人として生を受けた以上、申し訳ないのではないか。
その人の為に授けられた肉体は、その人自身のはずだと思っている。

神の子ゆえに傷ついても不死の身体であるがために、
死ぬ事もできない苦痛は人間には本来ないものだ。
ゼウスに頼んでプロメテウスに譲ることで死を迎えられたわけだけど、

安楽死、尊厳死というのはキロン(カイロン)の範囲なのだろうかとか。
高度な医学の発達のお陰で、大量の機器での延命治療も可能になったら、
その一方では畳で、自宅で死にたい、自分で死ぬ事と場所を決めたいという素朴な願いも現れたり。

死にたくても死ねなかった異形に産まれた神の子には、
いつも痛みや傷が何かを手に入れる前提になるようだ。

医師は社会的地位は圧倒的に高いように思われるが、
実際は医療ミスなどで訴えられるハイリスクな職業であり、
モンスターペアレントよろしくモンスター患者様にコンビニ診療までされて、
連続40時間以上の苛酷な勤務実態であったり。

だけど医は仁術なり、だそうだ。 
モンスター患者様は勝手に自分がやれもしない赤ひげ先生な人格を求め過ぎじゃないかね。

肉体を備えた人間には失敗と限界が誰しもあると。

末期患者への医療はどうなんだろうね。 ホスピスとか。
まだ発見から30年しか経っていないキロンにはどのサインのルーラーかも確定していない。
射手という説が出ているぐらいしか私も確認していない。
地球のルーラーを牡牛にという説ぐらいの感じかな。 


マンデーンも気になるが、医療占星術に興味がある。
脚が弱く体力もさっぱりで、遠足で見かねた上級生に手を引いて貰ったこともあった。
なんにしても人間の身体は産まれた時の身体こそがその人自身なんだと思う。
手を繋いで貰ったときは恥ずかしくて申し訳ないと子供心に思ったが、
素朴に嬉しかったなー。

二十世紀までは人生50年と言われた時代だった。
これからは単純に言えば第二の人生、価値観をもっと立体的に見られるってことで。
土星と天王星の取り持ち役だし。

優れた知性の持ち主ながらケンタウルスの姿で生きたケイロンの話なら、
また違う説得力あるのだ。
馬は海王星が産み出した、その馬の姿を半分持った神の子だ。
見た目に優れてご立派で身勝手な程に自分の思うままに生きる神々よりも、
濃い陰影を感じさせるからかね。

トラウマという言葉が流行ってるって言い方は意地悪いかもしれないが、
別にそれを持っているからと言って特別でもなければ、気の毒でもなんでもない。
自分のみならず、皆どこかにあると承知していればいいだけなんだと。

AC、PTSD、別に特別な疾患とも思わないし、昔はそんな名称がなかっただけで。

自分で気付いてない傷や疾患があるのが普通だ。
精神分析が流行ってカウンセリングが世間に定着し、
そんな時代になって存在に気付かれたキロンは、
普段は見えないもう一人の不自由さをかこつ「私」だと思う。
傷が出来る理由はキロンが知っている。

父親(土星)と、祖父(天王星)の間を取り持ったりする。
一度は断絶した世代を繋げるかすがいになるのが、
華やかに活躍する神々の教育係という地味な役柄と、
自ら死を願ったケイロンが担っているというのも面白いものだなと思う。

一度自分が「死ぬ」ことで、新しい扉が開く「鍵」という解釈らしいねえ。

↑らしいねえ、などと書いてしまったのはどっかからDLされたみたいな気がしたからで。
儚い星
海王星のメモ
これはいわゆる健常者と呼ばれている人でも魚、蟹サインが効いている人に多い。

「儚」 この字、まさに海王星だな...。
ヴィジュアルと律動感、音楽、色彩、溶けて消えるような透き通った夢とイメージ、
理想、陶酔、耽溺。


まだキロン(カイロン)、木星、と水瓶で運行中。
どんだけグローバルでヒーリングすばらしー!な炸裂なのかと思うけど。

海王星に限らず、天王星、冥王星、キロンといったアウタープラネットは扱い難い。
出来上がった社会性を一反は破壊するかの様な作用をするからで。
或る意味、産みの苦しみみたいな。 

