FC2ブログ
<<12  2009,01/ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  02>>
慈悲の水晶
MAGATAMA木工所の店主さまから、阿蘇山のお土産いただきました。
高菜漬けは美味しくいただいちゃったので(笑)、水晶の写真のみ。
やっとお天気回復して、撮影できました。
近所のお宮さんの本堂の前で太陽に透かしてみました。

水晶

小さな小刀みたいな透明度の高い水晶。
凄くシャープなルックスなので、レーザーワンドかなと思ったのですが。
タロットでの結果はこれ。

水晶の結果

自分自身を表すのがPentacleの6、この水晶は「法王」。 
どちらも正位置。
共通するキーワードは「寛大」「慈悲」ですよ。
ちょっと意外な嬉しい結果でした。 ありがとうございました!

宇宙からのリーサル・ウェポン
最近電車に乗ってたりして思うのは、太陽と月のアスペクトについてだったり。
昔は漠然と太陽と月がイージーだといいよねー、みたいな解釈が。
自分の中で満たされてるから穏やかそうに見える人多いでしょうね、
特に同じエレメント同士でできるトライン。

実はいい人なのは自分の中だけで、他人からのその人の評価はまた別だったりすると言う。
以前、アスペクトは相対的なものって書きましたけど、ほんと。
特にトラインは始末に負えないんですよ、自分の中で矛盾が無いから。
客観性ってまた別なんですよね。

昔は与えられた身分や環境をそのまま受け入れて辛抱しがちな生き方多かったかも知れない。
それが個性やら自己責任だの、人との関係性でも自由度の高さだのといった奴を重視するって設定になってくると、
今いる環境に満足してるわけにいかない状況についていけなかったり、
改革を押し進められた日にはおろおろしがち。

世の中がその人を必要とする状況(社会)と恋愛などのお付き合い(個人)という中で、
じゃあどっちにウェイトを置くかって話ですけどね。
もしも太陽と月がハードアスペクト、もしくは太陽と他の天体、月と他の天体とがハードであるなら、
その人は社会性、世の中の中での自分を意識するほうが上手く生きられます。
トラインだったら、個人、特定の人物、自分を必要とする誰かだけを漠然と求めやすい。

何故、今はハードアスペクトが重視されるかって言えば、
もう四の五の言ってられん状況ってことなんでしょう。
まあ、発展性ってことを思うと、衝突と化学変化起こさないわけにいかないので。

私を必要としてくれる誰か、なんてお子様な甘酸っぱさ、
すぐに飽き足りなくなっちゃうから。 
たまにそんな時を振り返るときがあったとしても、
自分のあるがままを受け入れた人はそこに帰りたいとは思わなくなる。

だけど、未だにそこに帰りたがる人もいるのは事実で。
で、無い物ねだりなこと言ったりしてしまう。
だったら、この自己矛盾って前提が標準装備されてる太陽と月のハードアスペクト、
もしくは全く関わっていないと、予測不可能な変化にも受け入れ態勢は作りやすい。

現在の社会で表現する太陽のサインと、
月の過去と幼児期、家庭内でのパーソナリティを、
すっぱり切り離してけじめをつけられるって、なかなかお得だからね。 
人の表情の豊かさと陰影の濃さというのは魅力と正比例するのだー。

月はその人の心だから、矛盾が無い方が幸せみたいに思われてたんですね。
それはそれで僥倖なのだけど、そうは問屋がおろさないのが「世の中」「世間」「社会」。
土星、木星、天王星、海王星、冥王星が仕立てる社会というのは、
太陽と月がトラインだとなかなか立ち向かうには大変なんですね、これ。
だって、「世の中」は平和が尊いっていいながらも常に変化を求めてるじゃないですか。

イージーアスペクトでも、セキスタイルや度数の関係でエレメントが違う「無関係なトライン」だと結構使えます。
エレメントが変われば幅が広がったり、変化に対応しやすくなります。

