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鱗粉薬
鱗粉薬 増補改訂版鱗粉薬 増補改訂版
(2009/05)
津野 裕子

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月曜日に貴船にいって、水気の多い場所で愉しかったなーと思ったら、
今日なんとなく入った書店でなにげに見つけて購入。

津野裕子という人を知ったのもやっぱり90年代で、
その頃はまだ「ガロ」も読めたわけです。

まあ、どうしてもサブカル、マイナー系になってしまうのも辛いとこですが、
やっぱり引き込まれるのだから仕方ない。
採算とるとか、そんなことが二の次で好きなイメージ優先、
という空気の作品がつくづく好きなのだなあと思うけど。

彼女の描く作品は、はっきり申し上げてこれというオチがあるわけではない。
水のイメージがそこそこにある夢をそのまま漫画と言う表現方法で提示しているとしか思えない。
魚、海、蜃気楼、竜宮、船上、水のイメージと植物がそこここに登場する。
丁寧に描かれたシーンが続くが話は取り留めなく、
皮膚は不思議な柔らかさを感じさせるのに、体温はあまり感じさせない気がする。
人物表現自体水っぽい、実に水気の多そうな肉体に描かれていると思う。

元々9年前に出版されて既に読んでいたが、増補改訂版として出ているのを一目見て衝動買いしたが、正解だった。
新版には未収録でこの度初めて完結編まで書き下ろされた「水海(みずうみ)」という作品に釘付け。

ヒロインはギリシア神話の海神オケアノスの娘である川の女神というファンタジーだが、
これが素晴らしい。
人魚や気象を司る青年の様な神々、狂言回しをお役目をする魚や鳥も丁寧に描かれていて愉しい。
杉浦茂のパロディまであったり、なかなか。

カガミゴイを川の女神に見立てるという発想がいい。
津野さんは金魚が大好きらしく、水棲動物には格別の愛情があるようだ。
海や山、蜃気楼と言った自然と水気が豊富な地方で生まれ育った魂が描かせたんだろう。

水神、水源の女神のところに遊びにいったら、妙なご縁が再び付いたようで。
私が帰る家
アングルって大概、その人の第一印象であるアセンダント(ASC)かミッドヘブン(MC)が重要視されるんですよね。
通常、相談事というのはこれからどうするか、という話ばかりなので。

先が見えないから余計に近い将来を知りたいんだけど、
未来はとりあえず現在の状況の続きなので、その人の本質がやっぱりどうかということで。

私はもっとIC、DSCを重要視していった方が善いのではないかと思う。
自分がなぜそんな風に感じるのか、というお話。
まずIC(同時に4ハウス)のメモ。

IC(Imum coeli)は天の底。
そこは養育してくれる親、実家、潜在意識の底、晩年として観るのだけど。
(その人を養育してくれる親というのはドナ・カニンガムの説で、私はこれが一番腑に落ちた。
 一般には母親、父親のどちらか、もしくは異性の親という説が広まっている。)

天の底にその人の実家、最後に帰るおうちがあるのだ。
そこは天の天辺である社会で見せる顔、MCを使って疲れた時に戻る場所であり、
自分と同じ潜在意識を共有する仲間がいる場所。

疲れた時にはICを調べるといいです。
そこに自分にとって懐かしさ、安心、ほっとする要素、緩むところ、
親しい人、馴染んだと思われる間柄にしか見せない表情があります。
ICはプライベートを共有してもいいと思った相手にだけ見せると思う。

疲れたらICの要素がでます。
精神衛生、心因性の病気はfeelingとsenseの月とメンタルの水星で観るのだけど、
アングルではICも。

その人が何に安心していられるか。
そんな状況をICが示唆しているので。
人は安心出来る何かを知った時に、また世の中に打って出ていく準備ができると思う。

疲れたら戻って休む家がICで。
そして、ここは時間で言えば午前0時を表す。
MCは午後0時である昼の天辺ならば、ICは夜の天辺である。

心身のためを思えば、午前0時には床に付いて休むものだ。
眠っている時は一番無防備な時間。
そして、眠っているときは、だれかと意識が繋がっている時だからだ。

ロシアである老婆が全く眠れなくなったと言う。
医者にも原因不明で、結局眠れなくなったことで彼女が感じた事は例えようも無い孤独だったという。

集合無意識と繋がるときを持てない、昼間のコミュニケーションとは違う繋がりが持てなくなった人生。
眠りとそこでの様々な繋がりが持てなくなった時、
普段の生活で話をする人がいるいないに関わり無く、
どうしようもない底なしの孤独を感じたのだと言う。

ICは誰かとの繋がりに強く関係しているのだと思う。
その繋がりに安心していられるから、その反対のMCもイキイキしてくるのだ、きっと。

人には帰る家があって、誰かとの繋がりを確認できた時、
自分に取っての「しあわせ」の元を確かめているのだと思う。

ICという記憶の奥底には、安心と受け入れの要素がこれだと表示してある。
その人の魂の家族が天の底にいて待っていてくれるのだ。
顕在意識が引っ込んだ眠りの時間にだけ逢える家族なのだと思う。

この現実世界が天涯孤独であったとしても、実は誰にも眠りの中で自分の家族に逢っている筈なんだと思う。

どんな「私」であっても、受け入れてくれる誰かが天の底にいると。

そう信じてみるのも悪くない気がする。
貴船のおかみ
貴船を訪れてみました。
叡電の貴船口から歩く道行きで綺麗だった躑躅。
青みがかったピンクで、下界で観るとのちょっと色合いが違って観えたり。
紫外線量が違うからかな。

サムネイルクリックすると、大きくなります。
花

奥宮の門の手前には、手水と柄杓あります。
手と口を清めて入って、帰るときは手持ちの石をこの水で浸したりとか。

奥宮 神木

御神木、杉だったかな。 ご立派。
旧い祠が杉と一体化。

奥宮 樹

奥宮の建物の前は工事中か、白いシートで覆われたプレハブみたいなので、その陰に入らないとお参りできないという。
外側から全くお宮さんが観えない変な状態でねー。
なんかえらい窮屈な感じに。 ちゃんとお参りしましたです。

参道 樹

奥宮出ての帰りの参道の様子。
凄く立派な樹々。 真っ直ぐ伸びた幹に緑にうっすら苔。

道行きが愉しかったなー。
料理屋さん多くて、川床がいっぱい。  
そっちに目が行きましたな。 
いやー、こんなとこで鮎食べてのんびりできる身分になりたいもんです。

本当は出来れば鞍馬口で降りて、去年の九月も行った鞍馬寺本殿も再び廻って、
ゆっくり参道歩きたいのですが、脚が持たないので。
参道もなんとなく、奥宮の真っ直ぐな杉のところしか通りませんでした。

でも傍の道路沿いの料理屋観ながら歩く方が私は好きだな。
なんたらパワースポットとか、全然解らないので。
行ってみて解った事は、自分は本当に鈍いということで。

ただ、奥宮はすっきりしていて、鳥の声もよく聴こえる。
静かで穏やか、平和。 空気自体に水気がある。
苦しい人程、行った時に何か受け入れられるとこを感じるのかもしれません。

とりあえず現世利益的な感じの話はさておいて、
ゆっくりすれば、みたいな感じだからじゃないかな。
俗にいわれるパワースポットっていっても、そんなパワーとか解らんしなー。
オカルト解らん。

おかみは女神らしいですね。 
じゃあ、むしろ男性が行った方がいいのかな。
女では親和性高過ぎるだろうし。
あそこいてると、すっきりするのは確か。
特別どうこうじゃなくて、精神の垢や澱が取れるという感じですかね。
グワーンと何かが湧き上がるってのじゃないと思います。

レイキシンボルとかお参りの時に使ってみました。
 
料理屋さんや土産物屋さんがある道筋も川のせせらぎが聴こえる。
雪の下がいっぱい咲いてて、可愛い。
お店の人がせっせと材料運んだり、仲居さんが先輩さんから仕事の指示受けている。
まあ、そんな普通なとこが愉しかったかな。

