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Eighth Wonder
花も咲いてお彼岸だったのに、また寒の戻りだったりして。

気がつくと、今年でこのブログがゆるゆる八年目ですよ。
まあ何にもないんですけど、ってかよく続いたな。
続けようと言う意志も根性もなんもなかったのに、何故か。(・ω・)?


最初はタロットカードを改めて習ってみた自分の日記的なものをなんとなく初めて、
その後このエントリーを書いた時間でチャート出してみたらなかなか面白かったなんてことも。

改めて太陽系の星もカードもエネルギーの面白さ教えてくれるもんだなーと思います。

そんなこんなの八年目をひっそり魚の新月、春分を迎えたわけです。
さてこれからどんな展開になるのかならないのか、宇宙のみぞ知るところかも。(-ω-)

ではでは。 ☆*・゜・*:.。ヽ(・ω・)ノ シ.:。..:*・゜・ *☆
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最近は
ヒマにあかせて下手ながらもベーコンとか焼豚とか、
ジャムやマーマレード手作りなんてことをしてますが。

https://twitter.com/#!/kuruhowa/status/173475211344228352

カレールーとかもそうなんだけど、
大手食品メーカーのお手軽に使える調味料や、
出来合いですぐ食べられるインスタントものを叩きたがる人の上から目線ぶり、
実に痛い。

メーカーさんの開発とマンパワーをなめてんじゃないぞ、
本気で物を売る、売る物を作る、という力を解らずに小賢しい理屈をこねてんじゃないって思う。

手作り、実践してみて解るのは、そんな企業努力とか組織力のエネルギーだな。

中途半端なエコって一番始末に負えませんが。
未だに「自然派」とか「無添加」変な憧れ持ってると、
逆にそれがブロックになってる現実がもう出来上がった感じ。

とか言ってる間にベーコン仕上がったみたいな。
フライパンで紅茶燻すと部屋中におうのが難点。
そして市販の味に近づくにはまだまだ。

添加物がどうの、波動がどうのという以前に、じゃあ自分はどうしたいのか。

クック○ッドでよくあるな。
もう市販品は変えません!買いません!なんてコメント。
ずいぶんだなーと。
調子に乗ってちゃダメダメ。

手作りのつもりが、材料自体は結構市販品で助けられてるでしょ。
大豆と麹と塩で出来る手前味噌ぐらいならともかく、
醤油までご家庭で醸造してるとは滅多に聞かないし。
有機無農薬たって、作ってるところを逐一見てたわけじゃなし。

自分に合うかどうかの判断も常に変化していくだろうと思います。

シリコンスチーマーやレンジ調理など昔にはなかったお手軽さですが、
ジャムやマーマレードを直火で煮る時の香りは手作りならではかも。
真夏などは熱すぎて無理かもですが。
作る過程の食材の変化など何気に観察しています。 

実践が何よりです。

手作りというのは、ある程度時間の余裕がなきゃ無理、ってイメージあります。
材料揃えるとか準備に手間ひま斯かるのは、実は最初だけで。
後は結構アレンジやそこそこ手抜きでもいいのです。
むしろ、やり方なんていくらでも変えて応用効かせていい。

マニュアル通りでないところを見つける試行錯誤は一つの愉しみでもあり。

応用力は総合力と観てもいいです。

個人チャートでは木星と土星で観ています。
アイディアを膨らませる木星と形にする土星とで作り上げる現実。

土星に合やスクエアなどハードアスペクトが優勢でも意外とこれは使えます。
現実に形にしたいパワーが強い、と。
むしろ問題は以前からエントリーしてる話ですが、木星のハードアスペクトが目立つ場合。
なかなかまとまりや歯止めがつかず、本人がそれを意識しにくいので。

「調子こいてしまいそうな」木星を「引き締めてる」土星。

アイディア倒れだったり、状況を見渡せてるようで全くそれが機能していなかったりします。
実態がよく掴めないと、形にしたり、自分なりの方法論が作れません。

実際性、作り上げて完成させるのが土星なので、
必ずこの二つをコンビネーションとして意識し、使うことです。

暮らしというものに焦点が当たり、マーケットに多大な影響をあからさまに及ぼす昨今ですが、
昔から「家政」という、「家いえ」と「政まつりごと」は切っても切れないわけで。