特別な誰かに特別な相手として認められたいと思う素朴な感情をないがしろにすることはないけれど、
もしも太陽や月がハードなら、この世間とか世の中といった「誰か」を限定しない場所に向かっていく方がいいです。
そして、そこを自分の居場所にするには時間が掛かるけど、
それこそ後々振り返って、嬉しくなるんじゃないかな。

それが自信って奴の土台になるんです。

人は一人では生きていない、誰かといつも繋がっているのだ。
特定とか特別な誰かという個人というのじゃなくて、
実は眼に見えない山ほどの複雑な繋がりで生きているということを、
ハードアスペクトは早いうちに気付かせてくれるアイテムなわけです。

厄介な事を「特別な」誰かに投影してしまって、
最終的にその人にとって大事なはずの「特別な」誰かを傷つけてしまう可能性。
そんな危うい部分ばかりを、クローズアップさせがちだったのは、
昔ながらの状況だったのかなと。

不穏な空気の中でも、あまり漠然としていて個人レベルでは解り難い世の中と言う所に、
自分なりにイキイキできるところを見つけにいける。
そんなハードアスペクトは、自分から選んで身につけた最終兵器かもねー。
ハードだからこそ、むしろ誰かと一緒に過ごす時間を大事に出来ますよ。
痛い目をしたり、傷つくのも理由があってのことなのだ。

傷跡が出来たら、労ってそこに磨きをかけるのだ。
誰かとかつて真剣に向き合った証拠だからですよ。
Tarot of the Southwest Sacred Tribes
http://www.aeclectic.net/tarot/cards/southwest-sacred-tribes/

絵柄に関しては文句無く惚れ込んでるデッキの一つながら、扱いはあまり楽でない。

ネイティヴアメリカンモチーフのデッキは、どうも魂の成長促す系って括りになるんだろうかとか。
とはいえ、スピリチュアル・グロースったって、ねえ...。
という、なんかこう複雑な気分なのでね。

随分前からこのデッキの感想を書いてみたいと思ってたんだけども、
なんとも掴み辛いと思ってたが、やっぱり現実生活のこまごました話を嫌うらしいです。
ダイレクトに経済的な話など、場合によっちゃヒステリックな答え方してくるし。

人物の表情は私が好きな有りや無しやという感じで、全体の色もベージュやブラウンがベース。
赤も朱赤で、色合いは正に大地の色そのままといった風情で、なかなか魅力的だ。
「太陽」「月」「審判」のカードなど、何度見ても心奪われる。
ノスタルジーを表すCupの6も実に和やかで、自分の事を訊いている時には頻繁に登場する。
展開して眺めてみても、なかなか絵になる感じがするんだけど。

それでも、素直にこのデッキが好む霊的な事柄を訊けば、素直で解りやすい展開を出して来る。
Santa Fe Tarotと同じ扱いって感じですかね。
カチーナじゃなくてダイレクトに人間の姿なのになあ。
このモチーフでカードを設計、制作する人の意思は、物質的な話をカードに託す気がないのかもしれない。

まあ、そう思えば、心身の健康のみで扱うのが安全そうなので、
実占での登場は殆どなさそうだけど、占師のマスコット的なアイテムではあります。
この手のカードはいわゆるライト・ワーカーとかヒーラーの指導用ならば使えるかもしれない。
ヒーリングを行う側からの問いかけならば修行モードかもしれませんが、
真面目に答えると思います。


ふと、このカードを触ってて思うのは、「拝む」と「祈る」という言葉の空気の違いで、
私は「拝む」という言い方が馴染めない。
「祈る」のなら、素直にできるような気がしている。

拝むという言葉の響きに、対象を仰ぎ見る感じがするのが好きじゃないんだと思う。
そこには「願い」よりも「畏れ」が先に出ているように感じるんだと。
祈る、祈りという言葉はただシンプルな願いだけになるような気がする。

