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どこかで春が 

今年の春分図を観て。
なかなか強力かも。(・ω・;)

魚キロンと合の牡羊太陽が当然0°。
月牡牛は魚海王星とセキスタイル。
山羊火星土星がオーブ広めながら合、
牡牛月とトライン組んでたり。
品位が高揚してたりディグニティだったりが結構多い。
しかもイージーアスペクトで程よく現実的な空気。(`・ω・´)

共に高揚の山羊火星と牡羊太陽がスクエアなので、
使うには牡牛月と山羊土星のトラインとの連携で使えたら安全かも。
この辺はやっぱり太陽(意識)月(感情)のバランスって大事だなと思う。
なんとなく個人的に太陽は長男長女、月は下の弟妹的なイメージや扱い方を考えがちなのですが、
以外と逆のパターンもあるかもしれない。
幼心、子供心や幼少期の思いを大事に育てておく。
それを大人になってから改めて必要とするシーンがあるような。(-ω-)

今回は特にJoyの牡牛月、上弦の月でアスペクトが海王星、土星ともにディグニティという辺りがなかなか注目度高い。
現実の土星と目に見えない世界の海王星がどちらも本来の座にあるというのはそうそう滅多にない星回りでもある。
どちらも必要不可欠なのだ。
このことに上下なとつけられるわけないし。( ・`ω・´)

木星という目に見えないイメージ的なエネルギーの星が蠍サインに入って、
冥王星という同じく潜在意識が火星土星と同じ現実的な山羊サインでセキスタイル、
魚海王星とトラインで小三角という。
これが牡牛月に流れ込むわけで、イメージを現実化、物質化しやすいのでは。(`・ω・)ノヽ(・ω・ )ナルヘソ

イメージは現実に使ってナンボのものだったり。
これは日々を過ごしていればこの世界にアニメやゲーム、
音楽ヴィジュアルがなんだかんだ言っても現実生活にこれだけ食い込んで市場に影響与えてたり、
なんだかんだと最後は神頼みしてみたくなったり。
そんなところを一般大衆(月)はすぐそちらになびいてしまうのも無理ない気はする。(´・ω・`)

減衰している牡羊金星だが、水星と合、牡羊天王星が山羊冥王星とのスクエアが上記の小三角と関わってたり、
山羊火星との無関係なトラインなどちょっとひねりが効いたデザインかも。
蠍木星と魚キロンとのトラインが牡羊0°の太陽とこれも無関係なトラインを形成するので、
太陽自体がヴィジュアライズに強いかもしれない。ヽ( ´ω` )ノ

ノースノードが獅子、サウスノードが水瓶の時期だったり、まずは自分のためになる事してみよう。
いつの間にか周囲の人々にもそれがじんわりと広がって自己と他者の間に丁度いい関係が確立されるかも。
変にしゃっちょこばって誰かにために、なんて空回りする事もない。(・ω・)人(・ω・)

今回の春分図は牡羊が現実を元気に生きるというより、
まったりした現実をイメージから練り上げていつの間にか実現させてしまうような感じ。
自分の好きな世界を思い通りに楽しく生きるのが当然ではないか、と思っているような。
どの日に生まれた人でもそんなイメージ持っていいのだと。
人生、それこそ楽しんでナンボ、笑っても泣いても一度っきり、今日という日は二度とないのだ。
かけがえがない、という言葉は空からいつも観える。
今はもう桜吹雪から緑に移ろうという季節ですよ。(-ω-)

:*:・。,☆゚'・:*:・。,ヽ(・ω・)ノシ:*:・。,☆゚'・:*:・。,

[edit]

草木萌動 

「野生とは、自分の心を読んで、今、したらよいことを実行する自立した自己、ということになります。」

「シートン動物記」にみる人と自然 今泉吉晴著 NHK出版刊


一月下旬から二月まで、どんだけ寒波キツかったのかと、今や振り返って思いますな。(´・ω・`)