山羊サインがルーラー土星でエクサルテーション火星。
蟹サインがルーラー月でエクサルテーション木星。

MC-ICの子午線は、現実の見方と対処の仕方、土星と木星の使い方の指標でもあるのです。

木星土星はソーシャルプラネットとして位置づけられて、
普段は公共性の高いことや企業、事業運営に関わったりしますが、
個人レベルでならまさにマネジメント力だろう、と観ています。

その昔の主婦が特に日本では我が家の大蔵大臣などと言われてたりしていましたが、
家事一切を見渡し取り仕切る能力を厳しく問われていた時代とはまた様変わりしているかも。
それでも全体像を把握する、ということは家だろうが社会に出ようが変わりません。

土星は現実に使いやすい。
だけどその冷淡さと厳しさを木星の緩さと包容力がとホッとする空気で、
受け入れやすい環境や成長を促すというところもあります。

完璧を目指すよりも今を愉しんでまあまあのところで余裕もって愉しんだっていいんじゃないの、って。

人の肉体精神は完璧さを目指すと、そこで行き詰まりや閉塞感、つまらなさを感じるので。(土星)
隙や緩さから、次世代へ向けたアイディアや向上発展の糸口が掴めるので。(木星)

人の成長は緩やかなところから何かが育まれるのです。(木星)

月がその人の母親像や家庭環境を表していますが、
そこから家や生活をどう観て運営改善していくか、
木星土星との関連を観ながら指標をたてるわけです。

マネジメントはその人の「普段」の中から既に始まっている話なのです。
アヴァンポップ
引き続いてなんとなく月テーマで。

大衆的な流行は月で現れるのだけど、
大衆音楽と言われるポップス、ジャズ言われる辺りは二十世紀を彩る音だった。

ルネサンス期の音楽の演奏を聴いてて思ったのは、
当時は教会で演奏されるものと民間でダンスミュージック、ラヴソングとして作られたものと、
聴いててあまり差が無い感じ。
演奏法やメロディラインが二十世紀に生まれ育った人間の耳にはほぼ同じに聴こえてしまった。

いまの音楽ジャンルの豊富さは全容がつかめないような感じ。
もはや何でもありな状況なので、古典を聴くと反ってまた新鮮な心地よさもある。
昔の人は耳がピュアだったというけど、
いまどきみたいなどでかいスピーカーや音圧で音楽聴くなんてことしませんからね。

音響効果といえば、せいぜい教会やお堂のような天井の高い場所ぐらい。
後は町中や門付、祝いやお悔やみの席で生の唄と演奏。
アコースティックしか無い世界で、空気に自然と乗っている音を直接耳で受け取るだけ。
アンプラグドが当たり前でそれしかない時代ですから。

店舗や町中で無制限にスピーカーで流れ続けている中に身を置く今の環境は、
音楽の消費の仕方や意識も当然変わっているんだろうなあ。
それだけ今は当時とストレスへの考え方や対処が変わってるのかもしれませんが。

クラシックとされてるルネサンス期やバロック期の音楽と、
今の大衆音楽は全く様変わりした感があるけど、
私は基本どっちも聴いて愉しめているので、音楽そのものの根っこはあまり変わらないんだと思います。

ただ、以前あるミュージシャンのテキストを読んでいて、
大衆音楽はどんなに高度なテクニックを使っていてもそれとは気づかれないようにすることがキモ。
というくだり。
これがよく普段から思い出すこと。

「これ見よがし」になったら、その時点でダメダメなんですね。
大衆的とされるものは「すごいけどかんたん」風の仕上がりでないと。
そうでなければ、「大衆」から受け入れられない。

月や蟹サイン流行と女子供の要素に土星、山羊サインの重厚長大さ。重鎮的な空気が対抗していると、
そこで常にやり取りや綱引きがあるんだなあって感じです。
クラシカルな物が大衆的な要素に落とし込まれたり、
軽妙なイメージのハヤリモノが落ち着いたところへ辿り着いたり。

現実化というのはこのラインで観てますが、
甘さとミルキーなとこに苦み渋みもあると、不思議と長くその要素を愉しめますね。
人の身というのは面白い物で、一つだけではやっぱり全般に機能しにくいんだと思います。

