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お山
寝る時には毎晩家の上空からレイキして、それから自分へヒーリング。
まだシンボルがある方が解りやすいのでとりあえず普通にシンボル使って、
マントラは任意で。

感覚としては、じわーっと。
寒い日に外から帰って、あったかいシャワーを浴びたり、
湯船に身体を浸した時の感覚に近いです。
今が冬だから余計にそんな感じを得るのかもしれませんが。
頭の天辺から頸の後ろを通ってそんなのが流れる感じです。
おかげでそれまでは子供の頃から冬は電気毛布が欠かせなかったのが、
今は無くても普通に寝られると言うありがたさ。

厄神明王のマントラを唱えても似た感覚を得られるんですが、
最初に手のひらのくぼみが熱くなる感覚の方が先ですかね。
やっぱり頭から何か流れて来る感じがします。

厄神さんが魔王尊さんに取り次いでくれたのかなあと。
そんなことをつらつらとこの数日思ってましたね。
厄神明王像自体は、霊威の恐れがあるという理由から秘仏となっているので、
そのお姿を見る事はかないませんが。

一つの地域に長く暮らしていますが実際寺社もあちこちにあれば、
キリスト教の教会も多いというところ。
カトリックもプロテスタントもあれば、修道院まである。

先日知り合った地元のレイキティーチャーの方から、
普段見慣れているお山からとても善いエネルギーが流れてきているのだと教わった。
そのお山から、近くの川へもその穏やかなエネルギーが流れてきているという。
山頂へ行った時にも、足元からビリビリとパワフルなエネルギーを感じたと。
一緒に寄り添っている更に小さなお山は、女性的な柔らかい穏やかなエネルギーだったそうで。

小学生の頃に遠足や登山で登ったぐらいしか記憶に無いけれど、
窓を開ければ、電車に乗ればいつも見える小さいお山。
弘法大師のご縁も深く、秘仏となっている厄神明王自体が、弘法大師作と伝えられているし。
そのお山の麓にあるお寺にはマリア観音みたいに赤ん坊を抱いた観音様が祀られているとか。

麓の地域には神仏もキリスト教会もいっぱい出来てしまう、
思えばお山はかなり強力な霊場だったんですね。
去年まで全く意識してませんでした。
ちっぽけな見た目には可愛いお山で、山頂まで登ると、何故かまるっこく禿げている。

こんな風に色んな出逢いがあって、そこで今まで気付かなかった事を教わる事になるとは。
去年は、現実のなかで不思議なご縁に沢山気付かされた年でした。

さて、初詣は厄神さん、馬頭観音さんと廻りますが、
子供時代から見慣れたお山の方も行ってみようかな。

では、よいお年を。
The Holly And The Ivy
とりあえずのメモ。

いきなりですけど、サイキックってなんだろう。
世界的にその手の人として有名なのは、その昔のイエスとかブッダとかその辺りかなー。
セイント☆おにいさんじゃん。
私はどちらかといえば、彼らは受けやすかったのと、レイキ回路みたいなのが生まれながらに開いてたんだろうと思うけど。

世間的には超能力者と訳されるわけですけど、世間的には霊能者も占師も一緒くただったりするんですよね。
で、占師というのは霊的職業なんですって。
なんかねえ、広範囲にみれば、それじゃあ臨床心理療法士とかもそんなのにうっかり入りそう。

ミュージシャンや物書きとかね、作品を産み出す時に「降りてきた」のを表現してたりってとこもあるようなので。
こんな事書けば、絶対違う!って言われそうだけど。

ま、想像力には海王星の助けありですから。
現実に形にするには土星、木星のパワーと水星の能力必要。

だけど、眼に見えない事柄を扱うってとこでは変わりなしと個人的には思ってたり。
私は占師をカウンセラーなどと呼び変えてみたりなんてことは決してしませんが。

で、個人的にサイキックというのは、自分の中にある能力で何かを観たり行うことだろうと思うのだけど。
いわゆる念力ってやつね。 
眼に見えない力で物品や人の精神に何らかの作用を直接及ぼすという。
魔術とか祈祷による願望成就もこれになるのかな。

なので、自分の中だけでやる分には個人の能力差は顕著ですよ、きっと。
それに限界あるしね。 だって人間は人間以上じゃない。

霊的職業っていったら、世間的には宗教家、お坊さん尼さんとかでしょうか。
私は個人的に精神科医、先にあるように臨床心理療法士もそうなんじゃないかと思ってるんですよね。
まあ、これらの生業で生きる人々も色々です。
生まれながらのセンスを持って某かのアプローチでやっている人もあれば、
お薬や処方箋出して、はい、診察治療おしまい、って感じで終わらせる人もあるだろうし。