「拝む」とその拝んでいる対象と私の間にはどうしても超えられない距離や壁を感じるけど、
「祈り」にはそんな時空も立場も関係なくなるような気がしている。

いや、ただそんな気がしているだけ。 うん。 

People Get Ready (Body, Soul & Mind)
これはレイキとは違うかもしれないけど、以前受けたヨーガのレッスンとか、
色々読んできて誰にでもできそうな事をメモ的に。

布団に入って寝たら、身体のあちこちをイメージで点検してみる。
自分が小さな光の点になって、身体の内部を探検するイメージ。
「ミクロの決死圏」みたいな。
解剖学とかの細かい知識なくても、家庭の医学みたいなので大まかな内臓の位置を把握しておいて。

で、食道、うん、大丈夫、胃、うん、大丈夫、ってな具合で。
足先までそんな感じで一巡り。
例えば、ああ左肩凝ってるかな、と気付いたらそこに小さい光になった自分を派遣してやるってイメージ。
で、ほぐしてあげると。

無意識に奥歯を噛み締めているくせに気付かない人も多い様です。
気付いたら、口元を緩めてみよう。
ほっぺたをゆるーくしてみる。

気付いたら緩める。 馴れると習慣になります。

まずは自分の身体と仲良くしてみよう。


ヴィーナスとネプチューンの間
レイキの霊授(アチューンメント)というのを受けて一年以上経ったけれど、
初伝受けてから、レイキ使わない日は一日もなかったんじゃないかな。
特に奥伝(サードディグリー)受けてからはジャンジャンやってますね。
まさに「おはようからおやすみまで」。

元々の目的は自己ヒーリングのためで、これは今も変わらず。
ヒーラーになろうという意識いまだ真剣に湧いて来ず。
何より自分が愉しくしたかったんですよね。

世の中はヒーラーと言うと変な意識で特別視している気がしますけどね。
どんな「能力」持ってたって、同じ人間なのになあ。
そのせいか、未だにヒーリングにたいしてお金を払うということを罪悪視とまではいかないけど、
とやかく言う人も未だいてたりするかもしれない。

レイキのアチューンメントに対して対価を支払うということに、
納得いかない人も多い様な気がする。
なんでだろう。 私はそういう事に全く躊躇無く支払って受けたのだが...。

ヒーリングというのが眼に見える物質化されたものじゃないからかな。
まあそれだけじゃないんですよね。
ヒーラーと言う存在を未だ胡散臭くみるとこがあるのかもしれない。
もしくは、過剰に神聖視したがってるのか。

医師や看護師を聖職だとして特別視する様な感じにちょっと似ている。
「医は仁術なり」などという言葉を自分達の都合の良い様に解釈して、
過剰な時間の労働を強いてきた世間の目は、ヒーラーに対してもお金の話となると、
とたんに眼の色を変えてあれこれ言うような。

えー、どうして?
眼に見えない事だからこそ大事だし、リスクを承知でやってくれてるのにさー。
実際、ヒーリングの作業の途中で、命がけな作業になることもあるようで。
立証し難いことを真剣に学んでやり抜くのは覚悟もいる話だったり。

ヒーリングの古典ともいえるバーバラ・アン・ブレナンの「光の手」を初めて読んでいるのだけど、
この微細な世界を頑張って専門用語めいっぱい使って立証している。
彼女の思いは、本来ならこんな事はもっと簡単でシンプルに伝えたかったんじゃないだろうか。
光の手―自己変革への旅〈上〉光の手―自己変革への旅〈上〉
(1995/02)
バーバラ・アン ブレナン

商品詳細を見る


既にヒーリングスクールを作ってやって行く上では色々あるんだろう。
実際にこの手の学校は真剣にやっているはず。
一つ間違えばヒーラー自身も命の危険に晒されるわけだから。

眼に見える物質にはお金を払えても、観えないところに払うのに納得いくかどうか、
この辺りはどうなんだろうなあ。
占いもそういう範疇になるんだろうけど。

ブレナン女史は実際のセッションに占星術のネイタルチャートのリーディングをした上で、
オーラスキャンを行い施療すると言う。

お金を表すのは美と愛情も表す金星。
お金や魅力、愛情のみならず、かつては戦争を表す星でもあったりした。
ヒーリングを表すのは海王星。
金星のハイオクターヴと言われ、理想とヴィジョン、自己犠牲を表す星。