そして社会構成に一番関係なさそな海王星。
先日、結構人気らしい或る精神科医師のブログ記事に思いっきり海王星的なお話が。
ご本人さんも元々海王星的素質があるからかな。

元はと言えば、「プレコックス感」というのを調べていて。
これは最初に感じられても、後から治療が進むと無くなったり、
途中から感じられることもあるという。
全ての精神科医やナースが感じ取るわけではないそうですが。

で、精神科の患者は皮膚が弱い人が多いというお話。

脳と皮膚は発生的な由来が同じ
(つまり胎内では皮膚が出来て、その一部が脳、脊髄を作っていくということ。)
なので、同じ様に弱るのだと。

皮膚白癬、爪白癬(つまり水虫)、足底角化症、蕁麻疹、アトピーですね。
魚サイン、海王星がこの環境を作ると思う。
足を支配するのが魚サイン。 
そこに土星のハードアスペクトが来た時に精神疾患と皮膚病、
このどちらか、もしくは両方を発症するという。
円形脱毛症もこれに関連して来るかも。

ちなみにアトピーは水星(双子、乙女サイン)の関連がかなりあると思われます。
自分の実感ですが、神経症的なものなので。

土星は肉体では骨と皮膚、歯、髪、膝を支配するので。
社会に出るための自我を律する鎧のような意志の持ち様を表している。
肉体でもそれを維持するための鎧の様な部分をね。

そしてヘルペスも出やすいと言う。
神経との関連ですね、これも。
海王星のみならず、ここにメンタルの水星と土星との関連も発症に関わると思うけど。

知的障碍を持っておられる方々は真っ白できめ細かい美肌の持ち主が多い。
水っぽく柔らかく、まさにもち肌である。
透き通る様なイメージの人が多い。
儚げ、という言葉がぴったりくる様子であったり。
実際、虚弱体質であったり。

虚弱、というのが正に海王星的体質であって、この星がダイレクトにトランジットで来ると、
とたんに心身が弱まってエネルギッシュな人でも弱ったり涙もろくなったりする。
精神性を穏やかに考える時期、内観であれば最適。

蟹といえば月がルーラーなわけだけど、これも水気を含んだイメージ。

月は0~7歳ぐらいの年令域で、まだ社会に認知されていない人(乳幼児)。
海王星は84歳以降、もう社会との関わりをとっくに終えた人(隠遁者、恍惚の人)。
現実世界を生きてはいるが、向こう側の世界との方が圧倒的に近いという共通項がある。

非常に親和性高いのは一目瞭然で。
細菌やウィルスに対する抵抗力の弱さ、デリケートさとか。
もう逞しく生き抜くとかっていう次元から遠く離れた世界の住人。

海王星がタイトにアスペクト取った時には普段からバリバリ働いて、
欲しいものは努力とパワーで掴んでやる、みたいな生活している人にも変化が来る。
力で自己実現しようとする考えが中心だった人が、
普段の現実社会では顧みられない人々への共感を感じるかも知れない。

イージーアスペクトならば緩やかにイマジネーションが広がり、
ハードアスペクトならば、海王星の力を無視して来た人には先に上げた様な精神疾患、
それに伴う皮膚疾患、アトピー、円形脱毛症と脱力感などに悩まされたりする。
先の見えない苦しみに苛まれるのは、価値やパワーへの認識の態度に鍵がある。

社会のお荷物的に思われて時に邪険に扱われる海王星的な存在に、
実は力では辿り着けない世界と目に見えない不思議な価値を知らされる。

形にとらわれず、誰も独り占めしたり支配する事の出来ない富や宝のような。
そんな恵みを与えられたひとときを海王星からプレゼントされたということで。

現実の目に見える価値と快適さと満足感は金星。
目に見えない価値と豊かさは海王星。
どちらにもそれぞれのヒーリング効果があるのです。



次は海王星と金星、式場隆三郎氏(アール・ブリュット)メモ予定。
夢見る宝石
セオドア・スタージョンですね。
表紙がミルキィ・イソベさんで、綺麗な文庫だったのを衝動買いしたことがある。
SFファンタジーって興味ないんだけど。