占師は基本、受ける方、霊媒師の方に近いと思います。
まず、自分から人や物品にそういう力でアプローチすることはない。
受ける、感じるところから始まる。

サイキックな力を表すのは、占星術では8ハウス。
自分自身を表す1ハウスからすれば、クインカンクス(150°)の位置に存在しているので、
この世で表現したい自分自身とは本来関わり合いの無い世界なんだよね。
ところが、この8ハウスに星が入っている人が実に多い、占師というのは。
そうでなくても占い、不思議大好きー!な人には8ハウスに星が入ってたり。

8ハウスになければ、12ハウス。
これは最後のハウスで、自分自身を表す1ハウスの真後ろで、
やっぱり普段は観えない世界。
8、12ハウスというのは現実性から掛け離れている様子なんですなー。

なので、8ハウスに太陽が入っていれば、その人はASCが表す現実で体現している自分と本質が全く噛み合ってないわけで。
そこから観えない世界とかに興味が行っても不思議は無いな。
「私」ってなんだろうってとこで。

ただ思うのは、サイキックな世界ってやっぱりヤバいんだよなあと思ってて、
だってマントラとかシンボルって本当に効くんだよ...。
こんなのマイナスに使えば、確かに魔術になっちゃうじゃないのー。

だから普段の生活では関わり合いの無い世界、観えない計らいというぐらいの自覚でいられた方が幸せなんだな。

マントラ(眞言とか、祝詞もね。)やシンボルを何か能動的に使いたかったら、プラス方向にね。
こういう眼に見えない事は、基本コントロールが出来てるかどうか解り難いんで。

一種勘がいいんだろうけど、人に対してプラスに働いて助けてくれるのと、
ヤバいのと区別もつかないで、フラフラ引き寄せられてる人、珍しくないだろうし。
だったら、思いっきり現実性で対処したい。
なので、8ハウスを表すサイン蠍の対抗は2ハウス牡牛。

牡牛と蠍の間では肉体と性の綱引きがあって、争われるゲームは「生命」。

現実の肉体を通す感覚が乖離しそうな精神を常につなぎ止めるんだろうと。
なんども言うけど、肉体、大事にしないとね。
美味しいもの食べて、好きなとこに出かけたり手にしたりできるのってありがたいよ。
観えない世界へウキウキ夢と希望いっぱいな人観てると、
「なんだそれ」ぐらいの感じで対処してたり。

余計なものが観えないってやっぱりありがたいんだよ。
神様がきっと人間の幸せの為に普段はそういう風にしてくれたんだと。
本当に大事な時にだけ、「虫の知らせ」みたいな最低限のだけ残してくれたんだろうか。
音楽とか眼に観えない喜びを感じる程度に普段は出て来ない様に。

そんな気がしています。

昨日はクリスマスだったなー。 
でも普段通りの日常だったけども、その前が冬至だからね。
ちょっと生命力弱りがちかも。
こういう時に過ぎ越しの祭りをして明るい空気でいっぱいにしておくってのはいいアイディアだとつくづく思いますね。

クリスマスの緑と赤は愛と生命。
The Horses of Neptune
乗馬を始めたのは高校生の頃で、もうそれからそこそこの年数が経ってしまったのだけど。
ぼちぼちとやっています。
年末までにはまたなんとか一鞍だけでも、乗りたい。

クラブという人の集まりの常で、色んな人間模様を観て、一言では言えない思いは色々あれど。
馬というのはそんな人間の事などさておき、素晴らしい存在で、
神話ではネプチューンが創り出したと言われている。

http://www.geocities.jp/shumijinn/thehorsesofneptune.html

馬や騎手といったものを表すのは、占星術では木星、射手サインとなっているけど、
私個人は今では海王星と感じている。
海王星は魚座の主星だけど、海王星発見以前は木星だった。
木星自体は魚座の副主星、ナイトルーラーとされている。
ペット、小動物を表す乙女サインの対抗としての魚サインは大動物を表している。

何故、馬という動物が好きになったのかは解らないけれども、ものごころついたころには憧れだったので、
まったくもって理由が解らないが、魚サインと馬というのにはどうも深い関連がありそうで。
競馬の騎手にも魚座生まれは多い。 勝負事に一番向いてなさそうなサインなのに。