現実的な価値と金銭、解りやすい美的感覚が金星、眼に見えない価値と無償の愛が海王星の管轄。
どちらも無ければ生きていけないのだけど、過剰になれば最後にはどちらも甘えと幻滅がある。

スリランカの悪魔祓いは太鼓叩きのカーストが行う仕事だが、
スリランカ社会の中でもかなり地位の低いカーストだという。
ヒーリングのプロフェッショナルであり伝統芸能の継承者でもあるのだが、
世間的には差別される対象にあるのが現実だ。
海王星の「自己犠牲」の要素が強烈に効き過ぎているかもしれない。

金星と海王星を無理なく繋げるのものはなんなんだろうね。
個人的には木星とキロン(カイロン)がその仲介ができるんじゃないかと思う。
この二つには高度な学問、学識という共通要素がある。
だからかなー、ブレナン女史がこういう本を書いたのは。

(もう一つのヒーリングを表す星は冥王星。
これは潜在意識の最も深い部分を表すので、トラウマへの直接のヒーリングを表しているらしい。
ヒーリングの中でもかなり厳しい作業になりそうな。
その手の浄化作業というのが一番大変だと思う。)

先日クライアントさんから、ブレナン女史と親交のあったらしいエリザベス・キューブラー・ロス博士のことを少し訊いたが、
彼女の理論はもう既に旧いと言われてしまった。
もう「光の手」よりも新しい情報や理論はいくらでもあるんだろうけど。

金星と海王星を上手く繋げるものって本当になんなんだろう。
それが解ったとき、ヒーラーという存在、ヒーリングやアチューンメントといった作業に対して、
お金と言う対価を支払う事を疑問視しない世の中になるのかもしれない。
Fool
木星が水瓶に入った事で、とりあえずこの一年をポジティヴに乗り切るには水瓶的な空気が必要って感じが。

水瓶座のルーラーは天王星。 
天王星発見以前は土星だったので、古典占星術ではこれで観ている様ですが。
で、今はその天王星と土星が対極の180°に位置している。
このアスペクトは旧態依然のものと現状打破の要素とが拮抗しているので、
新しい価値観への過渡期というのが一般的な見方。
当分このアスペクトは続くんですけどね。
社会性と世代間を表すので、個人の思惑とはまた別のところで働いたり。

この天王星には枠を外したり、分離独立させたりといった働きがある。
突然起こる衝動的な離反の要素はこの星が強烈に働くと起こる。

その昔の王侯貴族には「愚者」という存在がいて、王の傍に常に控えていたと言う。
王が居る場所にはどこにでも当たり前に出入りできるし、街に出ればお金がなくても商品を手に入れられる。
だけど愚者には家族や財産、家もなく、身につけているものすら実は自分自身のものではない。
何一つ所有する事は許されない代わり、どこまでも自由自在に存在する。

王も貴族も民がいてこその存在であって、実はその玉座につくには民の承認が必要なわけで。
なので、実は王の玉座というのは豪華な拘束具とも言えるな。
民からの大いなる期待と威厳がある事を常に求められているわけだから。
ただ崇め奉られたいから自分から王だ、貴族の爵位だと自分から主張したってなれるもんじゃないし。
人から認められて任務を全う出来るか否かってことで、実にこれまた厳しいもんですね。

そんな現状打破の存在が何も所有しない「愚者」であって、
「王」と「愚者」は常に共に在る。

現実の政治を取り仕切り、威厳を持って対処して伝統を残す王。
現実の責任を何も負わない代わり、威厳や財産を残さずにただ生きて終わる愚者。

土星と天王星が向かい合っているのを観ていると、そんな合わせ鏡な状況。
愚者は何も言わないけれど、王にその奔放な姿を見せる事で無限の機能を果たしているのです。
帝王とは愚者を持つ事ができてこそ、というのが実は本来の姿だったりします。