ちょっとエントリー続けざまになってますが。
肉食は波動(ってなんだそれ。)を低くするからスピ的に悪い、辞めろ的発言が、
少し前から見当たります。
これ、はっきり言いますが、危険ですね。

自分の感覚を見極める事だって時間掛かるのに、
こんなの他人の言葉を鵜呑みにしがちなミュータブルや、
海王星効き過ぎた人には危険過ぎる。

話の出所を辿ると、どうも某ミュージシャンらしい。
マスコミに出ていれば公人扱いとして名前を出そうかと思いましたが、
煽ってるみたいでそれもみっともないかね。
彼は大学も頑張って早稲田の政経に入ったり、後にホメオパシーなど習ったり、
真面目なんでしょう。
精神性を突き詰めたがるのも解る。 
ミュージシャン、アート関係者はイタコ的な側面あるとは思う。

この手の事にハマって自己主張したがるのは男性が多いです。
自分のやり方が唯一素晴らしい的な空気が漂っているんです。

全体を見る、俯瞰する能力を持っていれば、こんな発言や出版は無いと思うんだけど。
観えない世界は人の自我の中で創造する以上に深くて広いだろうに。

ちょっとした妄想を。
その中にはそれってどうよ、って思いたくなる様な主張を吹き込む存在もいるだろう。
中途半端な正義を吹き込んで来るのもあると思う。
そんな時に自我を捨ててはいけないと思う。
自分の肉体と精神を簡単に何にでも委ねる事には反対だ。

何のために産まれたかって、それは自分がこの現実世界での何かを掴みたいからだ。
誰かとの関わりも大事だけど、それだって見極めには時間が掛かるというのに。

女性だと、途中で何かがおかしいと気付いて離れる場合が多いです。
男性でも女性性、陰の要素が強い人は同じくその辺に気付きやすい。
しかし男性で陽の強い人は気付き難いようで、自分の精神論と知性でなんでも行こうとする。

彼のチャートを簡単にソーラーで出して、うーん、って感じだ。
獅子の太陽天王星が1°差でタイトに合。
水星も獅子アスペクトはイージーながら独断的なニオイがする。
月は双子前半か牡牛後半か微妙だけど、火星も双子。
言動が突っ走ってないかな。 立ち止まる必要を教える人が傍にいればいいんだけど。

一番気になるのは魚のキロン(カイロン)。
オーブは広くなるけれど、これ獅子の太陽とオポジションになる。
乙女の冥王星と1°差でこれまたタイトにコンジャンクションした金星ともオポジション。
かなり微妙なチャートを形成している。
ノースノードは乙女15°。 乙女のど真ん中度数で、対抗サインの魚の要素が隠れている。
サウスノードは魚なわけで、あまり魚的なところには距離感をおいて眺めるぐらいがいいと思うけどな。

これまた面倒だなあ。
魚、海王星にはファンタジー、霊妙さ、壮麗さの他に詐欺行為、自らを欺くという意味もあるよ。
魚のキロン、やっかいだなあ。 
いまどきの言葉で言うチートな空気がする。 しかも0°か、過剰だな。

獅子の善い所は面倒見の良さと明るさだけど、賞賛を受けたがるオレ様女王様体質。
独断的で権力を欲しやすいところから断定的な自己主張する面もある。
月が獅子の私からすると、本当に多彩な獅子サインの面が見えてしまう。
しかもその獅子の太陽が後半の度数か、ちょっと面倒だなー。

自分の精神性への惹かれ方やメンタル面の弱さに気付き難そうな空気だ。
双子火星と蠍海王星が2°差だが、クインカンクス(150°)。
これか。 かなり面倒な。 音楽だけを真面目に追求していればと思うのだが。
海王星、木星土星はイージーも多いので仕事には困らないようなのだけど。