馬に乗る時の基本姿勢は背中をまっすぐにすることだけども、
まず仙骨をきちんと立てる。
それと同時に胸を開くとよく表現されるのだが、肋骨の真ん中をゆっくり開く様に胸を真っ正面向けて軽く張る。
そして自然と肩をすとんと落とす。

こうすると、誰しも威風堂々とした様子になる。
最初はなかなか馴れないけれど、何度も乗るうちにこの姿勢が当たり前になる。
そして、この仙骨を真っ直ぐにして、胸の真ん中を開く姿勢をしていると、
実は肩が凝らないという事に気付く。

肩凝りってやっぱり気の流れが良くないんだねえ。
仙骨をまっすぐにしているだけでも違うし、その上で胸を開く様に姿勢を取ると、
すーっと変な凝りや痛みが和らぐ。
この数日、意識してやってみて実感。
信号待ちの時とかでも意識してみるといいですよ。

こういう当たり前なことでも、馬はなにげなく教えてくれたんだなあ。
どの馬も神だったなあ。 これから出逢う馬も皆そうなんだなあ。

やっぱりネプチューンの贈り物は素晴らしい。

また初詣には馬頭観音さんにお参りしてお守り頂くのが愉しみ。
年一回しかいってなくてすみません。
馬のみならず人と暮らす動物達を守護する存在がいてくれてるって、ありがたく思っております。
海図の見方
なんだか「しあわせ星うらない」と「Sun King」のエントリーって人気あるのなー。

私が小学生の頃、あの「しあわせ星うらない」を繰り返し読んでいた時代に、
お昼の二時、三時の奥様番組で占星術師として時々登場していたのは、ルネ・ヴァン・ダール・ワタナベさんという人。

スーツを着たごく普通の姿で登場し、当時は占師というとやたら真っ黒けな生地に光ものくっつけた、
「神秘的な格好」ってので出る人が多かった様な時代に、
子供心にもなかなか新鮮だったと思う。 
まだ10歳になるかならないかぐらいの頃だったけど。

彼が「占星術から天文心理学へ 」という本を随分前に出していたという事で、
とりあえず古書で安く取り寄せてみた。
元々哲学がお好きなようで、そこから提唱する「天文心理学」で従来の占星術師のレベルをアップさせたいという気持がこもっている。

グルジェフ・ワークに触れたり、修行したり様々な試行錯誤を続けておられるということで、
実践を大事にするという精神がずっと貫かれているところは、
普通のスーツ姿でTVに登場する占師という時代からお変わりないのだろう。

この本を入手する数日前から、なぜか彼の名前がずっと頭の中でこだましていたので。
本に呼ばれたのかね。

もちろん、書かれている内容全てに諸手を上げて賛成しているわけじゃないし、
私は元々カウンセリングするとしても占いの手法を中心に使うのなら、
その人はやっぱり占師と名乗るべきだと思う。

いまどきの若い二十代三十代の人が、占師と言う呼び名を古臭いと嫌って「カウンセラー」だの、
「セラピスト」などと名乗る事に厳しい眼を向けている事は以前にエントリーしたとおりで。

占星術にも色んな流派や流儀があって、私がやっているのは90年代から起こった心理占星術だけど、
実際には土星までの星ならば、品位など古典の知識だって使えるものは取り入れたりもしている。
人の数だけ流儀はあるのかなとも思う。

そして、その悩みや選択がより具体的な程に、私もお話はしやすい。
巣の中のひな鳥みたいに、ただパカーンと口を開けて自分に都合の良い「しあわせ」ばかりを期待してしまうような感じの若い人が来た時には、
なかなか上手くお話できなかったなあ、むずかしいなあと思うけどね。

人の心って実年齢とは全く別物なんだけど、ネイタルチャート見てると、解りやすい。
複合アスペクトもだけど、アスペクト自体がしっかり主張してくる感じに見えると、
その人のお話はかなり具体的だったり、専門知識を持つ人も多い。

コンジャンクションなどあっても、全体に見辛いというか漠然としている様な気がすると、
実にこれが読み難く、対面でのお話もし難く感じたり。

やっぱり占星術のチャートって不思議だなあ。

Chartというのは英語での本来の意味は海図のこと。
イギリスという海洋国で元々占星術が盛んだから、というのもあって、
人生を渡って行く為の青写真とも言える個人のホロスコープを海図に例えたらしい。