行きの道行きがやたら左肩の凝りを意識してたんだけど、
奥宮に入るとそんなのも抜けるし。
でもまた書いててまた左だけ肩凝りしてるな。
いつものことだけど。 

厄神明王さんと共に貴船のおかみの居場所をイメージしてレイキしてみるかな。

参道そのものは気がついたら、何故か避けてしまったみたいだ。
まあ、いいでしょう。 奥宮まで行きたいなーと思ってたので。
帰りに御神馬のピンバッジとペアの土鈴を衝動買い。 可愛いー。
帰ってからレイキしました。 リーディングルームに置きます。

先月ぐらい、そういえば貴船って行ってないけど、どうよ?ってアクエリアンタロットに訊いたところ、
えー、なんで行かないのー、行ってくればいいのにみたいな展開だったので行って来たと。
PentacleのAとかそんなのとこが結構印象的だったような。


土鈴


写真でも樹々が少し靄が掛かった感じですが、水気が多い土地柄だからかね。
まあ、それとデジカメの性能ですな。
頑張れ300万画素。

楓の花

おまけ。 貴船口の駅にいっぱいに枝伸ばしている楓の花。
こんな可愛い面白い花なんですなー。 今の時期だけ。

奥宮、今思い出してもなんかいい感じだというぐらい。
でもまた、行きたいなー。
今度はちゃんと鞍馬寺も再び行って、その後奥宮って行けたらいいんだけど。

でも一日仕事だな、それ。
Solid
或るミュージシャンのネイタルチャートを観ていて、実に興味深かったのでメモ。

彼には乙女で月を含むオーバーロードがある。
今、乙女土星はやっと先週からダイレクトになっているわけだが、
そこで今彼の過去のアルバムの再発など、
「この1年間で9枚リリースという事になる。」という状況。
非常に興味深いです。

乙女の天王星冥王星世代ということで、この同世代には今までの総決算の時期でもあると。
ネイタル(以下n)冥王星にトランジット(以下t)土星が来ると、本当にそうなる。
過去の実績、仕事のやり方を振り返ってみたり、大概どこか反省モードになったり。
これからどんな風に頑張って行こうかと言う指標を建てざるを得ない。

彼の場合は過去に発表したアルバムの再発というプレゼントが土星から貰えたみたい。
よかった。 インディーズで出したもので、ブラス好きな人には名盤とされていた。
長らく廃盤となっていたのが復活したのだった。

n天王星の後押しもあったろうけど、こつこつと他のタレントのサポート、
アレンジなど地道に実績作って来たことが今、花開いたのだなー。ヽ(´ω`)ノ。

ご本人さんはこの状況を「尋常ではない」と書いているけど、
まあ自分自身がなによりびっくりかも。

n土星は水瓶で、t木星海王星キロンが通過した後でもあり、
音楽家、アート関係者であれば有利に働く。
tノースノードも水瓶通過後だしね。

やっぱりトランジットは木星だけじゃなくて、土星との相乗効果です。

この後は少し落ち着くかな。

n火星も乙女で細かい作業やリテイクも厭わず、職人仕事をこつこつとこなされているようで。
乙女の月は火星とコンジャンクションしそうだ。
落ち着いた仕事ぶりでも、ブログのエントリーからは結構な負けず嫌いさを感じさせてくれていたので、
ひっそりと応援していたのだった。

n太陽水星こそ獅子だけど、火のサインが利き過ぎると製作現場では逆に厳しかったりする。
火のオーバーロードは大言壮語の傾向が強くなる(特に男性)
土星が巧く効いていないとさしたる実績も作れず。
現実のスタジオでは妥協の連続だと思う。
乙女で外惑星、月火星のオーバーロードが熱くなりすぎない、
実務型のパワーを後押しして来たのか。

n土星が古典からのルーラーでもあるし、n太陽も含めてルーラーを持っているというのは強いね。
n金星蟹がノースノードと合で、元々人気や食べるにも困らない生活を保証してくれているようで。

n牡羊木星はt水瓶木星とのセキスタイルだけどこれだけでは弱いので、
やっぱり総合的に観ないとね。 
ネットじゃ木星のラッキーをやたらに強調するのもいいけど、以外とそうでもない。
今まで自分で誠実にやって来たなりの結果が考慮されてるので。

土星もだけど、思いを形にするのは地のサインの役目なんだなーと。
地のサイン、土星にはSolidにするというお役目があるので。
自分にとっての価値ってなんだろうと思ったら、
ネイタルチャートの土星と地のサイン調べるといいですよ。

検索ワード

SOLID BRASS
石のリーディング結果 その後
先月ぐらいに気付いて、エントリーどうしようかと一月程ぐるぐる頭巡らしていたこと。

以前、石を頂いたお話で。

こちらはプログラミングしていただいたキャストライト、
こちらがプレゼントでいただいたクオーツ原石。

タロットでの結果が、まんまその人のエネルギーを反映しています。
蠍座の太陽のeshasさんのタンブルは水の元素のCups、
壱~零さんのクオーツは地の元素のPentacleと地のサインの法王。
法王は牡牛座に対応するんですが、壱~零さんは山羊座の太陽。
カードは慈悲という意味の方を強調して伝えて来たのかと。

石が送り主のエネルギーをダイレクトに伝えて来ているという、
解りやすい結果でした。
貰ってすぐには気付かず、最近になってあ、そうか、という感じ。
そんなタイミングだったのか。

Detoxification
まあ、それでも健康ってのは大事よね。
精神性ってうっかり独りよがりなモノにすがりつくのも、
ナチュラルやオーガニックにこだわり過ぎるのもどっちも孤独なニオイがする。

生理痛が酷いと悩む向きには、しばらく(ほんの一週間程度でも)白い砂糖を摂取しない、
甘いものをなるべく遠ざけるだけでも症状が緩和するという。
つまり、それだけその人の肉体には精製された糖が過剰だったということだろう。

だけど脳や肉体使って作業した後には飴やお菓子を口にする事は理にかなっている。
程度の問題なわけで、そういうことは自分の身体と相談して決める話なんだな。
誰かがそういったから、雑誌や新聞やTVがそういってるから、じゃなくて。

オーガニックとかなんとかダイエットって記事と同時にスイーツ(この言葉リアル会話で言えないぞ...。)特集って平気で組んでる雑誌も、
或る意味必要なのかなー。

「とにかく」じゃなくて、どうしてそうなのか、を確かめるぐらいの余裕は欲しいもんだ。
自分と他人様の身体の具合や仕様は違う。

そうそう、冥王星がネイタルチャートの1Hに入室している人はアレルギー、
アトピーなどに悩まされる場合もある。
幼少期にそれが出る人もあれば、もちろんならない場合もある。 
産まれた時に得た体質や本人を取り巻く環境が突然変わったりすることがある。

ASCにコンジャンクションしていると、目の表情に本人が気付かぬうちに異様な光を帯びてしまっている場合もある。
やっぱり難易度高いプラネットだよね。

しかしまあ、飽くまでここから書く事はは私が得た感覚だけど。
この観え難いパワーの凝縮した星を本人さんが率先して使いたがっている様な。
そんな目的で産まれて来ている様に思えたり。
そのためには苛酷な環境に産まれたりする場合もあるかもしれないが、
なにより自分自身がパワーを持ちたがっているのだ。

ネイタルで1H入室、アングルにコンジャンクション(プログレスの場合も何かある。)、
太陽月にコンジャンクションというのは、
本人が周囲との対立など(往々にしてご本人が気付かぬうちにそんな設定にしている)、
食うか食われるかぐらいのキッツい状況設定にしてでもパワーを持ちたいようだ。
どこか毒々しい感じがするけれど。
そこまで「徹底」させたい何かをどう周囲と摺り合わせて生きていくか、だな。

やっぱりこうなると使える方法は木星土星のソーシャルプラネットを積極的に活用か。
水星、金星、火星は自分だけが使っちゃうからなー。

自然界には沢山の毒物がある。
猛毒劇毒と称される毒を体内に持って生きる生物はゴマンといるのだ。
何万年も掛かって得た能力は一方では生きながらえるため、一方ではそれで命を落とす存在もあるわけで。
善悪なんて分けようがないでないの。

