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sota de copas

Tarot CardとAstolorogyのフィルターを通して観る  この世界への感想文とこの世の記憶帖

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うちゅうひこうしのうた

巷では「無農薬、無施肥」をウリにする野菜まで売られているが、無施肥でも育つのは過去1万年かけて黒ぼく土に蓄積した腐植、窒素、リンが眠っているのと、長年培ったプロのノウハウがあるからだ。

化学肥料のなかった時代、渓流水の恵みだけでは足りず、スギの針葉や小枝も鋤き込んでいた。スギの枝葉はカルシウムを豊富に含んでいる。桃太郎のおじいさんの柴刈りには肥沃な土を維持する意義もあったのだ。

バーチャル・ウォーター(仮装水)という概念がある。食糧を輸入することは、その食品の生産や移動に要した水をも消費していることを意味する、ということだ。
土と水は一緒にその大切さを語られることが多いが、直接口にしない土の方が説得力に欠ける。バーチャル・ウォーターに対抗する意味を込めた「バーチャル・ソイル」の目指すのは、「食糧を輸入することは、土の栄養分まで輸入している」とか、「土を大事にしましょう」なんていう啓蒙だけが目的ではない、それ以前に、土と私たちの見えないつながりを発掘することにある。自分がどんな土に生かされているかを理解することで、自分の身を守ることもできる。

「土 地球最後のナゾ」100億人を養う土壌を求めて 藤井一至 著 光文社新書

今年の梅雨も去年に引き続き結構長かったようで、やっとこさ梅の土用干しに取り掛かったり。(´・ω・`;)フーヤレヤレ

連作障害でやられた土を忌地イヤチ(イヤシロチってスピスピな言葉の語源か?)というのが本来でしょうね。
農地を見れば、毎年必ず作物はダブらないように色々なものを栽培、収穫している様子が見て取れる。
作物も一種類だけを求めるのでなく、相性さえよければ多彩な種類を土に育ててもらうのだ。
一つだけ、決まりきったものだけに固執しないのがいいんでしょうな。( ・ω・)ノヽ( ´ω` )ノ(・ω・ )

育ててみるものが多種多様であるという環境は、生き物の体を維持する栄養分をまんべんなく提供してくれることになる。
また、その土自体のの栄養が偏らずに済み、肥料をうまく節約することにもなる。
リンも水もそうだが有限なのだ。
期限があればこそ有効に精一杯その間を無駄なく大事に活用させてもらう。
有限とはいえ、これを人類に与えて自在につかうことを許してくれている地球は恐ろしいほどの寛容さを持つ天才だ。
確かにこの世界、宇宙はあまりにも「都合よくできすぎている」と言われるだけのことは。( ・`ω・´)

土は土星の分野ですな。
土木、建設、不動産も文字通り土の上でなされるので、
金が絡むとこの辺で土星を観るということが占星術関連にでは多くなるかもだが(マンデーン、金融占星術など)
ここは個人的に農や食糧という興味のあることしか考えないことにする。
まー最近なんとなく書いちゃう牡牛天王星絡みかもだけど。(・ω・)

牡牛サインのルーラーを地球にという話は以前エントリーしたけど、自分の中ではこれ確信になっているので。
金星と共に地球もルーラーとしているのには個人的に納得がいく。
物質や感覚、所有や価値については金星的な有り様に基づく方が建設的ではないかと思う。
金星と共に太陽の近くにある水星が知性や言語能力を担当してはいるもののあくまで中性であり、
善悪の判断にそれだけでは関われないし、その分不安定でもある。
水星をルーラーとするサインが双子、乙女という柔軟宮の流動性を考えると当然だ。
その人自身を生かし(活かし)照らす太陽が生きる地上には、何よりもまず愛が不可欠だろうな。(-ω-)