何も所有しない、いつでも身一つで全てを捨てて行ける存在があればこそ、
この現実世界の価値って奴を見直す機会が与えられたり。
何時かはそんな世界を卒業して別のところに行く時が来ると、
なにげに教わってたりもするわけで。

トランスサタニアン(土星外惑星)と呼ばれる天王星、海王星、冥王星は一名アウタープラネットと呼ばれる方が占星術師の間では一般的。
天王星から先は集合無意識。
金と権力では辿り着けない世界。

タロットの愚者のナンバーが0なのは、なんにも無いけどなんでもあり、だから。
これって史上最強の存在ですな。

愚者は神の子。


参考資料 「 占星術から天文心理学へ」ルネ・ヴァン・ダール・ワタナベ著
Someone's Knocking
私が住んでいる地域は、寺社も多いが、キリスト教関係の施設も多い。
カトリック、プロテスタントの両教会、
さらに家から5分のところには、カルメル会修道院まである。
子供の頃から電車のホームでシスターをよく見かけたものだった。

なんとなく、神仏がやたらに集まりやすい土地柄らしい。
目の前のランドマークになっているお山は弘法大師縁の場所で、
その麓のお寺にはマリア観音みたいに子供を抱いた観音様が鎮座ましましているという。

元旦に初詣に廻ったところのメモ

厄神明王像その弘法大師空海作で、霊威の恐れがあるとして秘仏にされている為、
拝観は一切出来ないけど私はいつもこの存在を一番頼みにしているんだな。
マジで強力な存在で、個人的に一昨年去年で充分、その威力を知らされてたり...。

今年のお参りで、初めて入り口のところで矜羯羅(コンカラ)童子・制咤迦(セイタカ)童子の二人従えているのを観た。
ちゃんとお餅と大根、人参、芋がお供えしてあったりして。
いままで気がつかずですみませんでした。
愛染明王と不動明王が合体してるんだから、それが当たり前なんですなー。
元旦に古札を持って行くのを忘れたので、今日はお返しすること。

馬頭観音さんへ。
振り返ると海が見える高台で、いつもここに行くのは徒歩で。
ちょっと骨が折れるけど、雰囲気が善い場所なので。
このお寺が天台宗だというのも今年初めて知ったわけで。
まあ、あまり宗派ってこだわらないんですけどね。
ここの馬頭観音さんは、その昔の住職が荷車を坂道で引いて難儀している馬を見て建ててくれたという。
本当に意味があってここに鎮座ましましているわけで。
毘沙門天や観音様、お地蔵さんもいっぱい祀ってあって、
その中には震災で亡くなった人を供養するお地蔵さんも。

で、たまたまそれまでちゃんと拝んでなかった馬頭観音さんの隣のお堂、
気になったので、そちらにもお参りすることにしてみた。
聖天(歓喜天)さんなのでやっぱり秘仏なのだか、これまたなんだか強力そうな...。
銅鑼を鳴らして手を合わせたら、とたんに手のひらのくぼみが熱くなった。

去年からやたら手のひらが熱くなる事が多いのだけど、
こういう時ってのは解りやすいです。

秘仏とされている存在ほど強力なのかなー。
実際、明王さんは憤怒の相であったり、聖天さんもちゃんとお祀りしないと難しいよな話もふとネット上で見かけたけど、
実際どんなもんでしょうね。

帰り道で近所のお宮さんを廻る。
ここの祭神は大日霊売命(おおひるめのみこと)だそうで。
このすぐ近くで実は遺跡が発掘されていたそうで、須恵器が出土したという。
なのでここは古墳の鎮めの為の神社だったんですな。
若宮神社なので祀られて日が浅い。 神主も居ないお宮さんだしね。
そのせいかお稲荷さんの祠もあったり。