この裏には何があるのかなと思うが、
水サイン、アウタープラネット(特にキロン)のマイナス面を感じる。

変な存在の囁きを真に受けてないかな。
自分の身体に取って善かったから、他の人達にも善いとは断定できない。
本当は人と自然の間の自由度と高さがお互いを豊かにする様な気がする。

乳製品、卵、肉類をスピ的理由で悪だとして避けようとする主張。
乳牛、養鶏場の鶏、食肉用の動物の管理は酷い、
鶏なんて、ストレスで突き合いしないようにくちばしカットされるの可哀想でしょ、
という様々な主張。
手を変え品を変え色んな囁きがやってくるね。
そんな現実がある社会だとして、すぐさまヒステリックに否定しているのはいかがなものか。
魚オーバーロードな自分だからこそクールに思うね。

はっきり申し上げるがスピ系を謳ったその手の本で肉食を悪と断定しているものは、
実際にその著者に妙な存在が囁きかけてやしないか?と感じる。

こういうのも、自分の感覚一つを信じてやるところから、自然と解ると思う。
人の声のトーンとか、ネット上のテキストからも何かを感じるものです。
マズい、ヤバいなという空気感じたら、離れるのがベスト。

総意、というのは一言では表しきれない。
このお陰できっと私たちは命をこの地球で長らえている。

ルル・ラブア氏が生前、エッセイで、この地球は未熟な魂の流刑地であるという説があるが、
たとえこの地球が魂の牢獄だとしても、あまりにも美し過ぎる、と書かれていた。

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この地球は確かに美しい。
私は牡牛ノースノード、蠍サウスノードだから、この肉体を持って大地に産まれてこれた事に今さらながら感謝している。
肉体を持って生きる、なんでも頂いて愉しく現実世界を暮らして終えたい。
それがなによりカルマ解消だと感じているけれど、体質のために肉食べない人だっているのだ。
その人それぞれにちゃんと愉しい暮しが用意されているのだ。

総意はそれを支えてくれている。
多くの動植物、鉱物、元素の支えがあればこそだ。

そんな世界の多様さと優しさと煌めきを放つ宝石みたいな地球で生きられるなんて、
これが流刑地だとしても贅沢だと思う。
そこを歪なスピかぶれの暴走で壊されるのだけは残念だと思う。

こんな時に陰の受容の要素の肝心なところを実感します。
緩さ、大事。

現実の肉体と精神の有り様、日々の生活や環境や立場は千差万別なのに、
これこそが正しい、絶対であるとはとても思えないな。
波動という言葉を出してまで相対性を無視した発言や文献を出すことはいかがなものか。

波動という言葉も食や人の生活の中で軽々しく使う姿勢には疑問を感じます。
その人の内側にどんな要素や存在がその感覚やイメージを伝えて来ているのかと。

相対性を無視してこれが正しい、とスピリチュアリティを標榜して語る人物に対しては、
拒否はしませんがキッパリ距離を置く様に努めています。
飽くまで市井の一占師、占星術師の目から見て、ですが。



この現実世界では「事実」というものは存在しても、
「真実」というのはやっぱりメルヘンかもしれない。
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だいたい本読んでるときは何冊か平行して読んでるんだけど、これが善いようで。
一冊の本にガーッとのめり込むということは少ない。
気に入ったら(資料的な意味でも)繰り返し読むけれど、一冊の文献だけを突っ込んで読む事はない。
引き込まれたのは随分前のフィクションならアゴタ・クリストフ三部作ぐらいか。

翻訳物というのは、文章のリズム感に優れた人が訳してくれるとありがたい。
フィクションものに寄っては、多少の意訳も入るかも知れないが。
大雑把な自分は本来の筋と面白さが維持されていれば、あまり気にしすぎない。
この一冊は文章がいい。 端正であるということは善なる何かを感じさせるので。

web翻訳というのをたまに使うけど、実質「使えない」文章にしかならない。
子供ですらできる会話の組み立てが、ロジックだけでは実は無理というのがよく解る。
情動、表現力というのは、知性だけでは到達できない要素だったりする。