生まれて来る目的がはっきりした人程、明快なチャートを持っているのかも知れない。
見辛いというのは、観る側、観られる側も、共に試行錯誤や寄り道しながらの、
長い道中をゆっくり進む海図なのかもしれないな。

なので、ただ古来の占星術だけじゃない、様々なワーク、身体を使った実践というのはいずれ必要なわけで。

人間は知識や技術だけで生きてるんじゃないからね。
実はこの物質世界に置いては肉体でまず生きている。
手でカードをシャッフルし、占星天文歴のページをめくって、星の動きを追いかける。

私は「カウンセラー」なんかじゃない。 「セラピスト」なんかじゃない。

占師というのが、一番いい。

眼に見えないデリケートな部分を具体化する方法に占いという手法をたまたま使っているけれど、
心理学者ではない古来のやり方を知っていて使うのなら、
占いは敷居が高過ぎず、不思議な説得力があるから。

この肉体で生きる現実世界には肉眼でつぶさに観る事のできない、
つまびらかにできない世界、次元があることに気付く、一番解りやすいツールが占いだと思う。
聖杯が二枚
eshasさんのリーディングと共にいただいたプログラミング済みタンブルと、
おまけのイシスさんのエネルギー入りミスト。
一度シューッとしてみたら、甘い香り。
マジョラムかなー、ほっとします。

タンブルとタロット結果

タンブルについての結果はこれ。
アクエリアン・タロットデッキのスペイン語版で。

カップのペイジはいつ登場しても、自分のパーソナリティを表すカード。
そしてカップの2。 二枚とも正位置で出現。 
マイナーアルカナという辺り、ほっとします。
心身の健康と善き人間関係をプログラミングしていただいた、この渋いジャスパー系と思しき石。
なんかラブラブらしいですよー。 うわー。
ありがとうございました!
月のテーマ
月に関するメモ

月は本人の感情、好悪の感覚、幼児期、家庭、母親、男性にとっての妻、姉妹、
ふとした時に出る癖、プライベートで見せる表情、安心や心の保証を求める要素や場所、
大衆的な人気、ポップな要素、気分、無意識、後天性、心因性、そして女性原理。

月そのものがノードや土星と共にカルマを表しているという解釈もあります。

陰であるということは、そのサインのネガティヴな要素が出やすいというところもあったり。

月がその人の体質、ウィークポイントを表したりもします。

アウタープラネット(天王星、海王星、冥王星、補足的にキロン)とのアスペクトがあると、
ハードな場合、心身症、鬱などに注意して、精神衛生を心がけるように。
特に変な空気の場所には行かない様に。 真夜中の外出は気をつけて。
寺社などには明るい昼間にのうちにお参りすませるとか。
水のエレメントが多い人同様、サイキックスポンジの要素を持ってる人が多いです。

イージーアスペクトであれば、サインとハウスを考慮して安心感と才能を伸ばす方向性を探ったり。
アウタープラネットのような公転周期の遅い星の要素はなかなかすぐには解り辛く、
ましてや御本人さんは全くもって気付き難いです。


月と火星のアスペクトでイージーだと男性でも料理をまめにやる人結構いる様な。
火星を包丁を使う、という方向に使ってるんだろうね。
月が表す家、その中での火星的な要素といえば、包丁、ハサミといったとこでしょう。

自分で自分の事はやる!っていうのが月火星のイージーアスペクト持ちの特徴かな。
DIY当たり前って感じ。

月と火星のアスペクト持ちって元気な人。
飾り気のない正直さが持ち味って感じ。
イージーアスペクトだと、気安く話しやすいし、愉しいと。
実は個人的に、こういう人が男女とも好きだったりします。

月と金星だと、愉しい事を誰に教わるとも無く知ってる人。
甘える表情が魅力的で天然なので、(本人は全く気付いてない。)受け身でそこそこ豊かでいられるという。
イージーだと足るを知るという感じです。
ハードだと周りが時間が経つうちにしんどくなるかも。
異性間だったら許されそうだけどね。

月に木星、もしくは土星だと、実は目立たなくても社会では無くてならない人だったり。
実は木星、土星、どっちもカルマを表すと言われていて、
(木星は陽、土星は陰というとこで。)
イージーならそこそこ本人さんも使いやすく、
ハードであれば火傷もしながら、傷跡が塞がった後にも磨きをかけていくってとこでしょうか。