私は「千と千尋の神隠し」が好きなのだが、千尋を助けたハクがニギハヤミコハクヌシ(饒速水琥珀主)という小川の神だったというのを何となく思い出した。
だいたいそこの祖霊を祀ってくれているいうのは、ありがたい話であって、
大日霊売命は祖霊鎮めの為に勧進されたんだろう。
ハクのように忘れられて行く神様は多いんだろうなあ。

本当は翁面を被った蛇身の名の知れた川の主が、話の冒頭ではオクサレサマとして忌み嫌われる疫病神になってしまってたり、
「もののけ姫」の乙言主が祟り神になって襲うというのも解る気がするな。
私は祟り神や怨霊って悪いもんじゃないと思うどころか、
やっぱり必要な気がするけど。

ご近所の親子連れやお年寄りばかりで、のんびりしたもんでした。

iPodは栗Qクリスマスアルバムとか、ミック板谷の"Angel"とか、
Shi-Shonenとか。

今日は生田神社の方も廻れたらいいんだけどなー。
相変わらず人混み凄いだろうけど。
Jupiter in Aquarius
明けましておめでとうございます。

伝統的にめでたい星といえば、木星。
もうすぐ山羊に入っていた木星が水瓶に移るので、いままであまりしていなかった木星の話を。

木星はローマ神話のジュピター、ギリシア神話のゼウスなわけで、
彼の持ち味はおおらかで優雅で気前がいいけれど、全般に緩く甘い。
膨張したり、緩んだりするのは木星の作用で、その昔は簡単に最大の吉星といわれたのは、
昔は物質が豊富で肥大している事が富貴であり、善しとされた名残かと。

上手く使えば発展と成長、いいかげんに甘くしてると膨張して緩みきって一年が終了するという。

そんな木星なので、実にイージーアスペクトだと本当に自己満足で終わる事が多い。
おおらかなので、木星自体ではチャンスに気付き難いという。
なので、他にアスペクトを取るとしても、刺激の多いハードアスペクトの方が使えるというのが、
今は結構知られているようで。

実は木星が入っているハウスはその人の善意が宿る場所とされていて、
ここに関しては伝統的に恩恵を受けやすいとか言われてますが、
まあ実際には入っているハウスについて前向きに考えている、
思いが肥大しやすいというとこかも。

前世での善い事をした上で得たご褒美的カルマという説もあり。
なので誰にでも標準装備のネイタル木星、せっかくの宇宙からのギフトを眠らせずに上手く刺激して活用してね。

実は個人的にネイタルチャートは木星と海王星のアスペクトにはトラインしかないので、
いままでこの要素には自分でも気付き難かったー。
今思うに、こんなにイージー過ぎては暢気にも程があるだろうと。
振り返って個人的に緩みっぱなしだったかもと思う、来し方。
(しかも木星と海王星は両方とも魚座のルーラーでどちらも非情に似通った星でもあるので、
 これが二つとも全く同じ状況というのには、実際意味があるんだろうけど。)

で、木星の活用は実は180°(オポジション)、90°(スクエア)にあると意識しやすいというのが定番。
本来ハードアスペクトと呼ばれるこの二つの角度、暢気な木星に気付きを与えて働かせるのに非常に有効なので。

なので、例えば去年から山羊にあった木星は、対抗サインの蟹、スクエアの牡羊、天秤といった活動宮に星やASCがある人には使いやすかったと。
この辺りに太陽や月、他にも星がある人に取っては結構社会的な面で動くことが多かったり、
0°(コンジャンクション)にASC、太陽や月があれば、ダイレクトに何か健康的な習慣を始めた人も多かったようで。
ダイエットやスポーツ始めたり、フィットネスクラブ入会とかね。