ちょっと話がそれるけど、
最近の研究で判明して常識となった事実では、群の中でチンパンジーは子殺しをする。
普段から自分より小さな別の種類の猿を獲物として襲って引き裂いて食べてしまうが、
殺したチンパンジーの子も同じく自分達で食べてしまう。

人から観れば残酷かつ不条理と思われることでも、
まだ人が知らないだけで重要な意味のあることかもしれない。


冥王星がマイナスにしか使えない場合は自分が気に入らない事項は「とにかく」で決めつけてしまう。(独断と偏見)
プラスに使えたら「どうして」という問いかけから深く考えて突き詰めて何かを見つけられるのだ。(探究心、暗黒面に光を当てる)
それは自分独りだけで閉じこもってしまっては使えないプラネットであり。

自分に取って見えている世界、観えていない世界とがある、と仮定したところで、
様々な人や環境と出逢って「変容」を遂げた末に感じる光を放っているプラネットなわけです。

冥王星は「膿み出し」を促すようだ。
やはり外に出すんだなー。 デトックスプラネットかな。

こんな事を書いているのも、自分で思った事、気付いた?かもしれないことは外に出してしまう方がいいからです。

そうすると、また新たな何かがDLされてくるのかも。
ま、そうだといいんですけども。
弱い光 another
世はよりフィジカルでオーガニックでナチュラルなアテクシになりたい人がいっぱい。

反抗的なと思うが、私は肉もインスタントも平気で食べている。
ジャンク万歳とは思わないけど、べつにーって。

世はスピリチュアルな理由とやらでベジタリアンになる人も多いのだ。
肉は波動が低いから、屠殺の恐怖が肉に宿っているから悪い、いけないものだそうで。

え、でも雑食性だしね。
好きにすればいいんだけど、肉食べる人を批判するのってどうかな。
結構な有名人がそういうのを公式に行っているのを観ると痛いものだ。
かといって正面切って相手にするのも自分でしょっぱい気分だな。

たった一つのカップラーメンでも、その開発と実現の願いや情熱は目に観えない。
「るきさん」の中でえっちゃんが「とにかくテンカブツとゲンパツは悪よ!」と、
デパ地下で保存料無添加素材を必死で探している様子を思い出した。

宇宙の中ではテンカブツもプルトニウムも屠殺されてパック詰めにされた肉も、
ただそこにある物質の一つだ。
全てを受け入れろとはいわないけど、
ものごとを否定しない心や思いに、何かの光を感じたりする。

「絶対」「正義」ってなんだ。
えー、別にー。 そんなのはなんでもないものな気がしている。
冥王星トランジットについてのメモ
さて、dwarf planet準惑星(矮小惑星というのは誤りだと思う。)という枠に入れられて、
その直後いきなり読みから外した人もいるらしいが、それってどうよ。

観えない世界とされているのも、惑星探査機が唯一訪れていないというのもあるのか。

当時11歳の女の子が提案したPlutoの名前が、すぐに採用されたというのに意味が有る様な気がする。

この星がアングルに来ると、本人の環境が強制的に変わる事が多い。
後戻りしない変化が徹底して行われるのだが、強烈なインパクトが後を引く。
個人の努力の範囲を超えるから。

実は本人の意識の奥底が状況の刷新を望んでいるからじゃないかと。
どうしても果たさなければならない何か、使命と言うとおおげさだけど、
生きている間にこれだけはというのが冥王星で表されている気がする。

祖先の意思という意味を重要視する昨今だけど、
これも表面上に湧く個人的感情に左右されない方が巧く処理出来ると思うので。

何せ解体刷新の作用の冥王星だから、そこで個人の感情なんか下手に絡んだ日には目も当てられない。

個人のカルマを旧い感情、家系の記憶が蓄積したデータと仮定してみる。
飽くまでも仮定ね。
もっとキツい言い方すれば、家系から延々積み重なった観えない世界のゴミをそのまま放置しておく訳にはいかない。

本人のアングル、太陽月に来たときがデータの刷新のチャンスとばかりに冥王星作用が来るのかと。

冥王星は有無を言わさない強烈なスイーパーだと思う。
とっとと片付ける、かたをつける時期が来たと言っているのだね。

それが今までのその人の有り様から環境が決まる。
人間関係で相手や自分自身の意志を無視したり偽って来たなら、別れ。
住居が旧くなっていれば故障したりして、やむをえず転居。
生活環境に突然の変化が訪れるのは、そこに観え難い不満要素があったからだ。
ずっとそれを観えない事にして押さえ込んで来たから。

現実に起こった結果は今までのその人自身の全てが考慮されてるということを忘れない事。

そして、冥王星が作用する時には必ず纏まった額の金銭が絡む。
そこそこのお金を支払う行為が伴うようだ。
やっぱり貯め込んだものを外に出すと言う作用だ。

まあ、そんなんだから冥王星はカルマの星という最大テーマで表示されちゃうんだねえ。

月はパストライフ、
木星はカルマから受け取ったおおらかな善なるもの、
土星が今生での再調整を行う事柄、
といった辺りが今現在の読み方としてカルマ関係の分類では無難かね?

だから、それを表面上に浮かび上がらせたのだと。
冥王星は宇宙がその人が本当にしなければならない話をしている。

山羊冥王星だから、対抗サインの蟹にもダイレクト。
今までの有り様に寄ってはパワーをくれるので、
世間的な眼で観ればまるっきり明暗が分かれている様に見えると思う。

見えない処の表面化というところで、最初にいきなりざっくりと来る。
自然災害も起こりやすいので。

オポジションなら緊張、対人関係で。
スクエアならハードに自己否定的空気で。
コンジャンクションならダイレクトに本人の身に。
イージーなら今まで頑張った分には有利なパワーを発揮しやすい環境が整う。

この時期を利用して、創造的な自分を構築できるようなムードに浸るように。
否応無しの状況を受け入れるには元々のパワーが必要だ。

ネイタル冥王星を確認。
その人がどこでどう変容を望んでいるのか、ということ。
現在の環境と合わせて観る。
出生時間(本来レクティファイの結果が必要)が判明していればプログレス、ソーラーリターンも確認。

IC 離婚、引っ越し
DSC  離婚、パートナーシップ等での突然の変化
ASC (本人のそれまでの有り様から)離婚、転居、退職、転職、(年齢も考慮)本人自身への心身への影響大
MC  何かを始める。 MCのサインに関する事柄で以前から気になっていた事に取り組む
   退職 転職 ステイタス、目的意識の変化 社会の中でのパーソナリティの変化

これらはそれまでの結婚生活を恋愛感情のみで継続させたがっていた自我を叩き直された感。

離婚なんて不穏な事を書くと、ビビる人もいるかもと思って最初は鍵かけておいたけど、
エントリーそのものを秘密にすることないしな。
本人の相手への一方的な「思い」じゃなくて、どれ程「思いやり」があるか、
相手や自分の本質を無視していないかどうかを問い直されているだけのことだ。

対人関係や異性間を表すところでハードアスペクトが有る場合に、
離婚原因を知らず知らずに作って積み重ねている事がある。
その場合の最後通牒が別れということで。
これが上手く処理出来ないと「執着」という面倒がある。

火星のハイヤーオクターヴと言われるぐらいなら、火星の情熱の要素を更に加速させたのだろう。
新しいプロジェクトを始めるなら、まず解体して更地にしておく必要あるから。

ネイタルで太陽月に冥王星が合、もしくはハード様相であれば、
自我の強烈さに無自覚な人多い。
怒りの感情がちょっとした興奮で現れ、その一方で自分が被害に遭うのを極端に怖れるようだ。