二月最後の日は「そうもくめばえいずる」と読むそうで。
寒ければ気が滅入るかと思いきや、個人的に意外とそうでもなく。
不思議と気を強く持てたのは、冬至を過ぎてしばらく経ったところで日の長さを実感していたからかも。
やっぱり暦って凄いなと思います。
過越の祭りなんて行うのが当たり前だった古代の人は偉大。(-ω-)

私的なものは月、公での在り方は太陽のサインやアスペクトで観てる訳だけど、
肉体や生理的な感覚は月で現れるので、まずここを一つの基点として太陽とのすり合わせをした方がいいかも。
特にこの現代というもの、あまりに多様化しているように見えるけどちょっと理屈っぽ過ぎないか。(´・ω・)(・ω・`)

妙に細分化され過ぎてしまった感がありますよ。
例えば専業主夫なんて別に昔から珍しくなかったのでは。
その昔は髪結いの亭主なんてちょっと揶揄と嫉妬が混じったような言い方もあったり。
なんとか障害とか、ちょっとした凸凹は誰しも欠けはあるので、そこに色々名称をつけるとか。
なのに一見解りやすそうで、却って出口が見えない感もあるような。
あまりにもあれこれと気にし過ぎな。(-ω-)

メンタルというもの、占星学的には水星で観るのだけど感情や好き嫌いを表す月も関わってたり。
この部分が情報を集めるほどに敏感なりやすいかも。
取捨選択できるだけの時間や余裕を上手くひねり出さないと振り回されちゃうかな。(´・ω・`;)

何かを許容するのにいちいち理屈が必要な感じ。
インターネットは便利だけど情報の取捨選択の手間より、
実践と目の前をよく観察したほうがいいかもと感じたりします。
実際的にあるということは土星の使い勝手もあるんだけど、
ここは自らを表す月と太陽の使い勝手をよくよく観察してみたほうがいいのかも。( ・ω・)(´・ω・`)

肉体感覚、生理的なものは月で察知するので、太陽はこれを邪険にせず受け止めてやらないといけない。
その人の女性性や生活感覚であり、生きるために不可欠な部分なので。
公では太陽の顔で生きる、その太陽の光をまた月が受けとめて太陽を陰日向で支えているというイメージ。
太陽と月は相互にいつもその人を輝かせるルミナリーズである。(`・ω・´)

そして何より太陽を信じてできればそちらを優先してやる。
社会や学校など人前に身を晒す状況であればなおさら。
なぜなら太陽は先天性、生まれながらのプラス面であり、今の自分というパーソナリティの本質。
これは生涯いい意味で変わらない。
月は後天性、生活や体質といった時間の経過や年齢でいくらでも変化させられる要素だから。
なぜ地上から観れば太陽の形が変わらず、月は満ち欠けして観えるのかってこと。(・ω・)ノ

歳を経るごとに実感するんですが、肉体は心を見事に反映させる。
月は剥き出しの野生ではあるけれど、それがヒトを生き物として命を助けるために裏切ることなく存在しているのだ。
その点は太陽も同じ。
何せ月は太陽の光を反射している存在なのだから。
共にアスペクトとっていなくても、サインやエレメントが全く違っていようともその関係は必ず相互にある。(・ω・)人(・ω・)
肉体は月が保護し、太陽が熱を与えているような。( ´ω` )

自分が何をしたいのか解らない時がある。
何でもすぐ検索できて便利すぎるほどの今という時代なのに。
道を歩けば、姿勢も足元も弱々しくなっているのかも。
見た目に結構現れるのだ。( ・`ω・´)

だけど月は大衆性、人気、ポピュラーなものを欲しているので、
暴走すると人気取りやアスペクト次第では最近の巷でよく言われる承認欲求ってやつに関わりそう。
ただ日記代わりに写真撮るだけなのにいわゆるインスタ映えに気が入ってしまうなど。( -`ω・´)ヤレヤレ