実によく出来た物だと。

音は目に見えないのに、空気と同じくこの現実に存在していると誰もが認めているもので、
演劇や踊りと同じ無形文化財なわけですが、
その時間と場所に居合わせなければ基本体験することが出来ないもの。
なのに時空は超えて伝わるという辺り、流行ポップ大衆というのはしたたかで不思議です。

月は記憶してるんですよ。

なので大衆的とされることは、記憶、模倣されやすい、解りやすくないと、って仕上がりになります。

アヴァンギャルドな要素はなかなか大衆的なとこへはすぐには落とし込みにくいように観えますが、
時代の変遷でこれもまた変わっていきます。
大衆性は月、変化や揺れ動きを要求するので。

そうなると、土星的な忍耐や時間の経過も必要ということです。
大衆音楽、現代音楽と言われるジャンルを聴いていても、
ふとした時にクラシック的要素や懐かしさを感じ取る時、時空を超えた何かにアクセスしてるのかも。

現実はこんな風に作られるのかな、という妄想。

続きを読む

Ooh Child
子供は「保護される存在」とは書いたけど、「子供は弱者」という言い方は嫌い。

今の脱原発=正義という空気も。

強い弱いという定義って何?と言われると未だ巧く答えられないけれど、
すぐに子供は弱いもの、という決めつけはやっぱり嫌なもの。

生命力や体質は生まれつきの部分もあるけど、後天的に変われるから。
以前月についてのエントリーで書いた通り、生活習慣や感情の持ちようを自分で管理するだけで、
程度の差はあれ、その人なりの丈夫さや強さを手に入れられる。

月、乳幼児とはそんな可能性もあるのです。

なのに、今の脱、もしくは反原発の人達はなぜ、子供の将来とか健康とかを引っ張りだして自己主張するんだろ。

正義感の裏付けのために子供を引っ張りだすのはどうよ、という本音。

例えば、月に火星や土星といったマレフィックがハードアスペクトを取ってたとして、
認識と受け入れ方一つでそれが本人にとってのさいわいへのツールにもなる。
火星がアスペクトしてれば、無茶をしない、ほどほどというのを自分で模索していく。

土星なら、身体を冷やさないように配慮したり、辛抱しすぎないことへの配慮や、
沈みがちな気分を転換する工夫を学んでいけばいい。

面倒を見る場所といっても、それは本人が行うことで。






頼られた大人は、必要な分だけの配慮と誘導をしてあげるだけでいい、と思う。
月は模倣するので。
子供は大人の鑑、っていまさらだけど。

データや数字もこれからの生活する上で大事だけど、
弱い弱いって言われて嬉しい人間なんかいないんだよ。
弱者なんて言い方安易にするなって思う。
かつては子供だった人間の独り言。

脱原発がベストの選択かどうかはまだ解らない話。
地中深く埋められていたものは、得てして人智を超えた隠された宝なので。
それが今の人が扱えるレベルかどうかは別として、その先の答えはまだ未確定だと思います。

冥王星のエクサルテーションが未定なように、人にはそれがベストとはまだ何も決められない。
人の一生よりも遥かに長い公転周期を巡っている間に、どこまで人は旧い潜在意識や、
隠された宝のことを理解できるようになるのか。

しあわせや未来は正義感を満たしたがってる大人達に身勝手に決めてもらうもんじゃないよ。
なんかね
スピ関係者がよく言う感謝って、なんだろう。

人間以外の地球の生き物たちって感謝なんてする?

ただ好きにしてるだけだよね。

腹が減ったら狩りしたり、草や葉や実を取って食べて、
自分に合う環境で芽を出して成長して葉や枝伸ばしたりって。

でも皆、そんな様子や仕草が可愛いかったり、格好良かったり素敵だったりする。

表情が当たり前にキラキラ。

(ヒトでも乳幼児とか、別に親に産んでくれてありがとうは言わない。
 大人になったら言ってたりするけど、分別って。)

ただ愉しくしてるだけで、宇宙は嬉しいんじゃないの。

まー、どっちでもいいかな。


プロフィール

Gatos Blancos

Author:Gatos Blancos
占星家

ある日とある街角でタロットカードと西洋占星術の再会から始まったとりとめない憶いの記録

当方では対面、メールでの有料個人セッションのみとなります。
ブログ上でのコメント欄での一個人のリーディング依頼はお受けいたしかねます。

Webサイト・ブログ、印刷物等への転載はお断りしています。

あしからずご了承下さい。


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