目を見ればすぐに解るよ。
人を射る様な、異様な光が瞳孔の奥から出て来る。
それは恨みがましいものを感じさせる。
すぐさま鏡を突きつけてご本人さんに見せてやりたいぐらいだ。
しかも、何度もしつこく絡んでくるんだよな...。
n月と冥王星の合とハード様相は、自覚しにくいらしく、
そのしつこさと鬱屈した怒りの感情が自分では解らないようだ。

冥王星のパーソナリティを扱うのは難しい。
イージーが効いていれば深みが出るが、マイナスの感情が少しでもあれば恨みつらみの光を放つ。

ワガママと言えばそれまでだが、その強烈な自我を社会のハードな状況で活かせる様に。
念の強さに無自覚なのはちょっとマズいので、そんなところに自覚を持ってもらうように。

太陽なら仕事方面で扱いやすいな。

月ならば、普段の生活に飽き足らず非日常的なシーンを要求しがち(それがないと、安直に性的刺激を求めたり。)なので、
定期的にデトックス的な意味で、意識の奥底を垣間見せる様な経験を。

なに、音楽や映像といった辺りで強烈なインパクトのある作品を趣味として鑑賞するとか、
自ら作品制作、などで昇華できるはずだ。
月冥王星合、ハード様相は刺激が無いと、生活している感覚に乏しい様な気がするらしい。

太陽月とも冥王星とはイージーアスペクトならば、自己実現しやすい。
意志や感情を冥王星が後押しするので、状況が有利に働く感じに設定されるのだ。

n太陽月に冥王星がイージーアスペクト持ってる人は、長男長女的な人多し。
もしくは親がその人を大事にしている現れのようだ。
得てしてその人の親も勘がいい。 (天王星でも同じく)

ま、あれだ。
t冥王星は叩き直すというよりは、今までの結果がこういう事なので、
そろそろ大掃除して環境変えますから、って話。
ショッキングなように観えて、実はその人のそれまでが考慮された結果の反映なのだし、
因果応報なんてカビの生えた言い方で処理されるのもいやあねえ。
来し方行く末を一機に観る羽目になる感じなのは確かだけど。

でも私はこんな冥王星が大好きだ。
想像以上に質量ちっさくったって、得体が知れ無い感じだってかまわん。
その内にこのプラネットの意味をまた別の星が肩代わりするかも知れないけど。

個人的には自分のネイタルMCに射手を運行中の冥王星がタイトに合の時、
スポーツクラブに入会した。
自分をフィジカルに変えたかった。
すっきりさっぱり、前向きに生きたいという心の願いを自分から叶えに行ったのだった。
確かにPlutoは私を後押ししてくれたわけで。
たまたま射手のルーラー木星がイージーアスペクトのみというので使いやすかったのか。

今は山羊の冥王星と自分なりに付き合う愉しみを模索している。
山羊ルーラー土星は木星よりアスペクトが多い。
それだけ無関心ではいられないだろうし、変化も多そうだ。

ネイタルやプログレスに直接アスペクトできなくても変化はある。
実際に運行中のサインのルーラーでのアスペクト、
山羊カスプのハウスを確認。

どのプラネットも実際に運行中のサインのルーラー、ハウスカスプをより意識して確認する事。

そんなにPlutoビビるなってことで。
その人にどうしても話さなければならない事が有る。
彼の話がスムーズに理解出来るだけの考え方と環境を持てる様に。
まず、ネイタルの太陽と月の様相確認。(これはt土星の時でも同じく。)
ハード様相持ってる場合は厳しいこともあるので。
他にトライン形成していてイージーに使えそうなとこをネイタルでもプログレスでも探しておく。

まだ書き足すかも。
一寸おたずねします
故石川源晃氏は、日本は「失敗を許さない社会」だと断言している。
失敗の先に独自性や発展が有る筈だと言う認識なんですね。
西欧などは失敗だらけの試行錯誤が科学する心としているそうなので。
安全や保証を求めてと成功した結果をすぐにお金で購うことや、
成功した結果だけを強調するばかりでは、という苦言も解る。

「成功」の反対はなんだろう。
てっきり「失敗」だと思ってました。 wikiでもそう表示してるし。

「成功」の反対語は「何もしない」「挑戦しない」事だそうで。

皆して成功したい。 それが世間の本音だ。
それはなるべく最短距離で実現させたいのだ。
お金かけずに安上がりで、できれば無料で!というのも同じくね。
最小限の投資で最大限の利益を上げたい、ローリスク・ハイリターンは世間様の夢。


社会人になってから覚えたお愉しみに「ジャケ買い」がある。
文字通り試聴せずにジャケットを観ただけでさくっと買っちゃうのだ。
試聴機に入ってないのを敢えてチョイス。
インディーズ贔屓な私にうってつけのお愉しみであった。
安月給のクセに、一日一枚のペースでUS、UKものを中心に輸入盤中心でせっせと。
邦楽もやっぱりインディーズで。
世は東京で「イカ天」が大人気で、バンドブームのまっただ中だったと思う。

その当時買ったCDの内、手元に残してるのは半分もないだろう。
だけどせっせと棚を漁っていた時、それは愉しくてしかたない瞬間だった。
外資系レコ屋(って今言わないか。)に日参していたその日々、
今思い出してもシャブでも打ってんのかって勢いだったなー。

その中には後にメジャーに行った人もいるし、いつの間にか消えてしまったバンドもある。
気がつくと、ネットで調べてまだ独自に地道な活動している人もいたり。
どんな形でも好きならば生き残ってしぶとく続けているもんなのだ。

そう、当時はまだインターネットというものをしていなかった。
まだネットは一般的でなく、パソコン通信というのはあったんだけどね。
世界の情報をお茶の間で、なんて時代じゃなかったんだなー。
今じゃ海外の音楽祭もライヴもストリーミングに動画、音源ファイルだっても数日待たずにアップなんて。
こんな時代になるなんて、当時は想像もしなかったよ。

話が逸れ過ぎた。

当時、私は全く持って失敗だらけの日々だった。
まあ命に関わる話じゃ洒落にならんでしょう、趣味だからこそ。
失敗するってことは、自分にやりたい事と余裕とが両方ないとできない。

失敗を愉しいと思えればさいわいだが、ものにも寄るんだろうね。
試聴、お試しの機会があるというのは素晴らしいことだ。
可能性の欠片をより拾いやすいからね。
たった数十秒でもいい、音や旋律にキラキラをキャッチできたなら、と。
そうするように心がけている。

以前、ネットでの試聴にあれこれ意見がもたらされた事があった。
制作者側の意図で試聴なんて質の悪いPCのスピーカーの音をほんの数十秒、
数分かそこらで勝手に判断されたくない、という主張。

私は失敗するのが嫌ではない。
失敗を怖れるなんて、寂しい話で。
ただ好きな何かを聴く可能性を狭められる事が嫌で嫌で仕方が無かった。

なぜ制作者側の思い一つでそんな風に壁を作られなきゃなんないの?
どれを聴くか、チョイスの幅を勝手に作る側に決めつけられるのはごめんだ。
失敗する愉しみとはまた別だ、そんなの。
選ぶ側は試聴するしないの判断だって、選んでいい筈。

世の人が失敗を怖れるのはなんでだろう。
やっぱり財布も時間も余裕がそれほど無いと思っているからなのか。
それとも自分がやりたい事で失敗するのが嫌なのか。
他人から嗤われたり、それみたことかと批判の言葉が突き刺さるのが嫌だからか。

恥をかきたくない。 恥ずかしい思いなんてごめんだ。
この思いは間違いじゃない。

誰だってカッコワルいのはやだね。
だけど誰かを嗤う人は、それをやった事が無い人が殆どじゃないかなー。
経験ある人なら失敗した人を嘲る、侮るなんてしないよ。

なんでも抜かり無く用意周到にやる事を自慢にしている人がいたとしよう。
その人は失敗した事がないから、間違えたり首尾よく巧く出来ない人をどう扱うのか。
出来ないことをすぐさま鬼の首取ったが如く批判するばかりだとしたら、
それから先はその本人も何にも変わらないんだろう。