他人様からの視線以前に、道端の草はずいぶんと緑が目立って木の芽は大きくなってきたのに、
それに気づかなくなったりしてないだろか。
今の自分に「したらよいこと」は、この地上に確実にある。
それは結構目の前にあって気づかない話だったりするかも。
「野生」はヒトの心に常に息づいている。
自立、自己なんて頭で情報集めて考える以前の問題で。
脊椎動物として魚からここまで進化した生き物としての情報が全部この肉体に刻まれている。
それをヒトに与えるこの地球という存在、大したものですね。(-ω-)

ならば、この肉体にしたらよいことは、いたわりと情愛(月)から始めてみるといいような気がする。
月は本能、生き物としてのスキル、日常生活なので、まず間違いなく月が好むことをしてやる。
そうすると公で輝く太陽も力をだんだんと蓄えていくので。
野生を忘れない心をどこにいても育もう。ヽ(•̀ω•́ )ゝ

[edit]

皆既月蝕図 

pm 22:31に獅子11°で満月、皆既月蝕となったところで。
去年の8月22日に日蝕が獅子28°で起こったので、
その半年間を振り返ってテーマとなったことを思い出すのがいいかな。
個人のチャートではどのハウスで起こったか観察すると。(・ω・)

当然水瓶太陽と合の金星に獅子月がオポジション
獅子月とノースノードが魚海王星がインコンジャンクト
水瓶金星と蠍木星がスクエア
蠍木星とノード軸がスクエア
蠍木星と魚キロンがトライン
月蝕に直接関わりそうなとこを観ていたら、
おや、今回の山羊4°の土星がメジャーアスペクト組んでないですね。(・ω・)!

土星シングルトンで今回の月蝕は起こったと。
意外なところで土星の効果が現れるのかどうか。
月と土星の関わり合いを何気に今まで書いてたけど。(-ω-)

ノースノード、社会性とよく言われ、個人的にもこれが生き甲斐じゃないかと思って観ているポイントですが、
このトランジットがどう今後作用していくのか。
獅子という一見すると個人的で生命力、それゆえタロットでは太陽のカードっぽいけど、
実は「剛毅」獅子の口元を取る無限サインを頭に掲げた女性だったりする。
生命力の強さを上手く制御しようとする意志のようなサイン、これがどのハウスカスプか。( ・`ω・´)

その人本来の生命力をどう発揮、表現するかというこのサインがノードを運行中、
その時期の日蝕、月蝕のテーマのハウスはノードがだいたい1年半ぐらいそのサインを運行するので、
そこから二つのハウスに関する状況を観察してみるといいかも。
人によってはそのサインがすっぽり入っていること(インターセプト)もあるので、
その場合一つのハウスの状況で絞れると思う。ヽ(•̀ω•́ )ゝ

水瓶金星とのオポジションということで、金銭面、女性性、魅力についてのテーマもあるか。
風と火なので女性性の空気が希薄ながら、蠍木星のスクエアが刺激しそうな。
過剰やしつこくならないように、深みがなさそうなところを程よく補うなど。
魚海王星のインコンジャンクトも気難しそうなとこですが、健康面へサポートや感染への用心として。(´・ω・`)

季節柄というのもありますが、水瓶太陽は品位損なわれているという辺りも無視できませんね。
日が長くなってきたものの、寒波厳しい今年はよくよく健康管理、
無理や冷えに注意というのは山羊土星シングルトンの影響もちょっと気になるところ。(´・ω・)(・ω・`)

個人的には海王星をアルコールの他に醸造を行う微生物、発酵との関連で見ているので、
酒粕、味噌などの食品との関連などいろいろ観てみたい気が。
:*:・。,☆゚'・:*:・。,ヽ( ´ω` )人(・ω・)ノ ,。・:*:・゚'☆,。・:*:

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誰も知らないクリスマス 

かけらになったレープクーヘンに、いやな顔も見せず、
「そうそう、これです、これです」
息子さんは飛んできて、母親の菓子を頬張った。
周囲にもどうぞどうぞとその缶をすすめた。
この人に遅ればせのクリスマスが、そのとき来たのが分かった。