ポルトガルで子供が何かをして褒める時、「お前は美しい」と表現するということをネット上で以前知ったのだけど、
日本では「お前は賢い」と褒めることの方が多いわけですな。
人としての在り方や行動の結果など評価する際に賢明さや巧みさより、
その人個人としての麗しさや有り様の気高さとして評価するのだろうかと思ったり。
賢さは集団の中で発揮されて評価されることが多いようなイメージがある。
美しい、という評価は個々の一対一の関係性の中から始まって、集団の中でも発揮されるけど、
最終的にまた一対一の間を通って、個人の中に戻って蓄積されて潜在していくのでは、と思う。
どこか冥王星もそこで関わってきそうですな。
牡牛の反対にある蠍サインのルーラー冥王星はそれを望んでいるのか、とか。
「うまくやったね」じゃなく「きれいだね」という言葉のこの魅力よ...。( -`ω-´)

ヘーゲル先生の否定の矢って放つのも難しいんではなかろうか。
矢を射るのもそれなりの腕前がいると思う。
海外の演出家や指導者とかがよくやる役者や生徒を褒めてから「いいんだけど、ここを直して。」みたいな。
より良くするには経験とテクニックと愛想もいるんだよ。金星土星くさいな。(・ω・)

褒めて伸ばす系が流行りっぽくなったりした時期があったかもだが、
そういうのも相手を見てやらんと勘違いさせかねん気がする。
意地悪い言い方になるが、それだけのレベルの人相手でないと。
そこまでに底上げされたクラスにならないと意味ないかも。
一人で自主的にこもって練習や実習をコツコツ続けてみたり。
たった一人で過ごしたり思う孤独(土星)あればこそ共感(月)の楽しさや安心感もひとしお。(-ω-)

あまり観ない連ドラで作画担当に製作者が木の妖精の歩き方や樹齢何年かという設定聞いてきた場面があったけど、
これ当然だと思う。
子供たちはそういうこと想像して思うし訊くぞ。
根拠がないものは子供への説得力がない。
由来や根拠とかって基本というところが土星くさい。
月や水星の年齢域の子供たちは土星の大人の現実のあり様や設定を知りたがるし、その権利があると思う。
子供の「なぜ」「どうして」に答えられるものを蓄積することが大人の責任(土星)かもしれない。(-ω-)


「我々は天体の動きについての方が分かっている、足元にある土よりも」
などとレオナルド・ダ・ヴィンチに言われる始末ではな。(´・ω・`)


地面に触れてみるのは楽しい。
特に子供時代は泥んこ遊びに精を出して泥団子やただ手を引っ掻き回したり、
草むしりや花を摘んでみる、虫やカエルを取っ捕まえるのが面白かったり。
そんなことばかりして遊び呆けていた時、親とか大人とは違う何か別な存在がニコニコ眺めてくれていたような気がする。
一体何だったんだ、あれは。
,。・:*:・゚'☆,。・:*:(-ω-),。・:*:・゚'☆,。・:*:

うめぼしのうた

われわれに関係があるのは二つの容体の間の力の交換ではない。
問題は生きている生体とその容体との関係であり、
この関係はまったく異なるレベルで、つまり、主体の知覚記号と容体の刺激との間でおこるということである。

(中略)

時間はあらゆる出来事を枠内に入れてしまうので、出来事の内容がさまざまに変わるのに対して、
時間こそは客観的に固定したものであるかのように見える。
これまでは時間なしに生きている主体はありえないと言われてきたが、
いまや生きた主体なしに時間はありえないと言わねばならないであろう。
....空間にも同じことは言えることがわかるであろう。
生きた主体なしには空間も時間もありえないのである。

「生物から見た世界」 ユクスキュル/クリサート著 日高敏隆・羽田節子訳 岩波文庫


どんな自分が好きか、と改めて考えるとどこか漠然として判りにくいんだけど、
誰といるときの自分が好きか、というと思い出しやすい。
これはネイタルにオポジションが効いている人ほど解りやすい。
自身の相手に対する振る舞いや態度が好ましいと思えたら、
その人との交わりはどこかからプレゼントされたようなきがするかも。(・ω・)人(-ω-)