何故出来なかったのかなー、と振り返られる余裕がないのもどうよ。

失敗を避けたがる人は、自分が出来る事以上の事に手は出さない事も多い。
その人の有り様と思えば、そんな選択もある。

そんな世間だと了解した上でやりたい事がある、
リスクあるって解った上でやってみるというのは、実は凄く愉しいのだ。
とにかくワクワク、イキイキの元なのだ。
生命力がグワーンと湧いて来るのだ。 目がキラキラしてくる瞬間ね。
なにより自分で解るよ。

試行錯誤というのは何かが産まれる瞬間に立ち会うときでもあるんだろう。

でも世の人はそれを避けたがるのだな。
なんでだろう。 
成功はしたい、でも失敗はしたくない。
失敗と成功はコインの裏表だ。
瓢箪から駒って巧い言葉もあるのになー。

世の中の発明、発見と言われるのにはそういうのだって結構あるみたいなんだけどね。

その結果の評価は、周囲の状況一つで左右される気がする。

失敗は成功のもと、かどうかは別にどうでもいいような気がして来た。
実はこの過程が愉しくてしょうがないのだな。
成功してしまうともうおしまいって感じで。
それ以上がないから。
そうなると、また今度はまた別の地平線みたいなのを探してみたくなる。

私が知らない、私が好きな何か、そうそう、これ!みたいな膝を打ちたくなる感覚。
探していられる内、失敗出来るうちが花なのだなー。

失敗する嬉しさ、余裕、今こんな時だから、もっと皆意識してもよさそうなんだけどな。
誰もまだ知らないところにひっそり咲いてる花を見つけてうっとりするような。
でも、それはすぐ足元に咲いてるのに誰も気がつかなかったり、
そんな取るに足らん事に時間を割けるかと、
いそいそと「成功」だけを欲しい欲しいと追い回してるだけじゃないのかねえ。



越路吹雪という人、「ろくでなし」も素敵だけど、
この唄は戦慄、としか。
なんだかとんでもなく凄い歌詞を唄い上げて。

たった一度の生だから、何度失敗繰り返したって、
その時だけの自我を精一杯生きるほうがいいやね。

枠を超える瞬間というのは、その前の試行錯誤をどれだけ愉しんでいられるか。
そんな才能ある人だけがキラキラの虹色な世界に続くドアを開いてしまう。

そしてまた時間が経てば、また新たなキラキラに通じるドアを探すんだろう。
It is new.
土星、天王星間のメモ

水瓶サインは、個人の枠を超えてしまう。
人を信頼するか、できるかという。
これが面倒な話でもあるんだな。 
理想だけで飯喰えるかみたいな事言って来た人には厳しいでしょ。

土星は枠を作ってその中でどれだけあなたは自分を育てて作り上げられますか、
ってテストだと思っている。
で、そこで水瓶サインが来た時に、結果提示したものの質が外に流れ出す気がする。

土星までは善悪二元論っぽい空気がある。
ダメなものはダメ、みたいな。
世間一般の理屈ややり方、ルールから逸脱してはいけないという空気が。
うっかりすると横一列、横並びな環境になりがちだったり。
ここでは「規格外」なのは不良品扱いされてはねられる事もある。
こういう事がしたいなーと思っても、そこではまだ引き止められる感じ。

土星で謹厳実直で信頼置けるようになってから、天王星の天才的閃き、直感を試されるような。
若いうちはこの閃きは問題にされない空気もある。
土星の手続きを踏まずにいきなり天王星な事をやると、反発喰らうんだな。
実績がないからだよ。

逆に土星な空気に試されても、その閃きが輝き失わないというのは本物だ。
一見つまらなそうな日常の隙間に非日常のキラキラが隠れているんだから。

日本の教育、会社の有り様は土星的な側面がまだまだある。
実績は大事だけど、その一方で失敗することを怖れるからだ。
こんな小さい島国で人がひしめきあって暮らす環境では、
間違いや失敗は目立つんだろう。

それでもそんな中で天王星な閃きと力を出す人は確かに居る。
失敗してもいいではないか。
そんななかで自分で土星的な時間を掛けて自分の思いと閃きの土台を、
コツコツ積み上げて来たなら。
失敗出来る程に思い切ってやって頑張っているのだ。

土星は縛りではないよ。
どこまで自分の思いを見つめられるかというテスト期間。
得てして土星の有る場所は自分はこういう事が苦手、できない、なぜならば、
という言い訳をしがちな場所。
土星的なとこは凄く時間が掛かる場所だと思って、
どこかで肩を抜いて相手をしておいた方がいい。

土星な時期をすっ飛ばして直感だけを頼りに天王星的な事は実行出来ないんだ。
土台が無いからすぐに次に控える海王星に見透かされてグダグダになるでしょ。
天王星の次に居る海王星は、ぼんやりしているようで、実に注意深い。
まやかし、ニセモノという意味から、その事柄のインチキを見せつける星でもある。
土台が無いと、天王星、海王星的なところから理想実現というところに至らないんだ。

土星はアイディアを形にして、ノウハウに力を与える星でもある。
枠を作るのでね。 そこを何時卒業するかはそこにどれだけ前向きに取り組めたか。
キロン(カイロン)が自分の痛みと思いやりで土星天王星の間を埋めて繋ぐ。

今逆行中の乙女土星は今週いっぱいステーション。
乙女14度で留まって、18日から巡行に戻ります。
もう一気にこの年末には乙女サインを駆け抜けてエクサルテーションである天秤へ。
天秤土星、これは個人的に素敵な気がする。

以前、土星はあきらめない心をくれると書いた。
乙女的に慎しみ深くおっとりとした表情をたたえながら土星を大事に使っていた人には、
これからが愉しみねー。
自分が世間に出た時に使えるスキルを育てたり、人とどう関わるかを考えているミュータブルの土星は、
融通を利かせて自在に動けるかどうかもテストしているのだ。
天秤で出逢う人と巧く関われる様になるといいね。

今はまだ木星海王星キロンの三つ巴で水瓶運行中だけど、来月から木星逆行。
この木星逆行、どう使おうかなー。
爽やかなあっさり系ジュピターがちょっと戻るので、見落としたお宝を見つけるチャンスかも知れません。
ちょっと調べてみようっと。

とりあえず昔好きだった音楽やミュージシャンを改めて聴き直してみたいかな。
かつてニューミュージックとか言ってたジャンルね。

おニューっての、Newって感じがなんとなく天王星的、水瓶っぽいのよね。



時を超えてピュア、新しいというのはどうだ。
独り言
なんてこったい。 
アマゾン沼で人相を観るという東洋系占師の本を買ったら、
何故かクレジットカードが認証できないだと。
三回やって全滅。 なのに他の注文はちゃんと購入できて届いてる。

占星術とタロットに力を注げってかね。
実際、易入門読んでもさっぱり脳に反映されないんだよ。
占星術関係などいくらでも頭に沁み込んでいくのに。

ちょっと前に人様のところでパストライフに関する素朴な感想の書き込みも、
三度やって全てサーバーエラーだった。
ところが、全く別の世間話であればすぐに反映されるのだった。

ほんとは色んなこと知ってみたいんだけどね。
今やってることを精一杯やれ、後ろなんか振り向くな、ってことでfinal answer?
ということにしておきましょうかね。 はいはい。
陰のエースの人
今、NHK観ていて経済学者のジャック・アタリ氏の活動風景やインタヴューがなかなか。

名前の所をドラッグすればwikiが出てきますんで。

合理的な博愛精神というキーワード彼から出て来た。
思いっきり今の水瓶の木星ですな。
今のトランジットは水瓶25度前後で木星、キロン(カイロン)、海王星がタイトにくっついている状態。
人によってはこれをステリウム(stellium)とする場合もあるけど。
ノードも水瓶だし。

アタリ氏、太陽は蠍です。
経済と精神性の間の橋渡し、彼なら出来るのかも。
利他主義って今更ながらまた再発見されてるんだなあ。
経済は水と地の管轄だな、やっぱり。

超民主主義、なんてキーワードも。
経済はグローバルになったのに、心の中はそれに伴っていなかったのが今の経済破綻の原因だって。
そりゃそうだ。 お金は人のエネルギー反映してると思うもの。