「このころは、暮らしは貧しかったなあ」
ヨゼフさんは、床を見つめ、苦しそうにつぶやいた。
「ほんとうに。子育て、会社の仕事、お金もなく、時間もなく......でも、このフィルムのように、
 もし人生の車輪を巻き戻すことができるなら、ああ、水道がなくても、お金がなくても、私は喜んであの時に戻りたい。
 たしかに苦しかったわ、それでも、なんて楽しかったのだろう」

「誰も知らないクリスマス」舟田詠子 著 朝日出版社刊


あまり個人のチャートをどうこう言うのも避けてきたが、まー、敢えてたまには。
某女性アナウンサー、個人的に苦手と思ってたら案の定n太陽木星天王星オポジションだ。
エゴ肥大しやすくなるタイプだった...。
しかしn太陽はノースノード、キロン合、n金星土星合。無関係なサインでn木星天王星が海王星とセキスタイル世代だし、
放送業界は天職だと思う。(-ω-)

失墜した水星はJoyの月とセキスタイル組むようで、
オーブ広めにとれば水星とオポジションの冥王星とかろうじて調停座相組むかも。
一応朝の情報番組など長年任されてるというところでその辺は月の助けがあるのか。...φ(・ω・)

せっかくの大衆への無意識の刷り込みや人気、注目度の高さは理解し辛いか。
太陽木星天王星衝のネイタルはエゴが悪目立ちしやすくなるので万事控え目、
常に社会面では周囲や相手を引き立てることで株が上がるタイプ。...φ(・ω・)

この辺が女性には難しいだろうけど。女で木星を上手く使える人は実際少ないかもしれない。
特に太陽木星のオポジションは周囲に自分勝手な期待を押し付けていることに気づきにくいのだ。
それだけ自我のパワーがあるとね。(´・ω・`)

太陽に木星って難しい。
この辺が吉星ベネフィックと言われつつ、実際はソーシャルプラネットたる所以かも。
金星ならその人の魅力という才能で使えるのに。
木星はグレートベネフィック、金星はレッサーベネフィックだけど、小さい方が小回りも効いて扱いやすいわけで。
太陽の周囲からあまり離れない(最大離角46°)だけに、セミスクエアを形成する場合もあるけど、
基本金星単体では個人レベルで扱うのは自分の好みやちょっとした金運愛嬌など。
日常のことで比較的判りやすい面が多い。ヽ( ´ω` )

木星はガス惑星と以前書いたと思うけど、漠然としたもので取り巻く社会や人間関係に働きかけてしまう。
エゴ肥大って自身では気づきにくい上、
自分の真の姿は自分のちっぽけな手鏡で見ても無意識に好きなキメ角度を勝手につけてみてしまう。
そこで街に出てショーウィンドウなどに大きく映った油断した自分の姿勢や表情を見て愕然とする、と。(´・ω・`;)

誰かと関わったりする時、それは自分のうぬぼれ手鏡のキメ角度とは程遠い様子しか映っていない現実。
自分で自分が解らない、と感じた時にどこを直せばいいのか、どこにまず戻ればいいのだろう。
そもそも、ふりだしはどこだったのかと思う。(-ω-)

近代になって一般大衆にも音楽がホールで聴けるようになったのはいいことだとわかっちゃいるけど、
これ見よがしに仕立てたものはいずれ飽きられてしまう。
大衆は無責任。
その辺が解らないままにどんどん大げさになって収拾がつかなくなって、
古典のような原点に近いところに帰結しているのでは。(-ω-)

庶民、大衆、民衆と呼ばれる存在(月)は無責任なままに新たなものを求める。
常に水っぽく揺れ動き、形が定まらないために、それをいい感じで押しとどめる枠(土星)が欲しいのかも。
それが長く使える便利アイテムなら、古典となるかもしれない。
そこにこの地上での真善美を見出すのか。(・ω・)?