月のサイン、カルマなので今更感が強くてうんざりしているので、
油断してるとネガティヴに出やすいですが、いざという時に結構使えるので大事にね。

ちょっと前の解釈だと月と太陽のイージーアスペクトって羨ましがられるたんだけど、
実はあまり使えないというか。
特に同エレメント間のトラインなんて、本人の中に矛盾が無さ過ぎて環境の変化とか以外とついて行けてなかったり。

ルックスも性格もいいのに、何故かなかなか結婚しない人、
周囲の環境を変え難い人というのは、
太陽と月のトラインに木星もイージーアスペクトが多かったりという事が多いです。
自分なりに新たな地平を求めたり、自ら全く自分の育った環境とは違う家庭を作ろうと言う開拓者精神みたいなのが培われ難い。

自分の育った家庭や実家の環境が居心地よ過ぎて、なかなかそこから出難い。
穏やかだと思い切った行動って取れずにチャンス逃しちゃうって珍しくないです。

そこそこその人に見合った課題ってのを見つけ難いのがトラインの罠。

月のハードさって、以外と実は使えますよ。
太陽よりも気付き難いので、周囲の人、家族とのコミュニケーションでの気付きが大事ってことで。

だから、おうちって実は大事なんだな。 ウィークポイントだし、労る場所。

月はその人のおうちで、何時か必ず戻る場所。


現代占い考
何時からかは解らないんですが、世間的に占師と霊能者というのは混同されがちなんですね。
実際に占いのお店でも霊視するという人と、私の様に昔ながらの占い一つでやる人とが一緒になっているという。
そんな現状なので、世間的には占師は霊能力があると思われがちなんですよね。

正直、え-!と思いましたね。
だって、自分が占星学やタロット習う前にも観て貰ったことはあるけど、
その当時は、占師に霊能力あるなんてこれっぽっちも思った事無いから。

なんで、占いの技術とサイキックやミディアムな能力がごっちゃにされたんだろう。
いつのまに?

まあ、実際その昔は巫女や行者が占いを託宣と共に行っていたという歴史はありますけど。
でも、今は分けて考えるのが普通じゃないの?って。

実際、リーディングしながらも、「行者の末路は哀れなり。」という大昔からの言葉が沁みる。
私が肝に命じているのは、なるべく主観的にならないように、
その人の中のこだわりやエネルギーの流れをせき止めている要素をはっきりと提示すること。
そして、クライアントさんを絶対にコントロールしない事。
絶対と言う言葉は普段使わない様にしているけれど。

これをやったら、正に「哀れな行者の末路」まっしぐらは間違い無しだもんねー。


実際、自分で行っているリーディングって、霊能力なんてこれっぽっちも無いんですよ。
心理占星学の知識とタロットの展開を読むだけで、それだってテキスト貰って学んだからこそ。
私のは別に霊能力を開いたり、そんな訓練なんて全くしてないので。
(勉強すればするほど、新鮮味が無くなってくたというのが気になるけど。)
元からサイキック能力が無いのでね。
ヤバいのとプラスに働いてくれる存在との区別って自分ではつかないし。
と、思う。 そういうことにしておきたい話。 ほんとに判断つかんのだよ。

近所のお宮さんへもお天気のいい午前中しか行かない。
雨振ったら休み。
そして、お稲荷さんの祠に手を合わせもするけど、基本狐などを崇め奉ったりは一切しない。
その手の眷属とコンタクトなんて決してしないし、
むしろ「あんたら、宇迦之御魂神に真面目にお使えするように!」と厳しい調子で手を合わせている具合。
ああいう手合いに飲み込まれたくないので。

鞍馬のお山の本殿でもありがたく手を合わせてきたし、
手水には龍の飾りに「お水さん、ありがとう」とあって嬉しかったけど、
龍を崇めるなんてのもしませんしね。

自然はなにより素晴らしいけど、その中でうごめいてる得体の知れないスピリットよりも
人が一番強くしっかりしていられるはずなんだよ。

子供時代は信仰は無くても昔はああいった幻想動物も大好きだったけどなあ。
そんな頃に帰りたいと思う時もあるけれど。
たまに松谷みよ子さんとか、赤羽末吉さんの本とか読むと。


そんな感じなので霊能者と称する人々のことは私には解らないのですが、
以前、ピンチヒッターでそういう方々と組んで出演した時、
何故かそちらの方々にはいつも霊視での鑑定予約がひっきりなしなのに、
その日に限って霊視依頼の予約がバタバタとキャンセルになったことが。