これらはまず7ハウスとその人の金星、2ハウスの状況も合わせて観るなど。
振る舞いには色々あるし、言語を使うなら水星も関係するんだけど、
見た目の様子やどこに好ましさを感じて喜びを表現するか、
5ハウスと対抗する11ハウス(友人関係など)も関わってくるもだが、まずは金星の愛想、可愛らしさかと。
ひいては媚態とも取れるような魅惑したりされたりといった空気も漂っている。 ,。・:*:・゚'☆,。・:*:(・ω・),。・:*:・゚'☆,。・:*:

牡牛天王星は品位が失墜している上に不動宮でもなかなか腰の重さNo.1なイメージだけど、
金星的な牡牛サインの特質を持った天王星と捉えると、いろいろなんとかなりそうな。
金星という安楽で快適さや甘美さを受け取る女性性の突然のラッキーやチャンスが降って湧いてくるイメージ。
あと試験的にだけど、女友達とのコミュニティや関係性を観察するなど。
女性は男性よりも今の社会では特にそうだけど、快適さを大っぴらに追求しやすいと思う、ってかやっていい。
そこを牡牛天王星が刺激しやすいのでは。( `・ω・´)ノヽ( ´ω` )ノ

冥王星、土星が地のサインである山羊にあればかなり援護射撃がもらえそうなきがする。
牡牛天王星を助けるのはこの山羊サインが特に太陽、月(ルミナリーズ)に効いている人達かもしれない。
地のサイン、水のサインはこの牡牛天王星がまだ使いやすい立場かも。
天王星は友人、共同体、クラブ、同人関係、公共や組織的なシーンや関わり合いで使われる。
牡牛は個人的なサインなだけに、周囲との交わりでは個々の女性性が鍵になるかもしれない。
自分の好きなようにするため、敢えて周囲との関わり合いに目を向けてみるとチャンスや機会を得られるかも。ヽ(•̀ω•́ )ゝ

何かあっても気にしない、いいことはちゃんと覚えてて嫌なことは忘れられずともそれを「踏まえて」歩む、
それができる才能は寛容の木星と制限をもたらしつつ現実の価値の土星が伝えるのでは、と思う。
今年の夏至図チャートでは月水瓶で双子金星とトライン、ルーラー回帰の射手木星とセキスタイルで、
友愛に満ち満ちた楽しそうな月でもあったり。
このイメージは友人やコミュニティ、生活圏の地域での交わりに使いやすいイメージを想起するといいかも。
あっさり爽やかな距離感と知性のフレーバーが掛かった自然な振る舞いと思いやりを。( ・ω・)ノ(-ω- )

暮らし、生きる、食という普段あまり公式の場で垣間見せないはずの月「私生活」ないがしろにすると、
最終的に社会生活がうまくいかない。
前にも何度か生活、男女の区別なく、自身の中の女性性を無視しないことをエントリーで書いたと思う。
月のJoyが牡牛サインであることはまさに自身を中心に据えて肉体や皮膚感覚をこの地上において忘れるな、
何よりも肝心なバディ、パートナーはこの肉体と感覚だという話をしてきているのだ。
これは一見まったく関係なさそうに見えるが事実だ。( ・`ω・´)

月がもたらす泥臭い生活の場は現実、その人の本音や本能であって、
これに誠実な対処ができている人は社会でも居場所と恩恵が与えられる。
これは当然、男女共全く同じで、イクメンなどという造語でなんとかできるもんでもないし。
家にこもってるのが嫌だからという理由であってもそれだけでは歪みが出てくる。
家と社会は相互関係にあることは、虐待云々と密接に関わると思う。( -`ω-´)

人間て何で社会生活ってのを営むと顔が歪んで非対称になるんだろ。
野生の動物はあまりそんな状態見かけない気がするけど。
群れを作るものでも人間ほど非対称な顔立ちに老いる存在っているかな。
キメラみたいな雌雄同体でも不思議とどこか融合しようとしているように見えるし。
自然ってシンメトリーなんじゃないのかな。(・ω・)