家族、家長の元に集まって、自分のアイデンティティや社会、家族、集団の中での立ち位置など確認するかもしれない。
忘年会やパーティなどもそんな面があるような。
集まる機会が増える時、そこで飲食する、挨拶しとりとめもない話やコミュニケーションを嫌でも取る。
そこから見える私とあなた。(・ω・)人(-ω-)

今年の冬至は山羊0°で太陽土星合だったり。
そして25日クリスマスの夜には山羊3°で金星土星合だった。
なかなかですな。( ・ω・)ホホー ・*:.。. (-ω-)。.:*・゜・

木星の甘さと緩やかに育む力は不可欠ながら、そこを形に表しより美しく整えるには土星が必要。
どのサインでも太陽月がオポジションだと、本人さんがすぐにその大げさなところに気づきにくい。
肥大(木星)は自覚し辛いものだし。
むしろ引き締める土星の方が目に見えるし、皮膚感覚でも実感しやすい。(皮膚も骨と共に土星の管轄)
ブクブク太る、二段腹や二重顎のはいつの間にやらだけど、痩せる時はすぐ自分で解るでしょ。(・ω・)

メディアや組織の真っ只中にることで、井の中の蛙となるのはエゴのなせる技かも。
組織の中は厳しいようで、周囲は意外と甘いことも多い。
変な身内意識というのもできてしまうことがある。
なあなあでその場を収められて、長らく自分が本来と違う方向に向いてしまっていることや、
ダメダメなとこも放置プレイをいつの間にかダラダラと続けていることがあるかも。
そんなところでうぬぼれ鏡が出来るかもしれない。( ・`ω・´)

太陽と木星がハードアスペクトしていると、意外と解らないのは社会運が良すぎて気付かない、
もしくは周囲が盛りたててくれる状況が当たり前になってしまう場合があるかも。
うっかり忘れがちなのは実は周囲のおかげさまでなんとかここまで来られた、という思いかもしれない。
それに気づいた時、そのヒトの鏡に映るのはなんだろう。( -`ω-´)

振り返って省みる(土星の作用)来し方を眺めた時、少しでも美しく整えてみたい、
そう思えるクリスマスであれば。
クリスマスは実際、1月7日まで行われる。
もうどこもリースやツリーを片付けてしまったりしてるけど、冬至から過越の祭りなのだ。
長い冬の始まりであり、次の春夏や太陽を待ち望む思いが北半球におけるクリスマスに集約されているけれど、
時間の中で命を蓄える時でもある。
土星、山羊サインはそんな世界観を垣間見せる。
赤道直下や南半球であれば、月のような緩やかな世界観なのだろうかと思ったり。(-ω-)ヽ( ´ω` )ノ

古典的な世界は堅苦しい、もう今更と言われながら何度でもリバイバルしたり、
そこに若年層がゲームやデザインでもその辺りに惹かれたりするのはなぜなのかと思ったり。
バブルなど知らない、ネットでの情報量の多さが当たり前でその処理能力がそのバブル世代の親達を明らかに凌駕する今の子供達、
玉石混淆であっても、ポテンシャルは皆高いのだろうな。ヽ(•̀ω•́ )ゝ

25日クリスマスの夜22時のチャートをさらに観ると、月キロン魚で合、水星は射手で品位はデトリメントとなって地に沈み、
蠍火星、木星がルーラー回帰した魚海王星と緩めにトライン、緩めのスクエアの牡羊火星と山羊冥王星、獅子水瓶のノード軸。
(火星は自己主張、これは次のエントリーに出るかも、というちょっと予告)
水星は損なわれ、風のサインが全くないが、これはなかなか面白い。
言葉や批判精神、理屈や理性だけではダメなんだな。
まずは何より自分自身のことをよく面倒見てやりたい気分だったり。
自分の心の世界をよくよく見たほうがいいのかも。
それがひいてはこの世間や社会を底上げするところに繋がるかもしれない。( ・ω・)人(・ω・ )

金星土星合、天秤的な典雅、典麗という言葉が浮かぶ。
古典的な美、穏やかに整えられて美しいけれど、どこかホッとするその調和。
これがより現実的な山羊サインで起こったのなら、この地上で実現させたい。
山羊サインの対極に蟹サイン、家庭や実家という舞台がある。
そこから響いてくる穏やかさと調和が山羊で実現できれば。(`・ω・´)