自分自身を発展させたい、フィジカルになりたい、本来の自分自身を取り戻してイキイキしたい、
精神も肉体も体質改善したいという人に取っての絶好のチャンス到来ということで。
実際、ダイエットはいいですよ。 
木星は膨張させるので、それをダイエットやスポーツで効果的に肥満を前向きに回避させるのはいいです。
ネイタルやトランジット土星とのアスペクトも利用してね。
(対の様になって働くソーシャルプラネットの土星が支配するのは骨と皮、で、痩せると。
 物事を定着させるのも一年で移動する移り気な木星ではなく二年半滞在する土星の役目。)

遠方への移動、旅行も発展に繋がりやすいのと、外国との縁を繋ぎやすいときでもあったり。
出版、専門知識(学問)の習得にもいい機会だったり、信仰を表すので精神修養に善いときでもある。
写経とか、身近にできる事でいいんじゃないかな。
結果、人間関係の見直しが出来たり。

もうすぐ木星は水瓶に移るので、巷で言う水瓶座生まれの人達だけでなく、水瓶ASCの人、
対抗サインの獅子、蠍、牡牛といった不動宮の人は、積極的に動いてみると。
「不動」なだけに、いい刺激になると思うんですよね。

伝統的にトランジット(今、現在進行形で動いている星)でもトラインなどのイージーアスペクトより、
実際には180°、90°の方が意識しやすいですよ。
大袈裟になりやすいのですがソーシャルプラネットなので対人関係のなかで磨かれます。
誰かが注意してくれて気付く事も多いです。
これがむしろチャンスだと受け取ってみてください。
逆にイージーだと程々に愉しい程度で、気付かない事多いです。


ネイタルチャートの木星の位置を知っているという人は、その対抗サインになんらかの星(特に太陽)を持つ人や、
スクエアの位置の太陽生まれの人が社会的に発展させるキーパーソンになるので、
一度確認してみるといいです。

性格的な面は別として、この人と組むとなぜか仕事がスムーズに行くとか、
色んなところに誘ってくれたり人の輪が広がるような気がする、
自分自身が前向きな考え方をするようになった(例え反面教師であったとしても)というのなら、
その人はあなたの生まれた時に宇宙から貰った木星を刺激している人。
自分の中の善なるものを呼び起こしてくれてるので。

自分の木星に0°でその人の太陽がぴったり合えば、あなたのパトロン的人物。

なので、出逢う人全てはやっぱり宇宙からの必然ってことで。
木星はそういう事に明るさのフレーバーで気付きを味わわせる星でもあります。

水瓶の木星にはWill Powerのフレーバーが掛かっている。

血や国家民族などの繋がりを超えた人類愛と平等の精神で。
国境を越えるアイテムとしては電波、PC、インターネットといった
水瓶アイテムの新しいサイクルも来るかな。
ますますこういったアイテムの活用範囲が今までと違う広がりが来るように、
この一年の日々やっていくと。

どっしりと現実の結果を求められた、重厚でダークスーツみたいな色合いの山羊サインを去って、
水瓶に入ると物質的な枠が取っ払われてイメージ的にはシャープでメタリックな輝きの木星。

ちょうど12年前の水瓶の木星の年は、インターネットが普及し始めた頃だった。

タロットに相当するのは10番の運命の輪と17番の星の組み合わせ。
物質的なものを超えた形而上的な事柄や未来的な夢を追うか、
現実世界でならインターネットを駆使したりエレクトロニクスを武器にして、
利他的に動くのなら門が開きそうな空気じゃないかな。
プロフィール

Gatos Blancos

Author:Gatos Blancos
占星家

ある日とある街角でタロットカードと西洋占星術の再会から始まったとりとめない憶いの記録

当方では対面、メールでの有料個人セッションのみとなります。
ブログ上でのコメント欄での一個人のリーディング依頼はお受けいたしかねます。

Webサイト・ブログ、印刷物等への転載はお断りしています。

あしからずご了承下さい。


西洋占星術とタロットカードによるリーディングに関するお問い合わせはこちら

最近の記事
最近のコメント
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
フリーエリア
PopUp Wikipedia?
Wikipedia
developed by 遊ぶブログ
リンク
ブログ内検索
RSSフィード