バブの店さき

まだ梅雨も来てないうちからなんでこんなに水出し珈琲の消費が半端ないんだどうするよ。(not rap)( •᷄ὤ•᷅;)

ライヴやコンサートでいっぱい置いてたり、入場の際にもらうフライヤー。
このチラシとかフライヤーって呼ばれるもの、ネット環境にない人には必要だし例えペーパーレスであれ、
そもそもそれ自体を作らなきゃだよね。
ライヴハウスやホールなどでフライヤーが過去のものもそのまま貼られて残っているのも風情か。
そう思うのは未だ昭和引きずってるからかも。
ここら辺も好きに選択できれば。( ・ω・)ノ ?(・ω・ )

昔から漫画やアニメで壁に張り紙があるってのがまた絵になる情景として未だに描かれるというのは、
ある程度情報って垂れ流して誰にでも目につくようにして、
そこは個々に選択するものというのが共通認識なんだろうかとか。
個々のキュレーション能力がこれから問われるのだ。
報道、お知らせ、アナウンスメントとはそんなところかも。(`・ω・´)

この辺を勝手に牡牛天王星と絡めて色々思ったりします。
キュレーション、最近出てきたこの言葉も自分の価値観に沿ってまとめ上げる能力かな。
それぞれに備わっていることを改めて認識するかも。
自分の価値観が突然変化したり、化学変化を起こすかもしれない。
それまで感じなかったものにシンパシーとか。
身近過ぎて気づかなかったけど、突然そこに価値を見出したり。
突然の変化や魅力を半径五メートル以内で感じてしまうのかも、肌で。ヽ( ´ω` )

牡牛天王星、個人的な変化をしみじみ感じたりするかも。
自分を変えたいなら使えるのかな。
金星的な天王星、しかも肉体や皮膚感覚での変化という。
美容整形や耳鼻咽喉などへの高度な医療技術や画期的な治療法とか、前にエントリーで書いたかな。(・ω・)?

金星天王星のアスペクトは人を突然惹きつけるor惹きつけられるのだけど、
個人的にこれに水星、冥王星が関わるとオタクやマニアックな様相を呈すると思っていたり。
この辺は研究者や専門家向きなのかも。
漫画やアニメ、フィギュア、アクセサリー製作とか、牡牛天王星ならひらめきを物質化しやすくなるかも。
天王星のアナウンスメントの力を魚海王星や山羊土星も利用して表現として形に出せたら面白いかなと思う。
まず評価うんぬんは置いといて、ともかくやってみるのにいい機会かもしれない。
そこから始まる何かがあるかも。(・ω・)ノヽ( ´ω` )ノ

繋がるなら、ノード軸を一つ観てみるといいかな。
ノースノード(ドラゴンヘッド)を意識することで個人が社会との関わり合いを前向きに捉えるきっかけや意義を見出したり、
人生投げ出さないみたいな結果になるような。(´・ω・`)、ヽ(・ω・ )

なので、最近目につく「答えはない」という表現はどうかと思うな。
答えはある。
人の数だけ。
答えはない、という言い方にむしろ自分に都合のいい答えを求めすぎているのでは、
そこに反省したがっている様子と反抗心たぎらせてる相反する思いの気配が。
何でもスピーディーにスマートにやろうとすると逆にその「答えはない」迷路を自分でこしらえるのでは。
もしかすると牡牛天王星がここに一つの「答え」を出すのかも。( ・`ω・´)

もしくは一つだけでない複数の答えが実は同時に存在するとか。
それでもいいのだ。
多元的に観る力は魚海王星が手助けしてくれる。
魚サインと牡牛サインは友人的なセキスタイルの位置関係にある。
さらに山羊土星の後押しや見守りがあると信じてみる。
こんな様相、なかなかないのではとつくづく思うけどな。
自分自身に余裕を見出せ。
世間や周囲がどうあれ、という天王星のアナウンスメントがあるのか。ヽ(•̀ω•́ )ゝ