誰かにそうして欲しいと望むより、牡羊、蟹サインと共に活動宮である山羊、天秤サインはその人のこの世界でのあり方という能動的なところから始まる。
自己愛は大事だし、使い方次第。
まずは自分から、なのだなと改めて思う。 .。*゚゚*。☆+.*.。 (・ω・) ゚+..゚*。☆。*゚+

[edit]

言葉を離れる 

「絵の現物はその人の身体から流れ出たアウラというのがあるわけですよね。
 タッチとか、そういったマティエールに移し込まれているのか、それを観客は観るんですよ。
 われわれはゴッホの麦畑やゴッホの郵便配達夫を観ているんじゃなくて、
 塗りたくった絵の具のタッチを観ているんですよ。」
 
 言葉を離れる 横尾忠則著 青土社刊


sarcasticサーカスティックという表現があるそうで。
とりわけイギリス人にこの手の表現を使いがちという。
高学歴な人ほど言いそうですね、嫌味をロジックに表現すると。
witウィット機知といったユーモアやニヤッとしたくなる部分がないものかな。
これって始末に負えないと思うのは日本人だからかな。
嫌味のフレーバーが掛かった言葉は全体に好まれない、特に女性、女性性を無視しない男性は。(´・ω・`)

直裁なのも問題だけど、変な回りくどさは己の知性理性と思ってるものにただ執着しているだけかも。
今はSNSでこの手の表現もよく見受ける、まずは自分から気をつけないと。
フランス人のespritエスプリとはまた違うサーカスティックは日本人には辛いかな。(-ω-)

ラテンとアングロサクソンの違いはあるかな。
クールさ知性、理性の表現法というのもまた民族色豊かでそれでいい。
あとは好みでチョイスするんだけど、過剰にならない中庸をどこで決めるかこの辺のセンスは個人のオーダーメイドなとこ。
ほどほどに、というのが大人のたしなみですな。( `・ω・´)人(・ω・ )イェーイ

どちらもウィットwit機知と呼ばれるものであっても、国民性や民族性、個性はあって、
この辺はちょっとウェットな部分、mellowメロウさがある方が日本人、アジア系には受け入れやすいかも。
程よい湿り気や瑞々しさといった感情の部分は月を上手く使える証かも。
この辺の女性性、大衆性を程よく混ぜておかないと、乾き過ぎた知性と理性は欧米でも反発くらいそう。
感情に溺れるのも不快、かといってドライに徹して嫌味タラタラもまた一つの執着心の表れかと思う。( -`ω-´)

偏ってるかどうかは誰か相対することで判る。
ヒトという動物が人間という漢字で表現されるのは、言葉に依り頼むからかな。
言語そのものはカラス、チンパンジーなど一方的に人間側がその種属では高等な知性があると言っている種類に認めているようですが、
実際は植物、菌類、人間が勝手に下等と呼んでる原始的な生物や単細胞生物にもやはりあるのだろう、
という話を子供時代にサラッと書かれていたのを覚えている。
人間側がそれを知覚しようとしてないんでしょうね、すぐ近くにいる存在にも。
まー、ゴキブリやハエの言語や意思が解れば、うっかり殺虫剤や箒で追っかけ回せないけどさ。( ・ω・)(´・ω・`;)ホンマニ

原初のもの、母性、本能、それが社会の中では「褻 ケ」普段という日常生活、大衆性となっていく。
より多くの支持を得るには本能的なところから乖離しすぎてはダメなんですね。
それがうっかりマイナスな方向に利用すると最近言うとこのポピュリズムpopulismに。
これは月に火星、天王星、冥王星、海王星をハードアスペクト取らせたみたいな空気感じたり。
太陽がさらに関わると、社会に波及する。
点火して煽って不安増幅させるという方向に使わないようにするにはどうするか。(-ω-)

