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カバのおつむ
なんとなく、黒いとか影とか、ここ数日ダークサイドなイメージを色々と。

珈琲好きなら一度は聞いた事があるこの言葉。
「「コーヒーは地獄のように黒く、死のように濃く、恋のように甘くなければならない。」
(トルコの諺)
これが後にタレーランがちょっとアレンジして紹介したような、
というのがwikiでの記述で。
「よいコーヒーとは、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、愛のように甘い。」

いやー、なんて解りやすいんでしょ。
こんなに人の業を教えてくれる飲み物は他に無いかな。
我が身を振り返って、無いものねだりばっかりしてる気がしますけど。(笑)

私はやったことないんだけど、珈琲や紅茶でも卜占がある。
カップに挽いた珈琲豆か紅茶葉を入れて、湯を静かに捨ててから残りかすの形を観るという。
今でもこのジプシー的な古い占いをする人はまだまだ健在らしい。
昔の中国などで亀の甲や動物の骨を焼いて、そのヒビの入り具合で観るというのと同じ。

以前も書いたけど、人は基本、実に欲張りで無いものねだりしがちなので、
そんな辺りも一度突き放して「ふーん。」と思えるところに誘導するツールかな、
ぐらいに思って占いをやってみたりする。
そこそこ自分の身の丈とか、今できることとできないこと、を知るにはちょうどいい。
人は一人だけで生きていない、というのがそのいい証拠な、うん。

鏡の影 (講談社文庫)鏡の影 (講談社文庫)
(2009/09/15)
佐藤 亜紀

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最初に出たのは、ハードカバーで真っ赤なギラギラした装丁でお気に入りだったんです。
「全世界を変えるにはある一点を変えれば充分である」って。
え、そうなの。 一度読んだくせにもう内容忘れてる...。(´・ω・`)
シュピーゲルグランツというキャラクターが愚者っぽい、今思うに。
漫画で言うと、山下和美氏の「不思議な少年」によく似ている。

魔法使いの弟子?悪魔に小がつく幾つかの事情 (ベルコミックス)魔法使いの弟子?悪魔に小がつく幾つかの事情 (ベルコミックス)
(1994/01)
山田 章博

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これも随分前に読んだなあ。
「人間は人間らしく生きればいいのさ。」などと小悪魔に説教されてしまうのだが、
全然嫌な気がしないどころか、気が楽になる魔法の言葉だったり。

人間らしく、というとなんとも生臭いとこしか思いつかないけれど、
「人間以上」ではない存在に、というのが元々の望みだったのかもしれない。
とりあえず、熱い珈琲をもう一杯。


Raspberry Beret
何となくSheila E.ってこの間思い出して、
その彼女の才能に惚れ込んだPrinceのことまで芋蔓式に思い出したんですけども。
アルバムもジャケット写真がなんかアレな"Lovesexy”しか持ってないけど。
曲間がジャンプできない仕様になってて驚いた記憶がある。



一番好きかもしれないな、このPVが。
真っ白なギターが白鳥みたいだ。
Heavenlyで無邪気な表情を見せるのが好きだったりね。

ベリー類は果物の中でも肉欲、悦楽といった堕落の象徴だったらしい。
ヒエロニムス・ボスの「悦楽の園」とかね、そんなネタだらけ。
私には天国にしか見えないけど。(笑)

Princeって実に器用でプロデュース能力の高さでも定評があるんだけど、
やっぱりステージ生で観てみたいなあ。
彼自身は拒否ったらしいけど、MJとのデュエットとか実現していたなら、と思う。



この飛び入りの時のMJって凄くそのヴォーカルが自体が黒くて、
流石はJBと一緒にステージ立つ時だけ合って意識してるんだなあと。
元がモータウン出身だしね。
70年代の香りがする。


- When Doves Cry
アップロード者 tressage. -


始めて知ったのはこのPVだったな。
"When doves cry"が実にインドっぽい音だと思ってたら、
彼はジプシーの血を引いているらしいと。
ただの異国情緒というには、濃いものが。
それで妙にこの人の音楽が馴染むのかと勝手に納得したりして。