年号変わってひと月が経つ。
どこかフェミニンな響きと字面の時代を始めていくのだ。
動じない落ち着きと穏やかさ、自分にとって本当に大事なものと豊潤さを改めて認識していくのだ。
何に価値を見出せば自分の中の安寧秩序を確立できるか。
天王星は分離独立、ブレイクスルーエネルギーだけど、
自らの公の世界、仲間や組織づくりにも使われているのだから。(・ω・)人(・ω・)

牡牛の五感、肉体や皮膚感覚を満足させたい思い。
ルーラーは金星、月はこのサインで高揚する。
反対に活気と熱を帯びる火星は減衰し、物事をスピードアップさせて狩り立てかねない天王星は失墜させる。
まずは肉体に訊け、話はそれからだ、というように。
穏やかさと安らかな空気を求めることに今一度価値を見出すのでは。
焦りは禁物、急がば回れ、というところか。
キュレーション、それは肉体や皮膚感覚から生まれるのかも。( -`ω・´)

肉体が息づくその心の底の感覚に今一度訊け。
そこは精神の在り処かもしれない。
日々これ平穏也。
予定なき調和ってのはどこか不思議なしあわせ感あるかもね。
天王星かもね。(-ω-)

,。・:*:・゚'☆,。・:*: (・ω・) ,。・:*:・゚'☆,。・:*:

柳の手

平成最後の日でやったことというと草むしりとか普段通りのことしかやってない...。(´・ω・`)

令和って最初聴いて、字を見てなんとなくほんわか空気でのんびりいい感じだと思ったんですけどね。
そんな時代になればという個人的な願望でしょうが。
何かに急き立てられることもなく、それぞれに丁度いい具合になる世界になりゃいいんだよって。
梅の花が綺麗ねーみたいな暢気さで。゜:。*゜❀+ ゚・。*( -ω-)(・ω・)( ´ω` )☆.。.:*・❀゜. ゚+。:.゚

バブルとか就職氷河期とか格差社会がどうとか色々な事象もあったけれど、
大きな戦争を起こしたりしなかった国として終われたことは確かだったと。
人がその日その日を淡々とでいいから過ごせて終わったことがすべてではないかと思う、そんな平成最後の日。
別にイヴェントあるわけでもなく、キラキラでなくても一日をなんとか無事終えられたら上等ではないか。(-ω-)

木星、土星、海王星がルーラー回帰していることが個人的には結構大事な気がしてたり。
個人ではなく社会で使われがちな星が品位的に良いと後々助かったと思える事象が多いかも。
天王星だけが失墜しているので、この辺をうまくカバーできればいいけれど。( ・ω・)(・ω・ )

そして個人でそれぞれが影響を受けるであろう牡牛天王星をどう受け取るか。
ここは牡牛のルーラーの金星をよりよく意識していけないかな。
金星はレッサーベネフィック小吉星。
かたや同じ吉星である木星はグレーターベネフィック大吉星という。
個人で使い勝手がいいのはやはり金星なのです。
その名の通り小回りがきくのが小さい吉星なので。
普段使うものや基本的にお小遣いぐらいの金銭だったり。(・ω・)ノ¥

先行きのことではなく、今ここにいる自分が好きで楽しいことは金星が知ってる話でもある。
本来、社会で使う木星よりもまず個人レベルで使う金星をよく意識してみよう。
エゴをプラスの方向に満たすには木星ではなく、太陽に近い金星が水星とともにその自我の発露を知っている。
気分を切り替える時も実は何が好きか、大事か、その価値観を思い出すためにも。(`・ω・´)

牡牛、天秤サインは本来その人自身のために使うサインだと思うのだ。
自らを満たし、その皮膚感覚や五感、生命力を愛するのが牡牛サインの役割だと思う。
天秤はそれを受け取ってさらに磨きをかけて社会にその存在を認めさせ、
パートナーシップやリレーションシップを築く手伝いをすると。
洗練は誰かとの関わり合いの中で。
平和で公平であり、そのフラットさは水瓶サインの中性的でどこか人間離れした空気とは違うフェミニンさをまとっている。
これは金星サインのおかげ。
そして水瓶サインの古典からのルーラー土星は天秤で高揚するわけで。
現実で使うための金星は土星になにげに助けられているのかね。
平和で調和と美に彩られた世の中にいずれなるようにと。
生きるものはそれぞれに美しくあれということを根付かせるために。( ・`ω・´)