そういうことが二度あって二度とも別の霊能者なんですが、
どちらもまったく同じ様な事が起こったり。
こんなことは珍しいとかなんとか先方はおっしゃってましたけどね。
まあ、偶然でしょう。 だってこちとら観えない世界のことは何も解らんし。

正直、占師と霊能者というのが同じ場所にいる状況というのは、
スピリチュアル全盛ないまどき、面倒だなあと思いますけどね。

さて、取り寄せて放置している占星術の原書にそろそろ取り組まねば...。orz
ひいらぎ飾ろう
このところ、ブラッドストーンにハマってたり。

ジャスパーの一種で、一般には不透明な深緑の地に赤い色が散っているというイメージだけど、
実際は赤の配分が多かったり、スモーキーなピンクに緑が混じってるのもあったり。
最初に入手したタンブルも、ピンクに緑や白い模様入り。

これが実に安眠効果抜群で。 翡翠と一緒に置いてみてもいい感じ。
実際に触ってなくてもネットでブラッドストーンの画像見てるだけで、本当にあくび連発。
なんでだろーと思うと、実は見てるだけで安心している自分自身に気付くと。

肚が据わるというんですか、グラウンディング効果が実に解りやすい。
やはり、ヴィシュダ・チャクラへの働きかけですかね。
どこでも生命力アップという話はあるようで、造血作用とかね。

キリストの血という逸話は見た目のイメージからでしょうが、
こういった昔からの多くの人々の想念も一役買ってそうです。
実際、緑に赤ってクリスマスカラーだし。

実はこの石、小学生の時に初めて宝石の本で見た時には全然魅力感じなかったですね。
昔はブラッドストーンは魚座を象徴すると言われていて、誕生石で二月はアメジスト、
三月はブラッドストーンに設定されてたんですね。
今の三月の誕生石はアクアマリンという方が通っているようで。

見た目に凄く地味で不透明な石ゆえ、子供には良さが解らなかったんでしょう。
社会に出て、そこそこ擦り切れて初めて解るんだよー、不透明な石の良さ。
この石がくれる生命力と肉体のベースとなる第一チャクラへの強力な働きかけ。
個人的に、こんなにパワフルに「もう大丈夫!」とダイレクトにくる石はないなー。

緑はアナハタ・チャクラ(第三、ハートチャクラ)への作用もですが、
この石はどちらかというと、自分にはベースの方が強く感じます。
この石の赤い部分は緑と一緒になることで強力になってるのかな。
なんだか身体がほかほかあったまる感じ。
不透明な緑というとマラカイトも好きで、
やっぱりこの石もブラッドストーンと同じく肉体疲労と魔除け。
多少の細かいのは、この石が結構お掃除してくれそうな気がします。 
何にも観えないけど、そんな気がする安心感。

ブラッドストーンは元は魚座の石と小学生時代の愛読書「しあわせ星うらない」でも学んでいましたが、
今ネット上では性と死を表す蠍座の石となっているようで。
第一チャクラへの作用と関連づけられている様です。

「キリストの血」というところと、自己犠牲という辺りの関連だと魚座、
チャクラで見れば、第一と第三なので、魚座、蠍座の両方のサインへの親和性高いかと。
ブラッドストーンの肉体、アメジストの精神というとこで。

色のイメージからすると、ひいらぎが近いな、この石。
Cleopatra Tarot (訂正あり)
タロットカードにある幾つかの起源説でも、エジプト説ってのは有名でしょうね。
私はあまりこの辺は気にしてなかったんだけど。

たまたまエジプト風タロットといえば辛島宣夫氏の本とセットになったものだけ持ってたんですが、
他にあるかなあと探しててたまたまバッグとセットになったのを見て購入。
実際に届いたのは、カード本体の枠や裏の色が水色。
ナイル川のイメージかな。 私はこの色好きだな。
だけどこれ、ちょっと変わってるんですよ。

てっきりウェイト版の絵柄をエジプト風にしたやつぐらいに思っていたら、
全部神界や精霊のキャラクターばかりになってるみたいな。
太陽がラー、死神がアヌビスっていうのは当然ですが、他にも精霊というか想像上の動物みたいなのもいて。
悪魔はセト、マジシャンはトート、塔はアペプ、正義はマアトといった具合。
節制がヌンだったかな。 青い肌の神様だった。 解りやすいなー。

http://www.astroamerica.com/t-cleopatra.html

あと、これエジプト占星術の概念入ってますね、小アルカナに。
これはなかなか面白い。 従来のとは確かに様子が違う。
基本、解釈はウェイト版遵守のようです。

とりあえず自分の事を占うのみにしてウェイト版でのリーディングで観ていますが、
神界の存在だけあって律儀というか、じつに真面目で。
答え方はズバッと来る方だけど、ちょっと説教臭いかも。
でもこれ好きですね。 触れる程に気に入っています。
未だエジプトの神々からの声やイメージを直接感じるまでには至っていないので、
カードに書かれたスートや名前を見てますが、しかし実にいい。
なんだか納得する空気があるんです。 厳しさと穏やかさが程よく。