スーパーボウルのハーフタイムショーとかでも派手にやるんですけど、
ドイツで80年代にやったツアーですらゴージャス。
まさにGlamでいい。



先に名前上げたSheila E.みたいにプリンスファミリーと呼ばれるバンドのメンバー達、
凄い手練だなあとつくづく思います。
この人は才能発掘にも長けていて、音楽ビジネスにおける才能というとMJにも引けを取らないのだけど、
それだけにライバル視はしてたんだろうなあ、と。

「ビル・コスビー・ショー」というファミリードラマを随分前に観ていた。
アフリカ系アメリカ人でもかなり裕福なお医者さんのご家庭と言う設定だった。
そこの子供部屋のセットの壁には小道具として、
MJの当時の大ヒット曲だった"Bad"のポスターが貼られていた。
当時はいい子はMJ、ませた子はPrinceなんて感じだったみたいで。

その昔、売れ出した頃など戦慄の貴公子なんて呼ばれてたりしたわけ。
実際はここまで来るには前座とか苦労も多かったはずだけど。
そういう哀しみや暗い記憶はそっと胸の奥にしまっておくと。
で、気がついたらいつの間にか突き放してみられる様になるのかもしれぬ、
などと思ったり。

下手にそんな空気出さずに演じ切れるってのも才能だなーと。
年齢不詳のままで居続けられるってのも。
暑苦しい苦労話なんてのは要らないものかもしれない。

十年前に1999年が来たけど世界はまだ続いてる。
何か別の次元の世界が一つぐらい終わったかもしれないけど。
2012年がどうだか解んないけど、私は愉しみだなー。
海王星が魚サインに戻って来る、ルーラー回帰の年だから。

いやー、音楽ってのはいい。
全ての酒と音楽は拒まない、というのはひっそりと尊敬するタモさんの名言だったり。
なかなか現実はそうもなれないんだけど。 
でも願わくば、私もかくありたいと。 

甘酸っぱいラズベリー食べて天国行こう。
スプラッシュ
なんだか漢字二文字なタイトル続きましたけど、意味はないです。
ただなんだか続く時は続くもんですね、不思議。

先日、なんだかこのタイトルの映画思い出して懐かしくなった。
今や大物のトム・ハンクスの初主演作で初々しかった。
ピンクの鱗でブロンドの人魚をダリル・ハンナが演じていた。
あれがディズニーの製作だったと随分後で知ったけど。
「リトル・マーメイド」はどうしても好きにはなれない感じで観た事もないけど、
「スプラッシュ」だけはご都合主義なのに好きだ。

音楽が好きだけど、これって海王星アイテムなんですね。
心を溺死させかねない程に陶酔もさせれば、天空へ放り上げることもできる。
ヒーリングアイテムとしては非常に強力。
リスナーと音やメロディとの相性さえ合えば速攻でクリアリングができちゃう。
自分でその辺は実証済みなんだけど、この辺りは好みもあるので色々聴いてみると。
普通に市販のJ-Popとかフュージョンやトランスなどの音源でもそんなのが見つかったりする。
電子音、エレクトロニカは天空系だったり。
ザッピングの音をサンプリングしてるのとか、音源によっては肉体機能のチューニングが促されるようで。

海の底から一気に天空の高みへ。
その逆であっても、やはり癒されていくことに変わりはない。

サイレーンは北の海で妙なる唄声で水夫を誘って海の底に引きずり込んでしまう。
私は浦島太郎のお話なんかも思い出してしまう。

思えばアンデルセンは「人魚姫」も「醜いアヒルの子」も残酷なお話なんだけど、
最後に一度傷ついたり、死んで生まれ変わった時に救われるみたいな感じになってる。
この人が書いたお話ってそういうのばっかりな気がする。
トランスフォーメーションって傷みを伴うとよく言われる。
自分の何かを失わないと(手放さないと)、新しい何かが手に入らないという。

それはせいぜい無駄なプライドぐらいで済むときもあるし、
過去の実績とか記憶とか栄光みたいなものだったり、
もしくは哀しみの記憶や劣等感だったり。
時には命ということもある。

不思議な事に、涙するような言葉と感情ばかりなのに何度でも思い出す。
子供時代に誰でも一度は触れる機会が多いというのもあるけど、
涙を伴うお話というのは好き嫌いに関係なく心にずっと留まる。