何故、世の人はお金を欲しがっているくせにお金を愛していないのかしら。
そう話す方がセッションに来られた事がある。
お金も愛でてくれる、大事に思ってくれる人の元しか訪れないのだ。
心の何処かで憎んだり蔑んでいたら、やっぱり来ないんだ。

アルベール・カミユと同じアルジェリア生まれのフランス人である彼は、
経済の方からボーダーレス、非営利な世界観を唱えていく。
自分が生存したいのなら、誰かが病気や災害や貧困で苦しんでいるのを見過ごしてはならないという。
当たり前なんだけど、誰かの身に起こる事は自分にも繋がっているのだ。

人類の生存のために率先して動く人。

お金と言うもの。
自分で稼いで己の力一つで手に入れるだけのものに思えるけど、
実はその人の器に見合ったものだけを受け取る存在なんじゃないかね。
欲しけりゃガンガン働いて稼ぎゃいいだろ、って狩人か。
少し前まで世間はそんな火星的な考え。
一見するとそれはパワフルで前向きで熱くて羨ましくもあるんだけど持続性がない。

大昔なら黙って奪われるぐらいなら先に奪え、みたいな意志もあったかもしれない。
今は経済、普段の生活でも攻めの姿勢ってのは見直しを迫られるのかな。

少し前まで「勝ち組、負け組」という言葉がマスコミの中で踊っていた。
今は「ひとり勝ち」らしい。
女性誌の表紙にもしつこく繰り返されてたり。

勝ち負けというのは誰が決めるのか私は知らないけど、
誰が決めてくれるんだろうね。
有りもしない基準を見つけてくるのかどうかも知らない。
ただの下品な欲をこういう言い方に置き換えただけだとしたら、
根深い話ではあるね。

物質的なことは一見すると自分独りでなんとでもなりそうな気がするが、
実はどうも本当に必要なもの最低限しかその人の手元には残らないんじゃないかと。

タロットのエースはWand、Swordは自らの意志でスートを掴む能動的な陽のエース。
Pentacle、Cupのエースは手のひらにそのスートを乗せている。
自分に相応しいものを必要な分だけ受け取る陰のエース。

昔の経済は火と風の思いだけで燃え上がって煽って突っ走って来たけど、
そろそろ地と水でバランス取らないとね。

アタリ氏は音楽好きなんだね。 ますます期待だ。

目には観えないけど、価値ある存在が確かに有るということに気付いている人は幸い。

簡単に彼のソーラーチャートを観てみようかな。
高野さんのこと
いまさらながら、高野文子作品が好きで。
夕べは枕元からいつも見える場所に置いてある、
ちくま文庫l版の「るきさん」を久し振りに読み返してみたり。

るきさん (ちくま文庫)るきさん (ちくま文庫)
(1996/12)
高野 文子

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随分遠く感じられたのは、多分もうあのバブルなころから四半世紀経ったからで。
文庫版の奥付けだって1996年だ。
単行本がマガジンハウスから出た時にすぐ買ったのに、お手軽で装丁が文庫版の方が好みだったからか。

るきさんでもえっちゃんでもない自分だが、この二人の中の何かは少しずつ誰かと共有しているんだろうとすぐに感じる。
解る、じゃなくて感じる、なんだな。

最初に高野さんの作品に出逢ったときは80年代に入ったばかりな、
プラスティックとアクリルで出来上がった様な嘘くさいけど可愛い世界を夢見てる様な時代で。
当時はニューウェイヴなどと呼んでいた。
「絶対安全剃刀」というタイトルで単行本が売り出され、真夏のお昼の温い空気を感じた。

そのうちに漫画本としては豪華な箱付きの「おともだち」なんて登場した。
既存の漫画家と毛色のかなり違う、純文学ってんじゃないけど、
そうだな、音楽で言えばミュージシャンズ・ミュージシャンといったとこ。
玄人受けってやつですか、彼女の作品は皆そうだけど。
このお話は特に宝物みたいに大事に仕舞っておきたい感じだから、
箱付き装丁になったのかな。

棒がいっぽん (Mag comics)棒がいっぽん (Mag comics)
(1995/07)
高野 文子

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幾つかの作品集の中で多分読んだ直後はそうでもないだろうけど、
後からじわじわ来るのが「棒がいっぽん」で。
この作品集の「美しき町」が一番好きでもある。
多分私が産まれる直前か直後ぐらいの昭和の下町であり、
ノブオさんとサナエさん夫婦が休日に登って見下ろす丘からの下界の風景だろうか、
物凄いパノラマを描いた二ページぶち抜き。

そこには自然と田んぼや畑、開発されかけて出来上がったばかりの団地とが一体になっている。
圧倒された。 高野さん、絵、上手過ぎ。 こりゃヤバい、と思った。
お話と台詞、間の取り方の絶妙さの方にうっかり目がいきがちだけど、
改めて上田トシコ直系の絵の達者な様子とパワフルさに圧倒された。

新しい町で、新しい人間関係の中で揉まれて痛んだ事も愉しかった日々も、
いつかは過去になることを一遍に悟ってしまう若い夫婦の風景。
時間(もしくはカルマというやつか)と言う観念をこれほど巧みに表現できる人を他に知らない。

私は心理学、哲学なんてのは知らない。 
既存の書籍や哲学者の事なら、もう今は特に知ろうとしなくてもいいかもと思っている。
多分既に知っている様な気がするからだ。
それがカルマというのかどうか解らないけど、そんな感じだ。

寡作と呼ばれる作家だけど、必要な分しか書かないし書けないだろう。
そんな彼女は実は「るきさん」はあまり好きではないらしい。

黄色い本―ジャック・チボーという名の友人 (アフタヌーンKCデラックス (1488))黄色い本―ジャック・チボーという名の友人 (アフタヌーンKCデラックス (1488))
(2002/02)
高野 文子

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そしてその後、「黄色い本」で、またじわじわとやられるのだった。
現実とマインドの中に広がる手に触れられない世界が交差するのが日常だ。
「東京コロボックル」もそうだけど、なんてことない表情で多次元を生きているのが、
日常生活ってやつなんだと。

生々しさや体温があまり感じられそうにない空気ながら、
この作品群から迫って来るリアルさはなんだ。

高野さんがあまり好きじゃない「るきさん」の澄まし顔が、
やっぱりまだちょっと羨ましい今日この頃。
本当は「美しき町」のサナエさんの方が可愛げあるんでしょうけど。

少女の意地悪さや人の残酷なとこを描ける作家というと、
私は彼女を一番に思い出してしまう。
元々西洋占いばかりなので、東洋系やろうとしても頭に入って来ないのが難点。
相性なのか、それともやっぱり今やってる事を洗練させる方が先決なのか。

風水、方位とか色々ありすぎてよく解んないね。
引っ越しとか出かけるにしても、最初にあれこれやりだしたらキリが無いだろう。
あまり悩み過ぎると何にもできなくなるし、気にし過ぎは反ってよくないね。
情報有り過ぎだから、惑わされず取捨選択できるようになるのも楽じゃないね。

人間は、基本欲張りだと書いた。
同じお金払うんなら、ちょっとでも快適で安心でいい思いがしたい。
家でもなんでも安全であればと願うのも当然だ。
だけど、他の人が言う通りが自分の身の回りに当てはまるわけじゃない。

あれこれ誰かに確かめてみたくなる気持も解らんでも無いけど、程々に。
というよか、自分の感覚信じてやればいいんじゃないの。
引っ越しもお出かけも、何食べる、何をやるかって素朴に。

まあ、何かあれば出かける前に風邪でもないのに酷く咳き込んだり、嫌な感じがしたり。
鈍い自分ですら、そんなお知らせみたいなのが来るからね。
近所のお宮さんへはいったりするものの、そのぐらいで。

有名な神社仏閣などがパワースポット的扱いされる様になって久しいようで。
でもそんなしょっちゅう行けるわけないですから、近所で。
普段、毎日ってのが一番いいんだな。