基本、神様なので人間がひたむきに真面目に生きることを望んでいるんだろうな。
ハトホルもこのデッキのあちこちに登場しているようで。
占いの女神はカードの中でも忙しそう。

http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=7612

絵本が充実している行きつけの本屋さんで今年の晩夏に見つけたのが、「運命の王子」。
この中でも七人のハトホルのお告げでお話が始まる。

このデッキはガーネット色のサテン地のタロットバッグのセットで買ったけれど、
バッグにも淡いシャンパンゴールドでのハトホルの姿が美しく縫い取られている。
持っていても使っても愉しいデッキの一つだったり。

まあ、これだけ美しく、人から永きに渡って崇拝されれば高飛車にもなるかも。(笑)
女神でも実に陽の気が強い感じがするから好きなのかなー。

訂正

タロットバッグにある女神はハトホルではなくてイシスでした。
このデッキでは恋人のカードに牛の頭部の姿のハトホルとホロが登場しています。
節制はヌンではなく、ハピでした。
ちなみにイシスはこのデッキの女教皇です。
この女神はやっぱり知性なんですなー。
プルート・ビッグウェーヴ
冥王星が山羊イングレスって、ここでも他の占星術関連のサイトやブログでは嫌という程記述出てますが、
今気になるのは山羊の対抗星座である、蟹座の太陽の人達。

いわゆる蟹座生まれってことですが、月が蟹の人も色々ありな真っ最中なはずで。
心ざわついて厳しい状況でしょう。
蟹のサインに星が一つも入ってなくてもASC蟹の人も、対人関係でいっぱいいっぱいかな。
人間関係の入れ替わりも激しい時になってるんじゃないかな。
大丈夫、変化の真っ最中ならば来年の今頃には振り返って、これでよかったと思えるはず。

蟹が「感覚」、山羊が「現実」を表す以上、そこで争われるゲームが「制御」。
山羊の冥王星効果で蟹のASCならば対人関係で「制御」というゲームを通して、
解体と再構築といった結果をもたらす荒療治的な学び。

蟹の太陽ならあなた自身、アイデンティティに冥王星が真っ正面から問いかけてきます。
学校で、仕事場で、主婦や子供であれば家庭といった身近な社会から、
今までのやり方、有り様は通用するんですか?という。
自分がどうありたいか、という事をいきなり問われる状況設定ができてて、
その中に突然放り込まれるという。

蟹の月を持っていれば家の中や、心の奥底も一掃してリニューアルするには最高のチャンス到来。
生活習慣を徹底的に見直して、体質改善に努める人も多いんじゃないかな。
仕事やパート、アルバイトなど、生活費を稼ぐ方法を変える人も多そうだなー。

徹底的に叩き直される時期とはいえ、それぞれに平等に訪れるチャンスということで。
津波でサーフィンいきなりやらされるみたいな強烈さですが、
飲み込まれた後に残った価値が本当に必要なもの。

ありがたいなあと思うのは、蟹ってカーディナル(活動宮)なんですね。
なので、家庭第一、感情がなにより先に反応するし、体質は過敏で環境の変化にからっきし弱い、
自分の感情と優しくしてくれる家族や仲間が必要なので保守的な様子に見られがち。
なのに、実は誰よりも真っ先に自分でとっとと動き回っているという。
まあ世話好きっていうところで。

なのでビビりで感情が傷付くとすぐさま、ぷーっとむくれたりする割には変化に即対応している。
この辺が満ち欠けする月がルーラーなだけにねえ。

今、感情がざわついてしょうがない蟹サインが効いてるパーソナリティな人達に、
山羊冥王星が自分自身や心の奥底を覗かせてくれるんじゃないかな。

冥王星のビッグウェーヴは人生一度っきりですからね。
思い切って自分からボード抱えて突っ込んでいこう。

飲み込まれた「現実」の大波の中で無我夢中でもがいてたら、
後になって見た事も無いような見事な真珠や珊瑚玉みたいなお宝を掴んでいるかも知れません。


責任て
先日のエントリーでその後も冥王星、発見されてまだ全部のサインを人類が体験しないうちは解らんなーと。
高揚の座が山羊ってのは、今がそうだから期待感丸出し。
可能性高いのは獅子か水瓶かな。

http://gatosblancos.blog93.fc2.com/blog-date-200712.html

共同体的なところでパワー発揮しそう。
社会への働きかけを通して個人へ促すのは否応無しの変化、徹底した解体と再生だから。
これから山羊サインだから、有無を言わさず厳しいだろうなあ。
でもきっといままでとは違う深みのある価値を残すだろうね。
山羊は責任を問うサイン。