最初の30歳の手前で起こるサターンリターンなんて、自分の価値観と美意識を取り戻すときかも。
社会とコミットして様々な経験を積んできた第一章の締めくくりに本来の自分を今一度振り返ってみる。
何より自分に大事だった何かを思い出すのだ。(・ω・)

金星は水星と共に普段のために使う。
太陽のそばにあって、ベネフィックで、そしてその太陽の光を反射して日常生活や感情や本能を生きる月と相性がいい。
金星と月という女性性なくして生きる人はいない。
どんなシーンでも、むしろ社会で生きる、プライベートや家族を育むにも不可欠なのは実は金星なのだった。
美しく、綺麗であれ、可愛くあれと。
それが価値観と分かちがたく結びついている。
チャーミングでなければ、魅了したりされたりする喜び無くして人は生きていけないこの現実。
ヒトとはそんな生き物だ。(・ω・)人(・ω・)

社会に出ると、ヒトの顔で左右が違っているのが「普通」になってしまう。
眉の位置、目の大きさなど、明らかに差があるのだ。
さらに鼻筋や口元まで歪んだ様子になっている人も珍しくない。
TV画面でもそんなタレントやアナウンサー、一般人の表情を目にする。
公私の生活が乖離しているのは当たり前かもしれない。
ただそれに気づいたら、自身の調和を取り戻すチャンスかもしれない。
特に女性で左右の目の大きさが違ういわゆる雌雄眼は結構厳しいものがある。
見た目に、でなく自らを偽ることは女性性(月、金星)には耐え難いものがある。
素直な表現ができる在り方を模索する時期が来ていると思った方がいいかも。( ´・ω・`)ヽ( ´ω` )ノ

最近ふと戦闘美少女って長らく人気だなーと思うのだけど。
金星(牡牛、天秤)の対極には火星、冥王星(牡羊、蠍)があるよね。
金星はシュメール神話では戦いの女神イシュタルだったのだけど。
戦う存在にこそ美や可憐さが求められているんだなって。
戦国の世にも戦いの場に出向く前には男達も化粧を施すことが当たり前だった。
古来から美と愛らしさは生き死にの場に不可欠だ。
今を生きるに何より求めるのは我が身の美しさと愛らしさ、何より自らを愛おしむ心しかないのでは。
自らの美意識や愛らしさこそは最大の武器だ。
生き死にそのものである生命は愛で彩られてこそだ。(-ω-)

世の中がどれほど変わろうとこれはまさに普遍性そのものかも。
苛烈で激しい様の奥には金星を望む心が。
美と愛と平和はどこにあっても揺るぎないようで。
どんなに斜に構えようと世を拗ねて見ようとも、その現実だけは嫌という程思い知らされるのが実は社会なのかも。
最期、どれほどのことになっても何より愛するのは自身だ。ヽ( ´ω` )ノ

牡牛サインを天王星が運行する。
それぞれの牡牛カスプのハウスで金星を意識させられるかも。
その時、自分にどんな美や可憐さを与えられて生きるかを新たな「扉」を前を問われるのか。(`・ω・´)

まだ寒い五月の夜にゆらゆらくつろぎ。(-ω-)

悲しい歌 (Readymade String Quartet)

花冷え結構キツいですね今年は。
エアコンとか苦手なのに、こたつもなんかメンドくさいのに。
元号だって変わるのに。(´・ω・`)