アンデルセン童話はキリスト教徒に駆逐された北欧神話の古い神々や巨人達の嘆き、という説もある。
忘れられた神々の声を聴いた作家かもしれない。

人魚は一部のキリスト教徒的世界観からは異形の存在や魔物、魔女かもしれないけど、
元々は何かを解き放ってくれる女神だったかもしれない。
その為に一度は死ぬような思いをして変容していけるように誘ってくれてるんだろうかとか。

こんな事思ったのは、スターバックスのシンボルマーク、サイレーンが好きだから。
尾が二股に分かれたメルジーネの姿で星の冠。
ストレートコーヒーの自体は濃いのが好きな私にはタリーズの味の方がいいのだけど。
思考
ヨーガとかリラクゼーションの方法や出かけた神社仏閣の感想のエントリーがあるので、
このブログってちょっと変かもしれない。
まあ自分の中では全部繋がりありなんですけどね。

一つのやり方に依存も固執もしない、ということで。
現実の物事や出来事が起こる時、理由や原因は一つだけではないと思っているので。

この辺りは水星魚だからかもしれない。
品位的には失墜しているけれど、天王星と並んで最もアスペクトが多い。

以前、かちしんさんにエネルギーをリーディングしていただいた際に解ったのは、
普段はやっぱり非常に散漫なマインドということで。
小ネタ的に色んなエピソード(リーディングでは「世界観」としての認識)が、
常に複数漂う状態。

ひらたく言えば、まあ色んな考えや思いがあるよねー、ぐらいの感じで。
あまり突き詰め過ぎると辛いところを、他のプラネットやサインのエネルギーを利用しているのだな、と。
ネイタルのアスペクトを観ながらそんなところに落ち着いたと。

占いという体系はそんな風な利用法もできる。
エネルギー自体が凄く流動的で不定形なイメージがあるので、
時間を掛けて好きな形を見つければいいのだと思います。

潜在能力とかポテンシャルと呼ばれるものはアウタープラネット(天王星、海王星、冥王星)で。
現実に使って形にするには木星と土星で。
どのシーンを利用して活用するのかをハウスとサインで考えたり。
制限もあるけれど、そんな中で精一杯愉しむと決めて生まれて来たと思う。

自分で自分が解らなくなったり、リカバリーするのにヒーリングというのを行ったりもするけれど、
これ自体も実は自分で自分を癒す事は幾らでも可能だ。
というより、実は人様のエネルギー以上に自分を癒すのは自分しか無いのかも、と。
よく「受けやすい」とか霊媒体質、霊感強いと言われるタイプだと思えるならなおさら。

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「人生を癒すのは人生しか無い。」という帯の惹句で手に取って読んだのは随分前のことだった。
当時はまだ著者が存命中でもあった。
地元出身であったと、亡くなる直前になって知ったのだけど。
文章のおっとりした様子とは違い普段はハイパーな早口で話し、
運転中もイタリア語で罵声を浴びせる一方、ミラノ仕込みの手料理を振る舞う。
そんなパワフルでチャーミングな女性だったようだ。

心身の傷みを誰かに治療、癒してもらうという事は一つのチャンス、機会だ、きっと。
l
どの先生に治療を受けたのか、どのマスターにアチューンメントを受けたのか、
どのヒーラーに施術を受けたのか、
どの霊能者に除霊、浄化、浄霊してもらったとか、
どこぞのヒーリングスポット、パワースポットに行った、
祝詞やマントラを唱えたなどとというのが問題なのではない。

本当に癒し癒されたのは誰なのか、ということを思う(考えるだけでなく。)ことを。
実はそれを促せるのが本来の治療ではないかと思う。

医療関係者、霊能やヒーラーへの患者やヒーリー側の依存も無くなるのではないだろうかと思う。
本来、レイキなどの各種技法もそれが本来の在り方なんだろうと思ったりもする。
治療、施術というのは、本来きっかけとして利用されるものなんじゃないだろうかと。

そして最も肝心な気がするんだけどヒーラーや占師側がヒーリーなどの受け手にいつのまにか依存してしまうことも無くなる事を願って。
哀れみと慈しみはまた別ものなのだと。

思考、という言葉はつくづくよく出来てるなあと思う。
思うだけ、考えるだけじゃなくて両方で、というのはいいことだなあ。
一つだけじゃない、というのは。

続きを読む

配慮
この頃の心境やらつぶやきを。
霊感なるもの。
まあ、よく解んないというのが本音。
人が表面的なプライドでひねくりまわす理屈なんてのではまだまだ説明しようがないみたいで。