従来書いてきたけど、特に冥王星、火星が太陽や月に関わっている人には、
アスペクトがどうあれ専門的な仕事や資格取得、趣味への挑戦。
それもなるべく時間を長く継続して行えることにエネルギー費やす方がいいのです。
火星と土星の組み合わせはトレーニング様相と言われます。
どちらもマレフィックで実は長く使うほどに火星は土星のありがたみがジワジワくる。
最初は火星側が反発、ケンカしますが、最後は土星が勝つ。
だって大人だからね。(-ω-)ヽ(•̀ω•́ )ゝ

個人のネイタルチャートでも火星がタイトなアスペクトを取っている部分には、
ネイタルの土星を上手に使って収めたり、火星の価値を土星で教育して高める。
土星は水星との相性も実はいいのです。
水星もその人の言語能力、才能ですが、訓練でさらにレベルアップさせたり、慎重に言葉を選び使うことを教えます。
学ぶことを長続きさせたり、現実でのその人の価値を時間をかけて教え込み躾けていく。ヽ( ´ω` )

物事を整えるには時間がかかりますな。
土星の訓練とてやり過ぎれば冷淡、そこを月の情を程よくブレンドしていくのがその人の子午線、
MCーIC軸ではないかな。(・ω・)

言葉、ロジック、知性、理性、これを駆使して物事を説明するのがヒトという生き物の醍醐味の一つであるなら、
そこには子午線という社会との関わり合い方、
それも不特定多数と相対するやり方をそれぞれのネイタルチャートで認識していくしかないのかも。( ・`ω・´)

MC(彼らthey) IC(我々us)という見方もあり。
グローバリゼーションに向かおうとする社会、帰属意識との折り合いとなる場合もあるかもしれない。(-ω-)

個人のあり方は月のノード軸かな。
asc-desという地上の軸と共に。
社会という大勢の関わりだけでヒトは生きてないわけで、個人としてのあり方を放置してはいけない。
社会と関わるにはそのヒト個人の目的意識あればこそ。
そんなところも、言葉という自己主張と受け入れの道具を上手に使う訓練が欠かせないとこなんでしょうな。(・ω・)人(・ω・)

どんなところにもそれぞれの言語がある。
ヒトの中だけでない、実はこの身を取り巻く自然はおしゃべりなのだ。
サーカスティックなあり方に二十世紀のミッドセンチュリー以降のカウンタカルチャー(天王星)
という反発が起こったように。
自然の呼び声(月)を大事にする、それがバブル経済から並行して有機的なものへの憧れ、
バブル弾けてサリン事件から生活系流行りの90年代から2000年代へ。
知性と理性は月を躾けてやっているんだと思ってきたけど、実は月に躾けられる側だったのかもしれない。
釈迦の手のひらのように。(・ω・)ノシ クルクル(・ω・)(ω・ )(・)( )( ・)( ・ω)(・ω・)クルクル

「言葉は神であった」というけれど、それなら大事に使うにはどうするか。
タロットの剣で表すように扱いの難しい道具をどうするのか。
それぞれの水星のサインと様相ですかね。
それに月、土星を組み合わせて、子午線軸をよく観察してみる。(-ω-)

関知し辛い部分を天王星、冥王星、海王星というところの言葉や人智を超えたところでキャッチしたり、
頼んでみるのも悪くないかも。 
その「言葉」はヒトがひねり出したものではない、ずっと前からあったものかも。 
絵を観た時、音楽を聴いた時、溢れ出る流れ出す目に見えない何かを実はそれぞれに関知している。
と言うと、すぐさま見たい知りたい、見せろといまどきは騒ぎがち。
別に他人様の霊能なんてもんに頼らなくってもいいんですよ。
無意識って意識できないからいいもんなんです。( ・ω・)(・ω・ )イツモイッショ

何も言わず、ただそこにふんわり漂っているという。
だけどそんな「妖精」みたいなところがもう一つの智と理を携えているのかもしれません。

。・゚+ *.。゚+(・ω・)+..。* ・+゚'

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