そんな寒い中、春分過ぎて日が長くなってきたのをますます実感できるところでちょっと救われる感じ。
前のエントリーでユリウス暦で三月二十一日生まれ、今のグレゴリオ暦にすればちょうどこの三十一日生まれとなるはず、
Johann Sebastian Bach御大のチャートと思ったんだけど、同じテーマでやるのもなー、というところ。
で、なんとなくふと思い立って観ていたらこれまたなんと、Romy Schneiderが天秤0°ぴったりで新月生まれに衝撃。
彼女は全く相対する秋分の日に生まれてたんですな...。(;・`ω・´)

Romy Schneider Natal chart

個人的に気になるヒトが新月生まれというのもたまたまかもしれませんが。
活動宮0°はラッキーみたいなお話がどこかの本かサイトにあったような気がしますが、
おそらく節目の時でパワーが絶大になるということかも。
しかしヒトの身でそのエネルギーを受けとめて生きる、それってどうなのか。
もちろん彼女だけでなくこの日に生まれた人々は大勢いる。
劇的な生涯ではなく、穏やかに長寿を全うした方も多々おられるであろう。
ただ、彼女の人生模様を見ればその強烈さは心身を却って消耗させたのでは...。(´・ω・`;)

今回はチャートを個人的趣味全開で読んでみるのはひとまず置いといて。( ・ω・) っっヨッコラショ

ここまで特徴がハッキリしているからこそサンプルとして観るわけだけど、
生き辛さなどという嫌な言葉で片付けられたくないですね。
それこそ個人パーソナンリティの素晴らしさに焦点を当てる西洋占星術、
それもトロピカル方式で観ることを選んだ自分としては。( ・`ω・´)

Luchino Visconti Natal chart

うーん、Luchino Viscontiのチャートもこれまたさすが。
太陽絡みでカイトになっているだけでも見た目派手で強力なんですが、今回はその辺もひとまず置いて。
この二人のそれぞれのチャート読むだけでそれこそ書けるヒトなら本一冊いけそうな勢いかね。
いかに彼女という女優を愛を持って受け入れ、支えてきたかと思うと胸熱ですな...。(-ω-)

たまたま著名人ですが、有名無名は関係なくそれぞれのお伽話を紡ぎ出すのがヒトという存在かも。
どんなストーリーであれ、それが自らという存在への愛の物語であればと。( -ω-)ノ⭐︎(・ω・)

三月、春分を迎える牡羊サインはそこに太陽や月など星や感受点を持っていなくても素の自らが現れる発露、
対する天秤サインはそこを最初に見てくれる誰かかも。
ロミーの天秤太陽月にルキーノの天秤火星は共に品位には恵まれないがゆえに、
二人で精一杯輝かせようとするかのように相対している。
彼の強勢の蠍太陽が失墜した彼女の蠍金星を輝かせる。☆ヽ( ´ω` )ノ

度数は離れているが、彼女のミーンだがノースノードも蠍で彼の太陽からエネルギーを貰っていただろう。
彼女のミーンサウスノードと合の天王星は彼のjoyである牡牛月に閃きを与えたのかな。
彼の獅子ノースノードに彼女の太陽月とセキスタイルを組む獅子冥王星、
彼の創作と堂々たる美の追求のための強烈な後ろ盾になったのか。
明らかにこの二人は銀幕という世界で出逢ってから、共に支えあっていたと思う。( ・ω・)人(-ω- )

ロミーはルキーノから『ボッカチオ'70』で彼の母の形見の指輪を贈られるという、
真心から愛する身内でなければ決して渡さないものを受け取っている。
二十世紀でもまだ当時はおそらく貴族階級出身の彼と女優の身、
仮に恋愛したとしてもその身分ゆえ、結婚がまだ認められにくい世の中だったかもしれない。( -`ω-´)

誰かが見ていてくれる、相対する何かが、という思いを常に持つようにするだけで、
守護という強力なバリアーが張られるのだ。
アスペクトにオポジションがなかったり、
エレメントがオーバーロードやステリウムで偏っているタイプであっても、
ノード軸という社会性や目的意識を皆持っているわけで。
ここが一つ相対する存在を意識しやすいポイントになる。