合理的な知性、論理的思考とされるものだけでは、人間の生きる上での行動を決定づける事ができないという現実、
やっとこの本が出版された90年代から認知されだしたわけだけど、
シトーウィック医師の調査と研究結果が発表されて随分経ったから、
今はもっと調査研究の現場では新たな発見が常識となっているんだろう。

この世に常識として定着するには現場での発見から100年掛かるそうな。
じゃあ私は、機械(人工知能とか)が夢を見たり愛憎の念を持ったりするような世の中を見る事はないんだなあ。
ちょっと寂しいけど。(笑)

情動というものが持つ力が創造性を後押しするという現実。
アート関係者が自分の内面のイメージやものの見方が世間的に理解され難いとしばしば感じるのは、
ヴィジュアライズ(海王星の管轄)の能力には個々の違いが大きいのを知っているからかな。

精神世界でいう至高体験というのを論理のみで語りがちなのも変だし、
かといってその手の体験や感覚をあまり有り難がってすぐさま天使が神が、
と騒ぐのもどっちもどっちだねえ。
どっちにしても何かを信じたがるのは、自然と受け入れるのとは似て非なるもんだと。
ただ普通にそこにあると思った方が何か楽になる気がするんだけど。

翻訳物でもここ一、二年はノンフィクションが多くなったかも知れない。
殆どが占星術関連と多少のヒーリング関係なのだけど、
ニューエイジやその手の人達が使う用語って嫌いなので、天使関係とかは少なめ。
安く古書で買って読んだ後もまた売ってしまう事多いね。

どの存在であれ、むやみやたらに崇め奉るなんて事は極力しないほうがいいだろうなあ。
神社仏閣みたいな所で手を合わせる程に実感しますけどね、
自分の感覚を何より信じてやろうという。

味覚や音を感じる時、文字や数字を見た際に物体の形や色を共に感じる人々の世界は、
その昔は普通に認知されていたのだと言う。
音楽家は音のイメージを色で認識し説明していたり。
(音楽家で言えばリスト,メシアンなどがそういった能力を持っていたと言う。)

その昔は常識だった事がいつのまにか忘れ去られていたらしい。
最近まで埃を被っておざなりになっていた内面世界の事実に気付いた人が話し始めると、
周囲の医師などは論理的な視点からは馬鹿げていると速攻で拒否られた。
これがまだ1970年代の話。

共感覚は長らく封印されていた事実で、魔女狩りを怖れる様に感覚の保持者は堅く秘密にしていたという。
「科学的」な思考の人達からすると、ありえないと烙印押されて、
精神異常者扱いを受けるぐらいならこの感覚や記憶は墓場まで持って行けばいいと。
統合失調症という病名は、しばしばこの手の感覚の保持者、
または学者の間では巫病(ふびょう)と言われる状態の人に当てはめられがちだ。

それが1980年代前半にマスコミに公表された。
長らくそんな時代を過ごした後に、この事実を発表された時代というのは、
確かに転換期だったんだろうと思う。

キロン(カイロン)的、天王星的、海王星的な本だなあと思う。
インターネットが人の思考や情報をどんどんボーダレスにしたおかげだろう。
自分の感覚と同じ様なものを保持する人は世界中に存在している事実に、
どれ程の共感覚者が救われたことかと思うと、
「配慮」「手配」というのは確かにあるんだなあと。

ウラノス(天王星)はヴィジュアライズ、霊感、ヒーリングの機能を象徴する魚サインで、
長らく切り離されてきた最先端テクノロジーと見えない世界とをダイレクトに繋げてしまう。
こんなイメージの世界は大昔からあったという事実を温故知新として明るみにだしているのだ。

水瓶サインの中で現在この三つの星に木星が固まって運行中なのだけど、
オカルトと一蹴する様な紋切り型な「知性」ではもう追いつかない状況にあるんだな。
一足先にジュピター(木星)が魚サインに来年入って行く。
その前にサターン(土星)が現実的な乙女サインからビューティフルでバランス感覚に優れたエクサルテーションである天秤サインに入る。
土星の最高潮のパワーがお膳立てになるのかなあ。