自分の感覚を相性良さそうな方法で日々確かめてみるのが普段の生活ってやつ。
師匠とか要らないし、自分で試行錯誤できるぐらいにはなったのがありがたい。
好きなものや必要なものがなんなのか解るぐらいの感覚は得られたようで。

近所のお宮さんは保育園児の遊び場だったりする。
若い神様だから、誰かまめに来る方が寂しくないし、いいよね。

周りは今の時期、蓮華やマリーゴールドなんかがのんびりあぜ道に咲いてたりする。
職業についてのエントリーでの補足
前のエントリーで長々と書いてますが早い話、
「霊的」でない職業、働き方というのは存在しません。

肚の括り方を知っているかどうか、という。

何かを勤める、努めるというのは神聖な事で。
どんな分野でもその奥深さを知れば、そこに霊性があることに気付く筈で。


それでも実際はスピ系と呼ばれる話や宗教家だけが霊的と思われがちなのか。
これが観えない世界と関係がある、無いと分けるのは変だよなあ、と。
どれも皆つながりがあるというのに。

占いは元々が何代にも渡って様々な文明の中、世界中の人々が編み出した体系の一つ。
それをどう活用してリーディングしていくのかはその占師次第。
宿占、相占、卜占と色々組み合わせてみたり。
全てはその人の生命力の底上げが本当の目的です。

この世や自然との折り合いをつけたり、心身の疲れの原因を突き止めたり。
なので別に占いであれ宗教、学問であれ、結果その人に合っていればなんでもいい。

なので、別の体系がその人の助けになるのなら、占いというツールじゃなくてもいいんで。

ただ人様をリーディングするのであれば、真摯でなければということです。
占いをして解るのは、自分の事はすぐには解り難いと言うことで。
他人の事は幾らでも解ったつもりなのに、いざ自分の事となると色んな解釈を引っ張り出して迷いやすい。

それだけ可能性を引き出したくてたまらないのだ。
人は基本欲張りだ。
せっかく産まれて来たんだから、誰だって精一杯生きたいのが本音だ。

そんな自由意志というやつの方向性を決めるときの選択肢を広げるツール、
ぐらいで丁度いいと。

この身の周りにある存在は全部霊的存在、という前提。
それがしあわせに繋がるかどうかは解りませんが、
なんということのない日常をまめに生きたい気分になるのは確かです。
霊的職業ってなんだそれ。
↑ 今日一日頭の中でグルグルしてた、なんてことない独り言を。

「霊的職業」という言葉を以前ネット上で見かけて、ずーっと違和感あったり。

その中には占師というのも入るらしいですよ。 

えー、なんだそれってのが本音。

まあ、飽くまで主観だけど、占師って全然霊的じゃないです。
特に宿占を主に使っている人はそう。
人相、手相といった相占も。

占いはやっぱり「体系」という奴だとしか思えないな。
このところ故石川源晃氏の本ばかり読んでる所為か。
データ重視になり過ぎもちょっとアレかもだけど。

タロットみたいな卜占ですら、やっぱり自分なりの体系が出来てしまう。
タロットの本で紹介されるコンビネーションリーディングと呼ばれる手法なんてのは、
体系の中の一つと思ってもいい。

じゃあ、どんな職業が「霊的」かというと、実は一見お堅い職業ほどその手の匂いが濃い。

具体的にはですね、
金融、医療、介護、福祉関係、乳幼児を世話する保育関係、飲食関係、
美術、音楽、ダンス、演劇といった芸能、大企業の中枢にお勤めの方、
もの言わぬ動植物の世話をする方々、
手先を細かく使う職人仕事をする方、いわゆるお水の世界の方。

まだまだリーディングの数は少ないけれど、どうにもこういった方々は明らかに空気が違う。

私は全く「観えない」ということはもうしつこくここで呟いてるけど、
漠然とこの上記のお仕事の方々は、その空気が一見大人しいのに何故か印象深い。

そして、4、8、12ハウスのいずれかが強化されている。
グランドトラインがこのハウスで出来上がる人もしばしば。

サインで言えば、蟹、蠍、魚の水サイン、それに山羊、射手。
(補足的にメンタルな水星サインの双子、乙女も。)

9、10ハウスも強化されている事が多い。
(9ハウスは射手、10ハウスは山羊のオウンハウスなので。)

実際、ハウスでもMCを挟む天に近い9、10ハウスは、
社会性という解釈が多いけど、実はその人の精神性を問われるポイント。

9ハウスルーラーが木星、10ハウスルーラーが土星でソーシャルプラネットですが、
この二つはどちらも社会性の他にその人のカルマも暗示するので。

山羊なんて現実主義者と思われてそうですが、念を能動的に発動しやすいサイン。
蠍と共に行者、シャーマンみたいな素養がでやすい。

射手は精神性が高くなるので、チャネラーな要素が発動することがある。

プラネットは月、海王星、天王星、冥王星、
感受点はノード、リリス(月の遠地点)が効いている。
これらのアスペクトが強い、もしくはノーアスペクト。

サインがいわゆるオーバーロードや新月生まれ。
(世間でいうオーラが出ている、などと言われがちな空気を持っている。)
なので特定のハウスに偏っていて対人関係のバランスに四苦八苦する。

水と地のサインが強い。 肌の色が白く水っぽく緩んだ印象。

得てして自分の地元、ルーツとの縁が強い。
(なかなか生まれ育った場所から離れない、離れたがらない、
 一反離れても、結局Uターンしてたり。)

12ハウスに太陽、月が入っている人が多い。

ただ大人しくしてるだけなのに、他人から理解され難くく悩みやすい。

なので、よくよく人を観ている。 観察眼、洞察力は鋭い。

得てして体質的に弱くなる。 タフとは言い難い。

上記に人達は所謂スペシャリストなのですが、普段は世間から理解され難かったりします。
企業の中でなら、巧くやって高くてもナンバー3ぐらいの位置で注意深くしているのがいいのかも。

乳幼児、要介護の老人という半分神様みたいな存在との縁が強い職業の人、
人の生き死にに関わる医療看護、福祉関係者は得てして鋭いものがあるようで。

金融は言わずもがな。 
人様の金銭を扱う、観えない相場という世界で勝負したりというのは、
明らかに勘の働きが違う。

あと世間は以外に思うかも知れないけど、システム関係者はそうとう鋭い。
コンピュータというのは、天王星の贈り物なので。
実際、電話、ネット、PCというのは「霊的」アイテム。
その手の世界の入り口だから。

コンピュータルームなんて、空間そうとう歪んでるんだろうなあ。

お水の世界はいわずもがなで、水、アルコールはその手の存在を呼ぶ。
飲食店も盛り場にあるお店ほど入り口に盛り塩率高し。
水、酒、塩は仏壇や神棚に必ず供えられる浄化アイテム。

音楽、ダンス、芸能関係は説明不要か。 
アメノウズメノミコトやサラスヴァティをイメージすれば解るし。

音、声、光というのは電波と共に観えないけど現実にあるもので、
向こう側の世界とこちらとを接続するアイテム。

細かい緻密な作業を毎日している職人さんって凄いんですよ。
メイクアップアーティストとか、美容師、お針子さんといった街中の職人さんは、
実際、宗教関係者とかでなくても、よっぽどしっかりしてる。
なので、何か感じ取る力が強いようで。

日々の暮しをひたむきに続ける事が何より修行ですって。
別に山にこもったり滝に打たれたりなんてわざわざしなくっても。

ひたすら何かを真面目に拵えてたり、自分の手先の技術と知識に磨きをかけているだけで、
霊感というのは気付いたら強烈に育ってしまうのだ。

そう、ただひたすら、日々をこつこつとひたむきに生きることが出来る人というのは、
実は大変霊的な生活をしているわけで。

「業に励め」ってそういう話。

いやー、これが一番言いたかったんです。
長々とすみませんね。

いわゆる霊的職業、なんてのは存在しない、と思うけど。

もしも強いていうなら、実は世間にごく普通な隣の人が実はそうだったりするんだろうねー。

集中力が高い、ものごとの裏をよく観ている、洞察力が抜きん出ていると言うのが、
上記の職業の方々の共通項。

で、そんな方々が素朴にひたむきに、生きているとそうなる。

「けなげ」であるということは最強だ。
神様というのがもしもいるのなら、実はそんな風に人が生きていってくれたらなにより、
と思っているのだろうと。
実は高みにある存在の、人への願いはとても素朴なものなんだろう。