太陽月が天秤、牡羊に土星を持つロミーにとって個人として生きることの辛さ、
人とのパートナーシップは生命そのものなのに、
「自分らしく」生きるということをまるで修行でも課したかのように歩んでいく。
だけど昨今言われるその「自分らしく」って一体なんだろう。
ましてや4ハウスという家、家族や晩年という場で光っている太陽と月はそのジレンマを感じ続けていたのかも。
そんな彼女を励まし続けたのが夫や恋人だった役者達よりも監督だったルキーノだったとは。(・ω・;)

思えばルキーノのチャートはその家系が整った様子が伺えるのみならず、
そこに安住することのない天王星の効き具合や大物としての風格がみなぎっている。
もちろん彼と同じチャートを持つ人はいくらでもいる。
著名であろうとなかろうと、このパワーを余さず表現するには見えないところで学び努力もしてきただろう。
太陽がグランドトラインを組んでいれば、恵まれた社会運を生かせるかどうかはますますその人次第なのだ。
貴族階級ゆえの難しさや縛りの中でも精一杯の表現を行っているのだから。
太陽、月、木星までも品位には実に恵まれていればこそ、それを無駄にしないように精一杯やったのだ。
美を追求し映像作品という結果を。
天秤火星、魚土星は品位的に恵まれない中で産みの苦しみは人知れずあったのではないか。( ´・ω・`)(-ω- )

だけど、それは彼女と彼の間でだけ解っていればいいことなのかもしれない。
飽くまで女優と監督という間柄のみだったとしても、それは真のパートナーシップだったのかも、と思う。
牡羊、それは個人としての自らや損得抜きの直感を意識する場であり、
そこを支えてくれる誰かを必要とする場でもある。
太陽が少しずつその光を長く留めるようになるその時期、
何より輝かせてくれる誰かをイメージすることはいいかもしれない。
私は私一人だけではない、という思いは、
天秤サインの「人に優しく」という優雅さと余裕の第一歩に導いてくれるのだ。( ・ω・)ノ ヽ(•̀ω•́ )ゝ

I haveの牡羊は I balanceの天秤を必要とする。
個人が立つには、二本の足で両方偏ることなくその力加減を分担するのだから。
実際に誰かがいようがいまいがここは一つそんな支えてくれる存在をイメージしてみると。
牡羊サイン、火星という情熱と直感の火花を輝かせる天秤サイン、金星とのパートナーシップの愛を光。
そこから自分を大事にする一歩を踏み出す春であればいいかも。(・ω・)⭐︎

実はこの直感というもの、危機回避能力でもある。
ちょっとした変化やどことなく妙な雰囲気という理屈抜きの感覚は火星も関わっている。
冥王星発見以前は蠍サインのルーラー主星でもあった。
牡牛サイン、金星の安寧や自分の五感といったところの対局に危機を察知する能力がある。
火星は視えない世界が与えてくれた武器でもあるのだ。ヽ(•̀ω•́ )ゝ

今、インクルージョンとかダイバーシティなんて教育や職場でも。
これって海王星の包括や包容力、木星の判断、理解のみでうっかり観てしまいそうだけど、
まずは相対する牡羊、天秤、火星、金星といったマッチングが必要なんじゃないかな。
適材適所や個を認めるには、という。
個人の在り様を受け入れてくれる誰かがその始まりだと思う。
社会にコミットする前に自らと周囲をいまいちど観てみることが必須な様に。
SNSで「いいね」が貰えなくても、優しい世界は作れるのだ。
個人としてのしあわせ、まずは自分で自分に優しくすることから。( ・ω・)人(・ω・ )

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プロフィール

Gatos Blancos

Author:Gatos Blancos
占星家

ある日とある街角でタロットカードと西洋占星術の再会から始まったとりとめない憶いの記録

当方では対面、メールでの有料個人セッションのみとなります。
ブログ上でのコメント欄での一個人のリーディング依頼はお受けいたしかねます。

Webサイト・ブログ、印刷物等への転載はお断りしています。

あしからずご了承下さい。


西洋占星術とタロットカードによるリーディングに関するお問い合わせはこちら

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