その後をゆっくりとケイロン(キロン)、ネプチューン(海王星)がやってくる頃には、
世間が情動が知性を底上げして現実に使えるものにしている事実にどこまで気付くんだろうと愉しみにしている。
月読神社 松尾大社
今日は七夕で山羊15°での月蝕です。

社会性と所属するグループ(組織、家族)と自分との兼ね合いをテーマに。
いい機会と思います。 
月なので内面、感情の大掃除として現実の影響を受け取ってみてください。
入っているハウスやアスペクト考慮で。

家庭や組織や社会の中で嫌な眼にあった、嫌いな人に出くわしてしまった、
そんなシーンでの感情も揺れを、山羊の落ち着きと威厳、
蟹の受容と共感を自分の精神の中でどんな風にブレンドできるか。
ふと見たTVや映画、本の中の言葉や周囲のなにげない一言がキーワードだったりします。


昨日は松尾大社と月読神社へ。
松尾大社へ先に顔を出してみると、ちょうどご祈祷の最中だったので、
愉しみにしていた月読神社を先に参拝することに。

月読神社1

ひんやり静かなのに光いっぱい。
どこのお宮さんを訪れてもそうなんですよね、ありがたい。
湿った土や緑の匂いと水音と白く柔らかい光に満ち満ちている。

月読神社2

手を合わせると、手のひらが熱い。
静かで穏やかなのに男性性?らしき感じが。 静かな情熱みたいな。

月読神社3

隣は幼稚園、すぐ向かいには児童公園。
子供達がすぐ傍にいて賑やかだから、月読命も愉しくしているのかも。
月は占星学では感情、幼少期、家庭、母親、パストライフetc.と言われているけれど、
そこに男性性の要素を持っているというのは興味深いです。
性を超越しているのかな。
そういえば、0~7歳までの幼児の間はまだ性的には未分化な感じがします。

七夕でしかも月蝕という時期に訪れることが出来た。 
嬉しいなあ。

再び松尾大社に戻って。

松尾大社1

訪れる方々は平日だからきっと地元の人じゃないかなと。
参拝客の皆さん、飾り気の無いニコニコ顔で庶民的な馴染みやすい空気。
おおらかな気風ですね、このお宮。
ちびっ子連れの家族、年配のご夫婦などでおっとりのんびりと。

七夕飾りがあるとは知らず。 なんだか来てよかったなあ。
いっぱいの短冊が虹色に見えたりして。

松尾大社2

大山咋神はお酒の神様だからということで、
地酒なのか珍しい初めて見る銘柄の酒樽いっぱい。

松尾大社3

本当は磐座まで行ってみたかったのですけどね、
ちょっと季節柄暑いので雄大なお山を仰ぎ見るだけに。

帰りの嵐山線の電車の中で、なんとなくドラえもんのエピソードを思い出してしまった。

のび太くんが学校の裏山が大好きで、ずっと入り浸ってしまう。
お山は平和でいじめられっ子で勉強も苦手な自分を無条件で受け入れてくれるから。
その様子を見たドラえもんが精霊呼出し機って未来道具を出して、
山の精霊にのび太くんがこのままでは現実生活を投げ出してしまうので、
どうか説得して家に帰る様に促して欲しいと頼む。

精霊は最初こそドラえもんの頼みを拒否するんだけど、
人であるのび太くんの本当のしあわせを願って、
最後は敢えて厳しい態度で山から追い出してしまう、
そんな切ないエピソード。

精霊は女の姿で現れるんですが、この時には小さな山の精霊から女神になったのかもなあと思ったり。
弱った人を受け入れるけど、いずれはちゃんと人としてこの現実世界でしあわせに。
そんな風に存在しているみたいな。