マントラだの祝詞だの、そんなの何も知らん、何にも拝んだりしないふっつーのそこいらのおばちゃんの勘が、
なによりドンピシャだったりして。

あ、私の事じゃないですよ。(ふっつーのおばちゃんだけど。)
メルクリウス
しあわせとか幸福ってなんだっけと思いながら日々過ごしているのが人なのかとも思ったり。

じゃあ、しあわせってなんだろうというと。

豊かさとか、栄誉とか、「成功」って何かプラス方向のパワーをイメージが多いのかな。

その一方で一時流行ったのが、余計なものを捨てると幸福になれる、という本。
これはハードディスク内の余分なデータの消去とかと同じですかね。
旧くなってOSに対応出来なくなった、使えない、普段の作業で使わなくなった、
そんな必要でなくなったデータを消す。
部屋を片付けて、掃除して、すっきりして新しいエネルギー取り入れましょうという。

データは「カルマ」と置き換えればダイレクトで解りやすいか。
やっぱり全部って無理かなあと思うけど、とりあえず取捨選択。

これは、とりあえずマイナスにする作業をして、さっぱりする方法。
環境というのは、外面内面共に新陳代謝して成り立ってると。

なんかこう、プラスとマイナスの繰り返しなんですね、日々って。

だけど、旧いものはかつて好きだったものなわけです。
なので、決してそれは無駄ではなかった。

ただこの地上で生きている時に使えるものとかスペースというのは、必然限られてしまう。
なのに人の精神とかマインドと呼ばれるのは無限かどうかは解らないけど、
常に何かが変化しつづけるのです。

水星(マインド)は動きが速い。
どの星よりも素早く12サインのパーソナリティを経験してくる。
で、これってなんだろうと色々調べたり考える元ネタ(情報)を仕入れて来る。
若さとか新鮮さってのが身上みたいなとこもあったり。

永遠の若者の姿であり続けるメルクリウス(水星)は、
その人の好奇心と興味の方向性の有り様でもあったり。

その人なりに新しい地平を求める時がいずれはくるので、変化せざるをえないという。
しあわせ、これは豊かさと置き換えてもいいかな、それもいつの間にかマイナーチェンジしてんでしょうね。
その人の美の丈に合わせて、無理無く自然とそうなることも「しあわせ」かもしれませんが。

人はもう充分、何も思い残す事はないと思えるまで動くと思います。
それが至福というものなのか。

翼の生えた兜と靴でくるくると休み無く動き回り、交信の役目を果たし、
最後はその人の黄泉の国への案内役もこなすそうで。

なんにしても最後は全体にプラスマイナスゼロになるように取りはからうようです。
ジュピターとサターンにお願い
木星のメモ

木星の太陽、月とのハードアスペクトというのはかなりやっかいな気がする。
占星学者によっては、木星はハードアスペクトの方が使えるという話もあるけど、
私は真逆。
実はかなり厳しい結果が現実に出やすいかと。
木星はイージーの方がウケがいい。
スクエア、オポジションは最初の内はオーバーで目立つのだけど、
その内に避けられがち、距離を置かれがちで。

太陽、月への木星オポジションというのはかなりの難易度な気がする。
得てして自己像と客観的なイメージとが乖離している気がする。
しかしご本人は至ってハイパーだったり、愉しい事がやめられないような。
感情の振り幅がでかく、舞い上がっては落ち込みのアップダウン激し過ぎ。

感情表現がどこか演技がかった感じ。
明らかに自我や感情が肥大してしまっているのだね。
オポジションだとそれが対人関係であからさまに出るわけだが、
これがご本人に取って気付くかどうかがカギ。

しかし木星なので気付き難いのだ。
実は土星はすぐにそれと解るのだけど、木星って解り難いんだな。
本人は気分よく愉しいわけで、周囲がドン引きしたとしてもその場では気付いてない感じ。

男性にはそれでもまだプラスに働きやすいかな。
女性にはちょいと難しい気が。

このアスペクトに対してはとりあえず試験的に考えてるのは、
活動でのオポジションならば柔軟サイン、
不動でのオポジションには活動サイン、
柔軟でオポジションなら不動サインで。
(例:獅子の太陽もしくは月で水瓶木星オポジション持ちなら天秤太陽の人、
   天秤的アプローチを使う)

と言った辺りでまずアプローチのトライアル。
これはアスペクトでいえばセキスタイルの位置です。
友人的なアスペクトですね。 社会に出た時に助けてくれる相手。
トラインならば仲間意識強過ぎて、疑似家族的な中でさらに緩みそうな気がする。
いや、それマズいから。

で、セキスタイルなんですね。 友人的で程よく客観性。
ダメ出しもしやすく、それと一緒に前向きな提案もしやすい立場だからね。

オポジションへの調整を行うのには、先に二つ進んだサインでの「調停」が一番解りやすい。
トラインでは木星的で意識しにくいので、敢えてセキスタイルという能動的アプローチ、
ちょっとした努力で効果出せるアスペクトで表現してみる。

土星は客観的な視点を促すので解りやすい。
ところが木星はなあなあになるので、結果グダグダに。
これがオポジションなら本来緊張状態になる筈が、
太陽月だと自分が自分が、オレがオレが、アタシがアタシが、という具合になりがち。

このアスペクト持ちの人は、対人関係が安定し難いです。
好き放題に発言、行動して最初の内はそのスケールのでかさに圧倒されますが、
そんな人があるとき突然仲間はずれ、総スカン喰らって村八分的な中に晒されやすい。
太陽の対極にある木星のサインの人やそのサインが表示する事柄に対して、
自我や感情を放出してくるので。
最初のうちは木星側はなんだか愉しいのですが、
向こうのパーソナリティの重さや激しさに辟易して逃げ出すと。

やり過ぎて失敗、というパターンに気付けると親切でスケール大きい人どまりに馴れそうです。
でも現実にはなかなかそうなれる人は少ないようで。

オポジションの中でも、木星は土星関連より実は曲者。
ハードならば、さらに判断ミス、同じ失敗繰り返しパターンには気付き難いです。
ご本人さんが愉しくてしょうがない、夢中になってるのに気付けってそりゃ無理でしょ。
外から観ると愉しくていい人だけど、何かが変、という具合。
でもなかなか現実には本人目の前にしては言い出せないな...。

人間関係の破綻、激しい変化と出た場合は、
今までの肥大した自我、感情のツケをそんな形で払わされる感じ。
これはその人のルミナリーズへの土星のトランジットで表面化。

そうなると、自然何度も社会生活と人間関係でのやり直しの機会が増えます。
7年毎、14年毎に人間関係、社会生活の様相が変わっていれば、
ちょっと自分を客観的に見つめる機会ですんで。
木星の制御に巧く土星使ってみるチャンスですから。

木星のエクサルテーションが蟹(感情)
土星のルーラーが山羊(現実)

感情と現実の間で争われるゲームは「制御」。

対抗サインというのは、客観性を教えてくれる指標だったり。

肥大しがちな木星は、土星を使って調整してみると。
太陽、月に土星がダイレクトに来る時は調整と総括の時期なので、
身体のメンテナンスも兼ねて木星の状態も把握してみよう。

ソーシャルプラネットはなかなかなもんです。
意識して使って、いい感じで癖付けという形アプローチして仲良くすると、
社会に出る愉しみをくれるのです。
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Gatos Blancos

Author:Gatos Blancos
占星家

ある日とある街角でタロットカードと西洋占星術の再会から始まったとりとめない憶いの記録

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