世の中に「霊感」で観ると言う人は多い。
その中の全てではないけれど所謂「霊視」だけでリーディングするという人は、
占師を得てして嫌う人も多い。
「霊視」できれば、そんなものは必要ない、ということかもしれない。
その一方で占師、特に宿占を主に使用する人はは霊感だけで観る、という人を嫌う傾向がある。
飽くまで自分の周囲の空気がそんなだったというだけかもしれないけど。
「霊感が強い」という人は占師を、占師は「霊感師」をインチキ扱いしがち。
まああれだ、「目くそ鼻くそを嗤う」なんだけど。

占星術のチャート、四柱推命でいう命式などはその人のパーソナリティがどんなエネルギーを放っているかを観るのだけど、
この辺りは誰にでも眼に見える形でそのエネルギーの分布を出していると。
占星術が基本その人の出生のホロスコープ(この言葉自体が時を観るという意味)を、
Natal chartというのにはそんな意味合いが強いわけで、
まあそれは「海図の見方」のエントリーで既出。

素朴にどうして占星術の見方って人のパーソナリティを鋭く当てる、見抜くのかなあ、
とリーディングを重ねれば重ねる程に思うのだけど。
私的にはプラネットは宇宙のエネルギーが流れ込んで来るポイント、
という松村さんが「最新占星術入門」で記述されてた事が一番腑に落ちるかな。

最新占星術入門 (エルブックスシリーズ)最新占星術入門 (エルブックスシリーズ)
(2003/10)
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産声を上げたその瞬間、自立呼吸を始めた時がその人の人生時計の始まりにプラネットのエネルギーは注がれる。
人の助けになる力がプラネットからやってくるのだけど、
そのエネルギーの内容は神話で数千年も前から伝えられた通りに来ているのだ。

神話というもの、誰が紡いだのか。
その人達の名前は誰も知らない。
得てして昔話というのは「霊感」「霊視」とかいう能力を持ってるけど、
そんな言葉すら知らない市井の人達がなにげに感じ取った空気なのかなあ。

宇宙が話しかけて来た事を12サインと天文記号で読み取っているのだ。
数千年の時空など一気に超えてしまう。
時間軸が変わってしまう瞬間というのはある。

もしも「霊感」というものがあるとするなら、
それをチャートや命式で想起する事もあるのかもしれない。
私がPC画面のチャート画像でリーディングしている様を観て、
鳥肌が立ったと言ったクライエントさんが数人。
でもなんにも観えませんが。

まあDSCに冥王星天王星がタイトに合ではねえ。
ハデスとウラヌスがタッグで組んで相手を見つめていたら怖いだろ、そりゃ。

観えない世界を「観る」能力がないことを自分の中ではこう感じる。
余りに広過ぎる世界をいきなり見せつけられて苦しまない様に。
そんな配慮をしてくれたんだ、と。

善い悪いってのも相対的な話なので、正邪の区別というは本来つけられないんだけど。
この辺りを上手く処理出来ないうちは、観えないという事はありがたいのだ。
あまりに普通な人で、やっぱり自分はありがたいんだな。

占いや霊感なるものを否定する事が現実的でインテリジェンスがあると世間様が思っているうちは、
それがまたありがたいことかもしれん、と。

占いと言うもの、学べば学ぶ程に謙虚になるのがありがたい。
少なくとも自分という人間が中途半端に「観えて」しまってたら、
どんな傲慢さで取り返しのつかない事態になってたことだろう。

占いのいいとこ。
誰でも学べる。
その気になれば、どんな見方もエネルギーの使い方も考えられるという辺り。
皆それぞれに占いというものをただ観て貰うだけじゃなくて、
自分でその内側に触れてみればいいのに、と思うけどな、私は。


こういうアイテムを教えてくれた宇宙は何事にも抜かりは無いんだなー。
プロフィール

Gatos Blancos

Author:Gatos Blancos
占星家

ある日とある街角でタロットカードと西洋占星術の再会から始まったとりとめない憶いの記録

当方では対面、メールでの有料個人セッションのみとなります。
ブログ上でのコメント欄での一個人のリーディング依頼はお受けいたしかねます。

Webサイト・ブログ、印刷物等への転載はお断りしています。

あしからずご了承下さい。


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