「千と千尋の神隠し」でもハクが千尋を助けた思い出が蘇った事で、
龍から小さな川の神としての自分自身を取り戻すというシーンを思い出したり。

パワー以上に思いやりを人に示せるのが神という存在なのかな。
何も観えないけれど、いつでも静かにそこに居る、というイメージ。
七夕だしね
別にこのタイトルシリーズで続けるというんじゃないんですけど。

金星火星メモ

いわゆるモテってヤツに関わってくるので、これ真剣に読む人とかっているんですかね。
というなにげに意地悪いことはさておき。

金星は♀。 火星は♂。
惑星記号はそのまま生物学でも雌雄の記号として使われるので皆よく知ってる。
そのぐらい、恋愛感情って無視できないんですよね。
繁殖に関わるから。 
自分の命を次世代に繋げたい、その前の感情が恋愛とも言える。
100%とは言えないだろうけど。

個人的に金星火星のアスペクトは生命力、バイタリティを感じます。
火星を金星が応援すれば、特にそんな感じ。
金星を火星が応援すれば恋愛盛り上がるみたいな。

それぞれの星の品位大事です。 その人の女性性と男性性ダイレクトに出るので。
金星と火星がアスペクトを取っている人は、
心の中の鋳型に常に男女の出逢いと恋愛が標準装備ってことで。

とはいえ、必ずしも恋愛体質とはいえませんよ。
関心強過ぎて、恋愛シーンを逆に遠ざけてしまう人も多いです。
鼻息荒過ぎたり、余計な事して恋愛の空気をダメにすると言う。
図らずもそうなるんですね。 

恋愛シーン作り上げるにはお膳立て必要ね。
これは月と木星、土星の応援も必要ね。
いざ結婚となると、正にこの三つの星必要。
金星と火星の相性だけでは結婚続かないです。(キッパリ)

付き合うと付き添うとは次元違う話ということで。

金星火星様相は、得てして男性の方が得します。
女性は不満要素でやすい。 女性性を男性性に攻撃されるとこあるので。

金星と火星のコンジャンクション(0°)
巷の占星術本では恋愛体質と書かれがち。
必ずしもそうとは。 
ただ、勢いはあります。 故に周囲からドン引きされる事もある。
女性は不満要素でやすい。 結婚してても旦那や彼氏に愚痴とか。
男性でこのアスペクトあれば男性性を応援される感じ。
月や木星、水星とイージーなアスペクトあると、本当にモテ要素満載。

スクエア(90°)オポジション(180°)なら女性は特に緊張感あるので、
これも品位やハウス見るけど。
恋愛シーンで喧嘩しやすいなどの要素出たり。
調停する星があるといい。 
ネイタルでなくてもトランジットやシナストリーで使うとか。

イージーだと比較的楽かもしれないが、やっぱり女性には使い勝手は男性と比べてイマイチ。
金星は金銭、安楽さ、日常の快適さでもあるので、男性は愉しくしやすい。
女性は火星からの攻撃力を刺激、バイタリティ、情熱と受けとめてみる。
愛情に情熱と程よい刺激と元気のスパイス効かせるのだー。

金星火星のハードアスペクトであっても、どちらかの星の品位がよければ、
恋愛の失敗を乗り越えて、イキイキとその後もやっていけたり。
品位の高い星が、その人を支えてくれるみたいです。
ディグニティやエクサルテーションとされるサインの惑星が、
その人の前向きな方向性を示しているようで。
これはどの星にもどのアスペクトにも共通。

古典からのディグニティは、かなり使えます。
その星がイキイキとしていられるサインに入っていると、
いわゆる「気付き」のシーンに遭遇しやすいようです。
ハウスアスペクトもそこで考慮してみるとかね。

その星の気高さと煌めきを示すのがディグニティとも言えるな。

愛情のみならず、職業選択にも金星、火星、全体の星のディグニティを考慮ね。

私たちは肉体を持ってこの現実世界を生きる事を選択した生命体なのだ。
金星と火星が肉体を支えるパワーになるように、そう使っていければ幸い。

プロフィール

Gatos Blancos

Author:Gatos Blancos
占星家

ある日とある街角でタロットカードと西洋占星術の再会から始まったとりとめない憶いの記録

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