関連あるのか無いのかどうしてもここ数ヶ月ひっかかるのは、「自己責任」という日本語。
これって、そんなに昔からありましたっけ?

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%B8%CA%C0%D5%C7%A4

あ、なるほどー。 元は証券取引など金融分野での用語っぽい。
それじゃ一般には馴染んでなかったわけだね。
私もあのイラクでのお三方の様子を報道してる時に初めて聞いたぐらいだから。

思えば、あの方々、どうして当初マスコミやらネットやらで叩かれたのが、
その後急に寝返ったかの様に世間が彼らを弁護したのか、不思議だけど。
道義的には正しい行動してたのかもしれないけど、
正直未だに彼らに対して、なんかアレだなーという気はするのです。

世間的には凄く「いい人」達なんだと思う。
でも、当初「自己責任」連発で厳しかったTV報道でも、
彼らの名誉が復活してからの雑誌での彼らのインタヴューを読んでも、
やっぱりどこか座りの悪さしか感じられなかった。

バランス感覚って難しいよな、ってこういうとき本当に思う。
彼らは自分達ではそうとは思ってないかもだけど、
私はそんなところ彼らの様子を通して学んだような気がする。

3人の中の唯一の女性がマザー・テレサのようになりたい、と語っていた。
正直、「え?」と思ってしまったのだった。
確かにマザーは素晴らしいお方だよ。
私も彼女の有り様は、素晴らしい奇跡だと思っている。
でも、憧れるのは解る、それをそのまんま「そうなりたい」と思ってしまうものなの?

マザー・テレサを学びとして、自分に何が出来るのかをまず考えたい、というのなら解るんです。
マザー御自分で出来ることをその時に行動して、それが最終的に彼女しか出来ない事を成し遂げたんだから。
彼女が行った結果をそのままそうなりたいとその人自身が思ってしまう事に、
凄く疑問だったのです。

「自己責任」というのは、本来こういうところで問われるんでしょうが。
しかし、私は未だにこの言葉が好きになれない。
「自己」そのものが「責任」なのに。 何故わざわざ強調するかなー?

私自身、マザーはとても「愚直」で霊妙なお方だと。
だけど愚直、というのはただ誰かに憧れてまるっと同意しちまったり、
そのまんま真似たりってんじゃないんです。
だって、一人のミュージシャンが売れて、その後似た様な技法やメロディを奏でて、
同じ様な声質のヴォーカルでデビューさせても、所詮は二匹目のどじょう狙いが成功した試しは無い。

愚直な人が好きなのは、自分の信じるところに、それこそ前人未到の場へ己の思いを信じて
現実世界との兼ね合いを探って解決しながらもがいて進んでいく。
そんなところを愛し尊敬しているんで。
見た目スマートに調子良くってんじゃなくて、バランス感覚を養いながら向かって行く。


貢献というのは、誰かが作ったものを引き継ぐ事もあるけれど、そのまんまじゃ尻すぼみになりそうな気がします。
基本自分を出さないと難しいと思うんです。
見えない何かを引き出したり、創造していくことだと思うので。

だから、人質となったあのお三方の顔の表情を見た時に何か物凄く不安定というか、
特に彼らの焦点の合わない眼の表情に浮かんだものから、
世間は「責任」というものの所在を探したんじゃないかと。

思いの焦点というのがないままに、ただただ単純に社会貢献してみたいという気持だけでは、
山羊的、土星的な確固たる結果を提示する事は出来ないんだと。

焦点は常に探しているか。 合っているか。 

誰かの思いを憧れというフィルター使って劣化コピーしていないか。

結構時間が経ってから、こんな風にむくむく醗酵してくることもあるんだなー。
そしてやっぱり、「自己責任」って言葉はいまさらながら解らんなあと正直思う。
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Gatos Blancos

Author:Gatos Blancos
占星家

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